封じられた魂15「後ろ盾」
一日一章投稿しています。
いつもお付き合いくださっている方々、ありがとうございます。
長編ですが、今後ともよろしくお願いします。
一章を今のところ短めにしています。
(隙間時間にでも読んでいただけますように)
最初は分からなくて、「自己肯定感を得るために、呪術を勉強し始めました。」では、一章がめちゃくちゃ長いです。お時間のある時にご一読ください。この作品の前編になります。
久しぶりに書き始めたので、文章も最初かたかったし、とっつき悪かったらすみません。
※
行かないでと泣き叫んだら、優しい兄は考えを変えてくれるかもしれない。けれどそれでは兄を困らせるだけだとリンフィーナはわかっていた。
いくらでも兄を引き止める、卑怯な術を思いつくことができる。
何度も殺される夢を見た。魔道士シヴァールがまだ自分を狙っている。
「不安で仕方がないから、側にいて」と一言だけ弱音を吐いてすがってしまえば、リンフィーナは兄を止めることができるかもしれない。
けれど決めたのは、他でもない、誰より敬愛する兄だった。そして暫くの別れの間に、一番大切な人を見つめるんだと説得されたから、リンフィーナは兄がラーディア一族を出発するのを何も言わずに見送った。
見送った瞬間から後悔している。
そしてこの先、もっとこの瞬間を後悔することになるのだが、予知の力もない彼女にはわかるはずもなかった。
サナレスが発ってしまってから、彼女の横の空席を埋めるように、アセスが側にやってきた。
ラーディオヌ一族から水月の宮までは二時間はかかる。早馬でかけてもその時間はさほど短縮できない。
それなのに、アセスは毎日のようにリンフィーナを訪ねてきた。
サナレスでも、多い時で週に二度ほどの訪問だった。ラーディオヌ一族の総帥であるアセスが、毎日自分のところに往復四時間の時間をかけてやってくるというのは、無理をさせ過ぎているように感じた。
「アセス様、私は甘えてばかりだけど、もし移動時間だけでも貴方を楽にできるなら、私がラーディオヌ一族に行った方がいいのでは?……」
「いけませんよ。道中に何かあった場合対処しようがありませんから」
星光の神殿で会うよりも、今は水月の宮にいた方が安全だと、アセスは言った。
「いっそのこと、私がここに泊まり込むか、あなたがラーディオヌ一族に暮らしてくれた方がいいのです」
意味深なことを言って、リンフィーナを見る。
それは同棲ってこと!?
真っ赤になるリンフィーナを見て、アセスは面白そうにくすと笑った。
「ーー気持ちが決まったら、いつでも来てください」
本当に!
この人は、ドキドキして心臓に悪い。
もう婚約もしているのだから、気持ちが決まるも何もないのだけれど、どうしてもサナレスに後ろ髪引かれる自分がいた。そんな自分の心を知ってか知らずか、アセスはリンフィーナに寄り添ってくれている。
ラーディオヌ一族の総帥という重責を背負う人。まして完璧なまでに整った容姿の美男子にそこまでしてもらって、アルス大陸いちの罰当たりだ。リンフィーナは嘆息した。
サナレスがイドゥス大陸に向けて使者として出立してから、十日も過ぎたころ、巷を騒がす話題はラーディア一族の次期総帥が誰であるのかということだった。というのも、ラーディア一族の次期総帥だと言われるサナレス・アルス・ラーディアが、立ち場にそぐわない行動、つまり一族の使者として一族を発ったことは周知の事実であり、このことによりサナレスが次代の総帥としてジウスに認定されていないのではないかという噂が広がったからだ。
もともとサナレスには腹違いの兄弟が数人いた。第一皇妃カムシアの子、アドとライダ、第二皇妃アルゼルネの子、セワラとその姉のフィリシア、そして第三皇妃セドリーズの子、サナレスとリンフィーナである。
厳密に王位継承権を考えた時、正妃の子であるアドがジウスの後継者だった。けれどサナレスが残した功績を見て、一族の民がサナレスを後継にと望んでいた。
アドは可もなく不可もなく、抜きん出るものがない。弟のライダも大人しいのか、神殿奥から姿を見せることはほぼなかった。セワラは虎視眈々と次代の総帥に色気を出しているようだが、人望が薄いーーつまり民から慕われず、民の希望的観測でサナレスが世継ぎなのだと結論付けられていた。
サナレスは剣を取らせればラーディアいち、容姿も人柄も申し分のない彼は、ジウスからの信頼も厚く、十五歳には神殿に執務室を持ち、戦乱の時代エヴァの幕引きを行った立役者として有名だった。
ところが、世継ぎの君をイドゥス大陸の戦地へ向かわせるというのはどういうことか。
使者とは名ばかりで、付けた兵の数は十数人。万が一にでも世継ぎの君に何かあれば、ラーディア一族の後継はどうなるのだ!?
ーーまさかジウスは、後継としてサナレスを認めておられないのではないか!?
だとしたらいったい誰が時代を担う?
アド様か、ライダ様か。ーー第二皇妃の息子であるセワラ様なのか。
民は根も葉もない噂ばかりして、首を傾げているのである。
『全く、ジウス様もジウス様です。後継者はサナレス様しかいないと、早くに公言しておかないから、このような事態が起こるのです』
サナレスの元臣下であり、今ではリンフィーナの養育係(双見)であるラディが、怒気を含んだ口調で言っていたが、リンフィーナはジウスの真意を知っていた。
それはサナレスからもらった星型の耳飾りが手元にあるからだ。
ジウスはサナレスを後継に望み、サナレスに次期総帥となるものに渡す譲渡品を手渡していた。ところがサナレスはジウスの意をやんわりと拒むように、「兄様が付けている耳飾りが欲しい」と強請ってきた妹に半分を手渡した。
今考えたら、なんて恐れ多いものをおねだりしてしまったのか。そしてなんてものをあっさり「じゃあ半分だけ」と譲ってくれたのか、リンフィーナには定かではなかった。
ラーディア一族を一緒に担おうと言う意味なのか、それとも一緒に背を向けようといった意味なのか。そもそも権力に無関心なサナレスに意味がある品なのだろうか、深く考えるとキリがない話だ。
それを問いただそうにも、サナレスは今ラーディア一族にいない。
「アセス……、最近は本当に無理をしてここに来てくれているのでしょう?」
「そうでしょうか。好きでそうしているだけです」
一人取り残されてしまったリンフィーナには、婚約者であるアセスという慰める相手がいる。
「とぼけたってお気持ちはわかっています。お兄様が行ってしまってからずっと心配してくれているのでしょう?」
リンフィーナがアセスの顔をじっと覗き込むと、彼は少し言葉を選ぶように考えていた。
「精神的なことだけではなく、ーー物理的にも、今の貴方は少し危うい。サナレスという後ろ盾は、貴方たち兄妹が考えているよりもずっと大きい。彼が不在の今を狙って、よからぬ事を企む輩も多いので、心配しているだけです。貴族の皇女が貴族内でどんなふうな立ち位置にいるのか、用心するに越したことはありません」
とアセスは言った。
「封じられた魂15」:2020年9月28日
今週で9月も終わりですね。早い早い。




