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封じられた魂  作者: 一桃亜季
11/55

封じられた魂11「兄として」

一日一章投稿しています。

ー偽りの神々シリーズー

「自己肯定感を得るために、呪術を勉強し始めました。」記憶の舞姫

「敗れた夢の先は、三角関係から始めます。」星巡りの夢

「封じられた魂」


順番に続いています。

応援よろしくお願いします。

 

        ※

「ーーあれでよかったのですか?」

 妹の婚約者であるアセスに聞かれて、サナレスは頭を抱えて、机に突っ伏した。


 ポーカーフェイスでいることの大変さを味わった時間だった。リンフィーナが泣き出した時に、思わず手を差し伸べて抱きしめたくなったが、サナレスはすんでのところで我慢した。


「ーー貴方の痩せ我慢……。横で見ているこっちの方が、つらいのですが……」

 アセスは横目に自分を見て、腕を組んで座っている。


「いいんだよ、これくらいで。でなければいつまで経っても親離れ出来ないだろ?」

 サナレスは顔がこわばって、うまく表情が作れなかった。アセスに自分の気持ちを見破られそうで、しばらくは机に突っ伏した姿勢でため息をついた。


「一晩中起きていたからな。ーー眠気が急にきたな」

 適当な嘘をついて、複雑な気持ちを悟られないように努力する。アセスは珈琲をおかわりして、じっと側にいた。


「貴方達兄妹が、仲がいいのは知っています。でもこんなふうに突然、何も彼女を突き放さなくてもよかったのでは?」

「そうだな」

 自分だってそうしたかった。


 けれどこれから、リンフィーナとアセスの仲が深まっていけば、サナレスにとっては一緒にいるのも地獄だ。

 不条理だが焼き餅を焼いてしまう。

 耐えられる自信がない。衝動に任せて、何をするかわからない身勝手な自分がいるのだ。 


「あれで中々遠慮がちなところがあるから、気を配ってやってほしい」

 顔を上げて、サナレスはアセスに「頼むよ」と微笑んだ。

 うまく笑うことができたのは、アセスに任せる決意が固まっていたからだ。


「彼女が寂しがりだと言いながら、ひどい憎まれ役を演じるんですね」

「お前にとっては近づくチャンスだぞ。さっそく行って慰めてこい」


 少し休んだら、ラーディア一族に戻り、ジウスと話して出発の準備を整えよう。

 子育てという役割を終えた親が出来ることには限りがあった。あとは害にならないように、ひっそりと離れていくのが賢明だ。サナレスは頭の中で、自分が取る行動の段取りをし始めていた。


 しかしアセスは自分の思惑通りにならなかった。

 アセスは吐息をついて諦めたような顔をして、束の間黙っていたけれど、感情を滅多に出さない彼が心なしか不機嫌そうにしている。


「ーーサナレス、貴方のお気持ちはわかりましたが、私も卑怯者ではないのですよ。今日これで帰るのは私です。貴方が泣かせたのですから、貴方がなんとかしてください」

 腕を組んでいたアセスは、立ち上がって、サナレスを咎めるように一瞥した。


「私だって愚かではない。とっくの昔に、貴方の気持ちには気が付いているつもりです。こんなふうに譲られなくても、負ける気はしませんから、気遣いは無用です」

 自尊心が傷ついたのか、アセスはたおやかに微笑みながら、その顔に反して挑発的に言ってきた。


 彼の表情と言葉から、ちょっとした殺気を感じるのは気のせいではないようだ。


「昨日の、リンフィーナをもし好きな男がいたらって話……、私にとっては、相手が貴方でも同じです」

 驚くほどこいつ、真摯に向かってくる。


「じゃあわかっているだろう? あれはモノじゃない。お前が頑張れ」

 生涯人を愛することはないと、過去の自分は誓ったのだ。


 死が二人を別つまでと、誓った相手はもうこの世にいない。

 その時から自分は糸の切れた風船で、恋愛なんてしたくはなかった。せめて、この世に自分の子種を残さないことが、ムーブルージェに誓える唯一の忠誠だ。


「ないよ、アセス。お前の敵なんて、どこにも存在しない」

 だから頑張れと言おうとしたのに、アセスは氷のように無表情なまま、机に手をついてスッと立ち上がった。


「帰ります」

 アセスは嫣然と微笑んでみせる。こいつを知っているだけに、その頬が不自然に歪んでいることをサナレスは見逃さず、ゾッとする思いがした。


「私は責任と約束については厳格なんです。負ける勝負も受けたくはありませんし、譲られて勝利する気もありませんので、みくびっていただいては困ります」

 その気になったらかかってきてください、と強気な姿勢で彼は言った。


 女人のような顔をして、これでなかなか男なのだな。

 怒っているんだよな?


 サナレスは憮然としているアセスを見て、感心した。

 だから自分の気持ちを彼に開示してやる気になった。


「ずっと戻ってこないわけじゃない。少しの間、お前にハンディを与えるだけだ」

 サナレスも売り言葉に買い言葉で対応し、そしてアセスを焚き付けてやった。


「私は、貴方のことも好きですよ」

「奇遇だな、私もだ」

 男同士の別れというのは、そんなものだった。


 頼んだぞ、と声には出さないサナレスの想いは、アセスに伝わっていることだろう。

 アセスは言葉通り、リンフィーナに会うこともなく、ラーディオヌ一族に戻っていった。


 ーーさて、どうしたものか。


 妹を慰める役に抜擢した男が、予想外の反抗心でいなくなってしまった。


 アセスのやつ。ーーこのまま自分がリンフィーナの元を去れないことを見越して、不敵な態度で場を作った。

 リンフィーナに自分の想いを告げる機会をつくり、それでもアセスは自信があると、自分と戦ってやると言ってきたのだ。


 食堂を後にしたサナレスは、リンフィーナの自室の前に立ち尽くした。


 百年前、ムーブルージェの部屋を訪ねようとしても出来なかった自分に、今もう一度その場面がやってきたように思う。

 らしくもなく躊躇した。


 逃げるのではなく、気持ちを伝える。それが自分にうまく出来るのかどうか、この歳になっても定かではない。


 けれど、サナレスは扉を開く。

 あの時の後悔を思い出した時、経験則が背中を押した。


 愛しい人を残したまま、このまま去ることは出来ない。


「リンフィーナ、ちゃんと話そう」

 サナレスは寝台に突っ伏して泣き崩れている妹に、声をかけた。


 リンフィーナはこちらを見ようともせず、いきなり枕が飛んできた。


 柔らかい枕をぶつけられても痛みはない。

 けれどリンフィーナの様子で、胸をえぐられるほどのダメージを受けていた。


 サナレスはぶつけられたそれを拾い、手でポンポンと形を整えつつ苦笑して、リンフィーナに対して謝罪した。


「少しでいいよ。私がお前を大切だと思う気持ちを信じてくれるなら、話を聞いてくれないか?」


 リンフィーナの肩がピクリと震えた。

 真っ赤に泣き腫らした目で、リンフィーナが顔を上げる。


 兄と妹、それ以外の感情を交えて話すのはこれが初めてだった。


 けれどまだ自分は、彼女を守る兄でいたいーー。

「封じられた魂11」:2020年9月25日

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