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母の小唄のお師匠さん



その日は平日で朝から新地の台湾料理店で


仕込みをしていた。


まだまだ他の人のスピードには


追い付けなかったが


漸く生活リズムにも慣れてきた頃だった。


突然ポケットに入れてある携帯に


幼なじみからの着信が入った。


出ると悟ったような諦めたような声で


「おばあちゃんが危篤で


多分もう今日明日やねん……」


おばあちゃんとは母の小唄の師匠で


叔父が暴れているとき何度も小さな体で


僕を庇って叔父から守ってくれた人だった。


天王寺にある家にもよく母のお稽古に


ついて行ってその幼なじみと楽しく遊んだ


思い出のある意味僕にとっても


おばあちゃんのような素晴らしい方だった。


僕は今入院してる場所を聞いてメモすると


電話を切った。


すると小さい頃の思い出や


何度も助けてもらったこと


ご飯を食べさせてもらったこと叱られたこと


誉められたことが一気に押し寄せて


涙と共に溢れ出した。


そして今日母を会わせないと


一生後悔すると思い仕事を早退させてもらい


母の施設へと行った。


ちょうど母は夕食の最中だった。


その間に施設の方に事情を話し


母を連れ出す許可を得た。


夕食を済ませた母に


「今から小唄のお師匠さんとこ行くで」


と言うときょとんとした表情で


「そんなん言うて今日三味線持ってへんがな」


と困り顔だったが


久しぶりに出掛けられるのが嬉しそうで


僕が押す車イスに乗りながら


しきりに昔の話をしていた。


タクシーに揺られている間も


名古屋の実家の話や


僕の子供の頃の話をしていて


この日はわりと認知症も調子が良い日だった。


病院に着くと幼なじみの姉妹と


そのお父さんが僕たちを出迎えてくれた。


母の衰えぶりに驚き涙していた二人だったが


それでも来てくれた母に感謝の言葉を


沢山言ってくれていた。


病室に入ると思わず僕は絶句した。


ふくよかだったお師匠さんは


ガリガリに痩せて呼吸器で何とか


息だけしている状態だった。


「今日もったら良い方やねんて」


と幼なじみはぽつりと言った。


お師匠さんの顔を覗きこむと


自然と涙が頬を伝った。


僕は母に


「お母さん、小喜三さんやで


小唄のお師匠さんやで」


と伝えると母はおもむろに


車イスを立ち上がった。


滅多に無いことに僕は驚き


母が倒れないように支えた。


母はお師匠さんの手を両手で強く握ると


「私がついてる」


とはっきりとした言葉で


何度も言い聞かせるように言っていた。


幼なじみは大粒の涙を流しながら


「ありがとう、ありがとう」


と言っていた。


翌日、お師匠さんは亡くなった。


僕にとっても母にとっても


かけがえのない人を亡くした日だった。

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