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封じられた魂  作者: 一桃亜季
18/55

封じられた魂18「日常」

一日一章投稿しています。

ー偽りの神々シリーズー

1「自己肯定感を得るために、呪術を勉強し始めました。」記憶の舞姫

    一章の区切る感覚がわからず、一章が長いです。

    ボリューミーなので、お時間のある時にご覧いただけることをお勧めします。

2「敗れた夢の先は、三角関係から始めます。」星巡りの夢

    サナレスの過去、回想編です。

    物語の進行上、読まなくても問題ないのですが、別シリーズ「オタクの青春は異世界転生」と絡んできます。

3「封じられた魂」

      本編進行中です。


順番に続いています。

応援よろしくお願いします。

        ※


 ラーディオヌ一族に戻ったアセスは、深い、深いため息をつく。


「珈琲を」

 カフェイン中毒の自覚があるアセスは、慢性的に強めの珈琲を飲む。

 薬中の人間が求めるように渇望して、アセスは執務室の机に突っ伏した。


 サナレスに追いつかなければならない。

 ラーディア一族の文化に否定的だったラーディオヌ一族は、もっと異文化を受け入れるべきだと思った。

 電気でさえ、ヨースケ・ワギのように活用できず、未だ呪術の低級精霊や原始の炎に頼っていた。


 全てが遅れていることを、一族の総帥であるアセス本人が気づいていた。


 今までのアセスは貴族の総帥、美しい飾り物としてラーディオヌ邸の中で、単なる象徴として暮らしてきた。

 けれど一族を変革させる決意をした。


 根本的に制度を見直し、三権分立する頂点に立つために、人の弱みを握ってでも自分が仕切っていく。


 きっかけをくれたのは、サナレスとリンフィーナ二人の兄妹との出会いだった。リンフィーナをラーディオヌ一族に迎え入れるために、快適で安全な暮らしができるような政権を維持する。


 今まで怠けてきたつけを払っているのだと、多少の無理ですら、心地よいくらいだとアセスは思っていた。

 夕刻から数十人の権威者に会う約束をし、貴族の夕食会に顔を出し、ラーディオヌ邸に戻ってから書類に目を通して雑務をこなした。


 リンフィーナの元に行く時、アセスは全ての政務を夜中から明け方にかけて片付けた。

 睡眠時間を調整してでも、彼女との時間に、煩わしい仕事を持ち込みたくなかった。初めて見つけた彼女との楽しい時間に、仕事を持ち込むのほど無粋なものはない、それが本音である。


「アセス様、今日も行かれますか?」

「ああ、用意してくれ」

 ここ数日間の日課になりつつあるので、女官がアセスの支度を整えていた。


 数名の女が、アセスのために湯を張り、体を清めるために湯浴みの準備を整えている。

 また別の四名の全裸の女は、浴室の前に膝まづいて並んだ。


 一族で選りすぐりの女達が、アセスの身を洗う役として仕事を与えられて、あわよくば側室になろうと、横にはべる。湯浴みと外出の支度は女人に世話されるのが日常だった。


 けれどーー。

『女の裸体は見慣れている』

 この発言は、絶対ダメだとサナレスに目配せされた。


 その時のリンフィーナの凍りついた表情を思い出して、アセスはくすくす笑った。


 そんな自分の様子が珍しいのか、女官達は顔を見合わせている。女官達には余計な口をきくことを許していないので、女官達ははすぐにアセスの湯浴みの準備を整え始めた。


 裸の女、特に珍しいものではない。

 アセスの湯浴みの日常の光景だ。


 女官達は自分の側に裸体で現れ、アセスの体の隅々を洗う。しかしこういう状況は、サナレスやリンフィーナの様子から伺うと、どうやら許される慣行ではなさそうだ。空気を読んで咄嗟に母だと言ったものの、ーー決してこの状況は見せられない、とアセスは唸った。


 そして浴場の前まで歩みを進めて、アセスはふと立ち止まったーー。


 アセスの後ろに立って、衣を脱がすため左右に女が近づいてきたが、少し考えて片手を上げてそれを拒んだ。


「今日からは一人で入る。不要だ」

 髪の一本ですら自分で洗ったことがないアセスは、一族の総帥として、サナレスの常識を自分の常識としなければならなかった。


 王族でもラーディオヌ一族とラーディア一族では随分と風習が違うようだった。

 サナレスは自分のことを何でも自分でやってのけているようだ。以前には彼が馬の世話までしているのを目撃してしまった。何食わぬ顔をしてみたが、アセスにとっては衝撃的だった。


 馬のような、動物の毛繕いをするなんて。

 目にしたときは絶句したものだ。


 馬の体を拭くぐらいだから、サナレスはおそらく、ーーいやきっと、自分の体も自分で洗うのだろう。


 生まれた時から当然のこととして受け入れてきた日常の食い違いを補正しなければ、アセスはリンフィーナから軽蔑される。眉を寄せ、可能性を恐れた。


 ーーそんなことで尊厳を失うのは不本意だ。

 浴室の扉をぴしゃりと閉めて、アセスは初めて一人で入浴する。


 けれど、いったいどうやって一人で背中を流すのだろうか?

 しかも頭は何で洗うのか?


 初歩的なことからわからなかった。

 仕方がないので、そのまま湯に浸かり、頭まで潜った。

 一族を変革させることも然る事ながら、早急に身の回りのことを改めるべきなのかも知れないと、不安になる。


『私の可愛いお人形さん』

 生前母は、アセスによくこのように話しかけた。


 そして呼び名の通り、アセスに一切のことを自分でさせてこなかった。服に袖を通す時ですら、女官が付き添う。長い黒髪を梳かすのも女達の仕事だった。


 馬の乗り方ひとつ知らない自分は、リンフィーナから乗馬を教わることになった。あれは気分が良かったが、男としては結構頼りないと思われたかも知れない。


 ぶくぶくぶく。

 落ち込んでしまい、風呂の中に沈み込む。穴があったら入りたいというのは、こういう心境なのだろうかと、アセスはぼんやりと考えた。

「封じられた魂18」:2020年9月30日

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