封じられた魂11「兄として」
一日一章投稿しています。
ー偽りの神々シリーズー
「自己肯定感を得るために、呪術を勉強し始めました。」記憶の舞姫
「敗れた夢の先は、三角関係から始めます。」星巡りの夢
「封じられた魂」
順番に続いています。
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「ーーあれでよかったのですか?」
妹の婚約者であるアセスに聞かれて、サナレスは頭を抱えて、机に突っ伏した。
ポーカーフェイスでいることの大変さを味わった時間だった。リンフィーナが泣き出した時に、思わず手を差し伸べて抱きしめたくなったが、サナレスはすんでのところで我慢した。
「ーー貴方の痩せ我慢……。横で見ているこっちの方が、つらいのですが……」
アセスは横目に自分を見て、腕を組んで座っている。
「いいんだよ、これくらいで。でなければいつまで経っても親離れ出来ないだろ?」
サナレスは顔がこわばって、うまく表情が作れなかった。アセスに自分の気持ちを見破られそうで、しばらくは机に突っ伏した姿勢でため息をついた。
「一晩中起きていたからな。ーー眠気が急にきたな」
適当な嘘をついて、複雑な気持ちを悟られないように努力する。アセスは珈琲をおかわりして、じっと側にいた。
「貴方達兄妹が、仲がいいのは知っています。でもこんなふうに突然、何も彼女を突き放さなくてもよかったのでは?」
「そうだな」
自分だってそうしたかった。
けれどこれから、リンフィーナとアセスの仲が深まっていけば、サナレスにとっては一緒にいるのも地獄だ。
不条理だが焼き餅を焼いてしまう。
耐えられる自信がない。衝動に任せて、何をするかわからない身勝手な自分がいるのだ。
「あれで中々遠慮がちなところがあるから、気を配ってやってほしい」
顔を上げて、サナレスはアセスに「頼むよ」と微笑んだ。
うまく笑うことができたのは、アセスに任せる決意が固まっていたからだ。
「彼女が寂しがりだと言いながら、ひどい憎まれ役を演じるんですね」
「お前にとっては近づくチャンスだぞ。さっそく行って慰めてこい」
少し休んだら、ラーディア一族に戻り、ジウスと話して出発の準備を整えよう。
子育てという役割を終えた親が出来ることには限りがあった。あとは害にならないように、ひっそりと離れていくのが賢明だ。サナレスは頭の中で、自分が取る行動の段取りをし始めていた。
しかしアセスは自分の思惑通りにならなかった。
アセスは吐息をついて諦めたような顔をして、束の間黙っていたけれど、感情を滅多に出さない彼が心なしか不機嫌そうにしている。
「ーーサナレス、貴方のお気持ちはわかりましたが、私も卑怯者ではないのですよ。今日これで帰るのは私です。貴方が泣かせたのですから、貴方がなんとかしてください」
腕を組んでいたアセスは、立ち上がって、サナレスを咎めるように一瞥した。
「私だって愚かではない。とっくの昔に、貴方の気持ちには気が付いているつもりです。こんなふうに譲られなくても、負ける気はしませんから、気遣いは無用です」
自尊心が傷ついたのか、アセスはたおやかに微笑みながら、その顔に反して挑発的に言ってきた。
彼の表情と言葉から、ちょっとした殺気を感じるのは気のせいではないようだ。
「昨日の、リンフィーナをもし好きな男がいたらって話……、私にとっては、相手が貴方でも同じです」
驚くほどこいつ、真摯に向かってくる。
「じゃあわかっているだろう? あれはモノじゃない。お前が頑張れ」
生涯人を愛することはないと、過去の自分は誓ったのだ。
死が二人を別つまでと、誓った相手はもうこの世にいない。
その時から自分は糸の切れた風船で、恋愛なんてしたくはなかった。せめて、この世に自分の子種を残さないことが、ムーブルージェに誓える唯一の忠誠だ。
「ないよ、アセス。お前の敵なんて、どこにも存在しない」
だから頑張れと言おうとしたのに、アセスは氷のように無表情なまま、机に手をついてスッと立ち上がった。
「帰ります」
アセスは嫣然と微笑んでみせる。こいつを知っているだけに、その頬が不自然に歪んでいることをサナレスは見逃さず、ゾッとする思いがした。
「私は責任と約束については厳格なんです。負ける勝負も受けたくはありませんし、譲られて勝利する気もありませんので、みくびっていただいては困ります」
その気になったらかかってきてください、と強気な姿勢で彼は言った。
女人のような顔をして、これでなかなか男なのだな。
怒っているんだよな?
サナレスは憮然としているアセスを見て、感心した。
だから自分の気持ちを彼に開示してやる気になった。
「ずっと戻ってこないわけじゃない。少しの間、お前にハンディを与えるだけだ」
サナレスも売り言葉に買い言葉で対応し、そしてアセスを焚き付けてやった。
「私は、貴方のことも好きですよ」
「奇遇だな、私もだ」
男同士の別れというのは、そんなものだった。
頼んだぞ、と声には出さないサナレスの想いは、アセスに伝わっていることだろう。
アセスは言葉通り、リンフィーナに会うこともなく、ラーディオヌ一族に戻っていった。
ーーさて、どうしたものか。
妹を慰める役に抜擢した男が、予想外の反抗心でいなくなってしまった。
アセスのやつ。ーーこのまま自分がリンフィーナの元を去れないことを見越して、不敵な態度で場を作った。
リンフィーナに自分の想いを告げる機会をつくり、それでもアセスは自信があると、自分と戦ってやると言ってきたのだ。
食堂を後にしたサナレスは、リンフィーナの自室の前に立ち尽くした。
百年前、ムーブルージェの部屋を訪ねようとしても出来なかった自分に、今もう一度その場面がやってきたように思う。
らしくもなく躊躇した。
逃げるのではなく、気持ちを伝える。それが自分にうまく出来るのかどうか、この歳になっても定かではない。
けれど、サナレスは扉を開く。
あの時の後悔を思い出した時、経験則が背中を押した。
愛しい人を残したまま、このまま去ることは出来ない。
「リンフィーナ、ちゃんと話そう」
サナレスは寝台に突っ伏して泣き崩れている妹に、声をかけた。
リンフィーナはこちらを見ようともせず、いきなり枕が飛んできた。
柔らかい枕をぶつけられても痛みはない。
けれどリンフィーナの様子で、胸をえぐられるほどのダメージを受けていた。
サナレスはぶつけられたそれを拾い、手でポンポンと形を整えつつ苦笑して、リンフィーナに対して謝罪した。
「少しでいいよ。私がお前を大切だと思う気持ちを信じてくれるなら、話を聞いてくれないか?」
リンフィーナの肩がピクリと震えた。
真っ赤に泣き腫らした目で、リンフィーナが顔を上げる。
兄と妹、それ以外の感情を交えて話すのはこれが初めてだった。
けれどまだ自分は、彼女を守る兄でいたいーー。
「封じられた魂11」:2020年9月25日




