繋いだ手と手
母が少し変かもしれない。
ただまだ認知症だとは思わなかった。
いや思いたくなかったのかもしれない。
そうだ父に一度相談してみよう。
そう思った矢先
家の電話が鳴り、
誰も居なかったので仕方なく出てみると
それは5年振りに聞く父の声だった。
たしか76歳は過ぎていたはずだが、
相変わらず張りの有る若々しい声だった。
内容は今勤めている会社の
シフトが安定してきたので
今度母と3人でご飯でも食べに行かないか?
と言う内容だった。
しばらくして散歩から帰宅した母に
その事を告げると、嬉しそうに
「そやな久しぶりやし3人でご飯食べよか!」
と笑顔で言った。
早速
次の週の火曜日に母と2人で
父の仕事場の近くの駅で降りた。
元々せっかちな父から
見計らったように電話が掛かってきた。
「今どこに居る?ああ地下か、じゃ行くわ」
と切ると同時ぐらいに
すぐ父が目の前にやってきた。
少しシワがふえ髪は
ほとんど白髪になっていたが、
そこには昔と変わらぬ元気な父が居た。
早速近くのそば屋さんに入ろうと言う事になり
父は足早に2階へと続く階段を掛け上がった。
僕は母の足が悪いのを知っていたので、
母の後ろをゆっくりと歩きながら、
相変わらず元気だなと、父を見ていた。
後ろを着いて来ない僕たちに気付いて
父は振り返った。
そして階段を一段ずつ手すりに
掴まりながら昇る母に、少し悲しそうに
でも少し照れながら手を差し延べながら
こう言った
「なんやぁ知らん間に、すっかり年とって
…ほら、手繋いだるから一緒に昇ろ」
母も少し恥ずかしそうに
「ありがとう。」
と手を差し出した。
僕は生まれて初めて両親が手を繋ぐのを見た。
恥ずかしさや照れ臭さはなく
何故かとても嬉しく、そして…切なかった。
普通の夫婦なら当たり前の様に触れ合った
はずの手を
やっとこうして繋いだ光景を見て…
でもずっと心は繋がってたんだなって
なんとなくそう強く思えた。
なんだか僕にとって
いや僕達にとって新しい何かが感じられた
そんな大切な一日になった。
これからは3人での親子の時を
母が元気でいられる間になるべく
いっぱい作ろう。
そう思った。
そしてどうか母の物忘れがこれを機会に
無くなりますようにと願っていた。