母としての表情
その日は少し肌寒い日曜日の午後だった。
仕事が休みでゆったりした午前を過ごし
そろそろ母の施設に行こうかと
昨日買ったばかりの上着を羽織った。
施設につくと母はいつものように
車イスでウトウトとしていた。
僕を見つけると軽く手を振り
車イスから立ち上がろうとする。
僕に良いとこを見せようと躍起になるのだ。
介護士の人たちに止められて
しぶしぶ車イスに深く腰掛ける。
ようやく母の正面に僕が座ると
自分がどれだけ働いているかを
一生懸命に説明する。
どうやら母はこの施設でいつも
掃除をしていると思い込んでるようだ。
昔ならきっと掃除してるんは俺やと
怒鳴っていたと思う。
一定の距離を保ったことにより
ずいぶんと母には穏やかに
接することが出来るようになった。
しばらく笑顔で母の話を聞いていると
「あんたこれ裏着てるやん」
と僕の上着に興味を持ち始めた。
その上着は当時少し流行った
裏地を外側にデザインした服だった。
何度も同じ事を言う母に介護士さんも
「こういうデザインなんよ」
と何度伝えても聞こうとしなかった。
僕は少し困りながらも
昔だったら笑顔で居れなかったなと
感慨深く聞いていた。
するとふいに母の表情が変わり
「あんたこの服一回脱ぎ
お母ちゃんがちゃんと縫ってあげるから」
それは数年振りに見る母としての姿だった。
僕は久しぶりに感じた母としての優しさに
ただただ涙を流すことしか出来なかった。
そして強く思った。
まだ母が母として過ごせますようにと。




