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封じられた魂  作者: 一桃亜季
14/55

封じられた魂14「夢」

一日一章投稿しています。

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        ※


「兄様、アセス様は帰ってしまわれたの?」

「ああ、私達に水入らずの時間を作ってくれるそうだ。ーーしかしまあ、ここにきてお前の望みが剣の相手とはな」

 サナレスは肩をすくめた。


「剣なんて習わずとも、守ってもらう相手が側にいれば、それでいいんじゃないか?」

「兄様、いなくなるでしょう?」

「馬鹿おまえ、私が居なくなってもアセスがいるじゃないか」

 サナレスに言われて、リンフィーナはふっと笑った。


「そうね」

「あれでなかなか、できた男だ」

 サナレスはアセスのことを語る時、やはり嬉しそうだった。

 二人の関係にやきもちを焼いてしまう自分の気持ちなど、サナレスは全く知る由もない。


 女子と男子じゃ、腕力も体力も違うのだということを、いつの頃から知っていただろう。

 いくら自分が剣を習っても、呪術を習っても、はるか前を行くサナレスとアセス、二人に叶うことはない。サナレスが言うことがもっともで、リンフィーナは寂しく笑う。


 ーーでも兄はきっと知らないのだ。

 弱い自分が、サナレスや兄に守られているだけの存在だと思った時、どうしようもない無力感を感じていること。それに、自分のせいで大切な人が傷つくのではないかと、恐れていること。


 三人でいる時に感じる幸福感は強かったけれど、いつか守られる存在ではなく、二人と対等に肩を並べられたらとリンフィーナは願っていた。

 自分が男だったら、それはできたのかもしれない。


「兄様、本気でやってほしい」

 リンフィーナが斬りかかるけれど、サナレスは笑いながら、軽くかわしてしまう。


「大剣なんて、お前の体格には合っていないよ。スピードも殺すし」


 兄が自分にくれたのは、護身用の短剣だった。到底戦闘できるものではない。

「ラディは体が大きいだろ。もう少しウエイトが乗ってきたら、軽量の長剣もいいが。ーーそれ以上に人を斬ることは、お前にはとても勧められない」


 サナレスの言葉にはいつも重みがある。男と同じようにしたいなら、汚い部分にも触れなければならない。そんなことを、誰が大切な女に望むのだろうと、言っているのだ。


「兄様、でもね……。そんな泥を被ることより、一緒にいられなくなることが辛いよ」

 神の氏族に恩恵を得るために、人は生贄を捧げ続けたと言うけれど、兄様やアセスを守るためなら、自分だって同じことをする。手を汚しても構わない。


 気持ちを整理するためにも、体を動かしていたかった。

 そしてどこかで納得できない気持ちが苛立ちとなって、サナレスに一矢報いたいと思っていた。


 一メートル弱の長剣は、リンフィーナの腕にはずっしりと重く、片手では持てない。

 相手の隙を見つけて攻める。剣術の基本であるが、剣の名手であるサナレスが自分に隙を作るとも思わなかった。

 隙がないなら、作らせなければ。


 リンフィーナは、じりっと左へ移動した。

 そして一歩うを踏み出す。

 キンーー。


 リンフィーナの繰り出した剣をサナレスの剣が止める音が響いた。

 一歩、二歩と踏み込みながら、リンフィーナはサナレスに向かって剣をくり出す。サナレスはそれをひらりと躱すか、あるいは剣で受け止めながら、巧みにリンフィーナの剣筋を読んでしまう。


