エッセイ~私はツイてる~
私はツイてる
最近の母の口ぐせである。
今年81歳になる母はアルツハイマーになり
今は〔要介護2〕のいわゆるボケ老人だ。
この数年間、いろいろな人に助けられながら
なんとか介護をしてきたが
周囲からの勧めもあり
6月からデイケアーサービスと
ホームヘルパーさんを頼んでいる。
今朝も迎えが来て母を送り出した。
『ありがとう、ありがとう
私はツイてるねん。こんなに良くしてもろて』
母がそうつぶやきながら家を出た。
この数年間の変わり行く母に苛立ち
嘆き、怒鳴りつけた事も沢山ある。
それでも母はご飯を作ったり
髪を洗ってあげたりした時には必ず
『ありがとう、私はツイてるねん。
こんなに良くしてもろて』
と涙を流して感謝してくる。
申し訳なくて涙が零れそうになっても
母は感謝の涙を流す。
僕はこんな大人になれるのだろうか?
全てを無くしても自分自身を無くしても
感謝の気持ちをずっと持ち続けられる人に…。
母は苦労人だ。
13歳で養女に出されすぐに戦争に遭い
ずっと独り身で芸者の修行を積み
42歳の時に相続税で1億の借金を背負い
43歳で子宮全摘手術と共に僕を産み
知恵遅れとアル中の姉弟の面倒を看ながら
女手ひとつで僕を育てた。
女将としてのプライドを捨て
立ち飲み屋を始め
死に物狂いで働いて財を成し
立派な店と数部屋だが賃貸を所有し
当然たかって来る人も多かった。
だが母はどんな人にも分け隔てなく
全てを与え続けた。
人情脆く借り主が泣きついて来ると
その度に家賃を下げ…
そして自分自身が税金を払えなくなり
多額の借金を背負った。
ほとんどの財産を失い
そして自分をも失った。
それでも母は変わらず
『私はツイてるねん』
と言う。
母はいろんな人に感謝されてきた人だ。
それでも人への感謝を忘れない人だ。
確かに10代の頃は不倫の子で産まれた事や
アル中の叔父からの度重なる暴力を受け
母を恨んでいた時期もあった。
でも社会人になり父親となった今
母の事はとても尊敬している。
いつまでも人への感謝を忘れない人。
そんな大人で僕も居続けられたらと思う。




