エッセイ~忘れゆくあなたへ~
忘れゆく あなたへ
今年77歳になった母は
3月から急に痴呆が進行した。
芸者として女将として
凛として生きてきた母の
変わりゆく姿を目の当たりにするのは
とても切なく心が痛む思いだ。
あれだけ得意だった料理を
今は、なにひとつ作る事が出来ない。
しっかり者で絶対に約束を忘れる事のなかった母が
今は約束という意味さえ忘れかけている
まだらボケで平静な時の
思い出せない自分を嘆く母
それを見るのが苦しい
少しずつまともな時間が減ってきているのがわかる。
今は少しでも進行が進まないように毎日病院に付き添い
出来るだけ会話をしている。
母が母でいられる間に
息子として
あなたの息子として過ごせる思い出を
なるべく刻んでいこうと思う。
忘れゆく あなたへ
あなたが出来なくなった料理の味は安心して下さい。
ずっと覚えていますから
忘れゆく あなたへ
今なんとか歩いている杖が持てなくなっても安心して下さい。
僕が代わりに手を繋ぎましょう
小さい頃いつもあなたが
そうしてくれたように
忘れゆく あなたへ
あなたがもし僕の事を忘れたとしても安心して下さい。
僕はずっと忘れません。
あなたとの日々を
あなたの息子として育った誇りを
忘れゆく あなたへ
もしあなたが永遠の眠りについてしまっても安心して下さい。
あなたが本当に安らかに眠れるよう
あなたが見せてくれた背中を
僕は息子に見せて行きます。
しっかりとあなたに負けない愛を持って
忘れゆく あなたへ
でももし叶うなら
ずっと忘れないで下さい
あなたを僕たちをそして生きてきた証しを
あなたの息子に生まれた事
心から感謝します。
ありがとう