 ラディ相手の剣術の稽古と同じようには行かなかった。サナレスは子供を相手しているように容赦してきた。


 ムキになって右へ左へ、砂利を蹴って体ごと突っ込むが、サナレスは子猫でも相手にしているかのように微笑んだままだ。

 長時間続けば続くほど、自分の剣には勢いがなくなっていく。そろそろ手も痺れてくるころだ。

 リンフィーナは下から剣を振り上げて、サナレスの剣を一瞬上の方へ押し上げた。その刹那の間をついて、サナレスの背後にまわり込む。


 後ろを奪った。

 サナレスの背に刃物を向けようとした時、ーーがそれより一瞬早く、彼女の剣は手から飛ばされていた。

 カシャンーー。

 無惨な音と共に剣が地に転がった。

 サナレスは後ろを向いたままの体勢で、リンフィーナの剣を弾いたのだ。


 ふうっとため息をついて、リンフィーナは攻めることを断念した。

 そう易々と屈指の剣士であるサナレスを負かせるとは思っていない。相手は防御に徹して、攻めに出ていない状態だ。


「驚いた、リンフィーナ。上達しているな」

 サナレスは言った。


「一本も取れてない」

 悔しそうにリンフィーナは膨れたが、サナレスは褒めてくれた。


「手を見せて。ごめん、血豆ができたな」

 リンフィーナの手を取って確認する様子は、やはり過保護だ。

「お世辞はいいわよ。一本も取れてないんだから」

「いや本当に上達したよ。全部剣を使わずに躱してやるつもりだったが、いくつかは受けなければならなかった。悪い、手を痛めさせた」

 サナレスは、リンフィーナの手を水道で洗わせた。


 掌にうっすらと血が滲みる。リンフィーナは痛みに片目をつむった。

 けれど自分の血豆が破けている手を確認しながら、サナレスは悟ったようだ。兄がいないときも剣の稽古をしている自分の手は、すでに何箇所も豆ができては固まって、少し分厚くなっている。


「これーー。リンフィーナ、ラディからなら何本ぐらい取れる?」

 サナレスが手早く薬を塗って、処置をしながら聞いてくる。


 リンフィーナは首を傾げた。

「三本に一本くらい……」

 まだまだ全然ダメなのだと告白したが、サナレスは「どうりでな」と唸った。


「何を目指してるんだか、大した姫君だ」

「あら、兄様が剣士なのだから、私も同じよ」

 サナレスは面食らった顔をしている。


「兄様は剣士として、世界を巡る。その横で私も一緒に戦いながら同行する。この話昔したじゃない?」


 リンフィーナが笑うと、ははっとサナレスも思い出したように笑った。

「剣はあくまで護身用だよ、リンフィーナ。私は別に世界中に喧嘩を売りに行きたいんじゃないんだ。すごい解釈だな」


 わからなかった。兵士を集めるときに、サナレスは手練れた傭兵ばかりをより集めて、片っ端から勝負していた。

「サナレス兄様の夢って、世界を旅して、世界中の強い人と手合わせすることだと思ってたんだけど……。違うの?」

 サナレスはきょとんとした顔になり、しばらく大笑いして、リンフィーナの頭を撫でた。


「そうか。お前の前では武芸ばかり励行していたからな。誤解するのも無理はない」

「ーー違うのね?」

 なんてことだ、とリンフィーナは渋面になった。なんのために自分は豆を作りながらも、密かに剣士になろうとしていたのか。


「私の夢はね、ただ世界を旅して廻ることだよ。ーーお前の夢は?」

「兄様が剣士じゃないなら、私は薬師になる。旅で病気になったら、治してあげる」

「一緒に来るつもりだったの?」

 サナレスがそう聞いたので、リンフィーナは大きく首肯した。


「だからいつも本気で言ってたのに! 兄様は私がいうこと全然聞いてくれてないんだから!!」


 アセスと出会って、自分はラーディアの皇女だと自覚した。だからいつまでも子供のようなことは願っていられないのだけれど、幼い日の自分は真剣にそう思っていた。


「そういうのも悪くないな」

 サナレスは自分の頭を軽く抱き寄せた。 

「封じられた魂14」:2020年9月27日


新しいクロスバイクで落車して、頭の打ちどころが悪かったのか、久々に失神してしまった。


視界がグレイ変わり、所々光の点が景色をぼやかす。

立ちあがって漕いで帰ろうとしたけれど、意識が遠のいた。

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