第八話:桃香の秘密と初恋?
――さて、今日もいい天気だ。
桜が舞い散っていた頃に比べ、今はすっかり緑色の木が立ち並ぶようになっていたとある昼のひととき。僕は昼の弁当を食べ終えて教室の自分の席でのんびりとしているところだった。
「なあ原塚、ちょっと付き合ってくれないか」
「ん? 別にいいけど、どしたの?」
彰くんだった。昼休みはいつも自分の席で本を読んでいる彰くんがちょっと付き合ってくれなんて珍しい。何があったんだろう。
「いやな、最近桃香の様子がおかしくてさ」
「桃香ちゃんが?」
周りに聞こえないようにコソコソと話そうとする彰くん。それに釣られて僕も小声で話す。
「うん、なんか最近よそよそしいというか落ち着かないというか、そんな感じかな。上手く言えないけど」
「桃香ちゃんが落ち着かないのは今に始まったことではないと思うが」
「まあそうなんだけどさ……」
彰くんが口籠ってなんか言いた気だな。言いたいけど、上手く形容できない。そんなところだろうか。桃香ちゃんが落ち着きがなくいつも暴れまわっているのは周知の事実だ。それに昔からの間柄である僕や双子の兄である彰くんが知らないはずはない。それなのに今になって彰くんから落ち着きがないなんて、どういう意味だろうか。余計気になってくる。
「わかったよ。特にこの昼やることなかったし、付き合うよ」
「おう、ありがとう」
この話に乗ってやることにした。付き合うからにはとことん究明してやりたい。そんな気分だったのだ。
「じゃあ早速行こうか」
僕は席から重い腰を持ち上げ、立ち上がった。昼休みの間寝ようかどうか少し考えていただけに少し眠気もあるが、歩いてたら醒めてくるだろう。
というより、桃香ちゃん今教室に居ないけど、彰くん場所知ってるのか? ちょっと聞いてみるか。
「桃香ちゃん今何処にいるのか知ってるの?」
「それを含めて今から探しに行くんだよ」
――――寝たい。
教室を出て日の当たらない廊下を歩いていると、開いてる窓から吹き込んでくるまだ若干寒い風が僕と彰くんを通り過ぎ、身を震わせた。予定とは若干違う形ではあったが、やはり歩いていると眠気が引いてきた。むしろこのクソ寒い廊下で眠ろうなんて少しも思わないのだ。
僕たちの校舎は北館と南館に分かれており、両館共に四階建ての設計になっている。そして大体の学校は上の階ほど上級生のクラスとなっているだろうけど、この聖林中学校では別で、下級生ほど上の階に属している。つまり一年生が四階、僕たち二年生が三階、三年生が二階というわけだ。理由はよくわからない、今度先生にでも聞いてみるか。
僕たち二人とも身を震わせながら階段を一歩一歩と降りていく、下の階に着くと三年生の生徒たちがワイワイガヤガヤと屯っているが、周りを見渡しても特に桃香ちゃんらしき一は見当たらない。さすがに上級生のところには来ていないか。
二階に彼女がいないことを確認すると再び階段を降り始める。この階段の下はちょうど下駄箱の近くだな。桃香ちゃんが外へ出ているか確認できるかもしれない。
一階に降りると下駄箱が見えてきた。奥には玄関があり、扉は開いていた。吹き抜けになっているので大きな風の通り道となっている。冬場は絶対開けてはいけないパンドラの箱と化するのだが、特に夏に関しては凄く気持ちいい風が入ってくるのだ。もっとも、今は少し寒いが。
「んー、いないな」
彰くんが口を開く。さっきまでずっと無言でポケットの手を突っ込みながら歩いていた彰くんだったが、アテが外れたのか、少し悔しそうな顔をしている。
「そうだな。南館は四階以外見て回ったし北館にでも行ってみるか?」
「そうするか……ん? まて原塚、ちょっと――」
「なんだよ」
彰くんが何かを察知したのか僕の制服の袖を掴んでは物陰に隠れるように誘導する。仕方が無いので僕もその物陰に隠れていたら、見慣れた女の子がやってきた――桃香ちゃんだ。
「桃香のやつ、こんなところでなにしてるんだ」
小声で話す彰くん。桃香ちゃんは僕たちに気付いてなく、辺りを気にするようにきょろきょろとし始める。そして手には何かを持っていた。
「あれ、桃香ちゃん何持ってるんだろう」
紙――メモ帳のような紙。いやそれを入れる袋に入ってるし、もしかして手紙か。
「手紙じゃないのか」
僕がひらめいた途端彰くんも同じことを呟いた。やっぱりそう見えるよな。
下駄箱の近くの物陰で僕たち二人が身を潜めているところ、桃香ちゃんは二年生のとあるクラスの下駄箱のすのこにちょこんと乗っかった。手に持っている手紙……便箋を握りしめて気のせいかはわからないが何だか頬が赤色になっているような気もする。
「なあ彰くん、今から面白そうな事が起こりそうなのは僕だけか?」
「心配するな。俺もだ」
「だよな……」
面白いことと言っても、本当にそうなのだとしたら僕はもしかしたら泣いてしまうかもしれない。
少し様子を伺っていると桃香ちゃんの便箋が握りしめられている右手が動いた。どこのクラスの下駄箱かというのはこの場所と角度からではわからないが、男子の下駄箱だというのはすぐにわかった。女子の下駄箱は男子の下駄箱より場所が少し奥手にあるからである。
「――今入れたな」
彰くんがボソっと呟いた。便箋を誰かの下駄箱に入れた後、桃香ちゃんはすぐさま中央玄関から外へ出ていってしまった。何気に危なかったのかもしれない、中央玄関とは逆方向へ走って来られていたら見つかっていたかもしれなかったからだ。
桃香ちゃんの姿が完全に見えなくなったのを恐る恐る確認しつつ、僕と彰くんは顔を見合わせた。そして頷く。
「調査開始だな」
「なんでそんな嬉しそうなんだよ」
彰くんがあからさまに面白いものを見つけたような表情をしている。逆に僕は顔では平静を保っているが心はどんよりとしていた。まさかのまさかを予想していたからである。
僕と彰くんは隠れていた物陰から出てきては桃香ちゃんが便箋を入れたであろう下駄箱へ近づいた。
「ここ二年六組の下駄箱か。確かこのへんだったよな」
「うん、そうそう。ここじゃないか?」
彰くんが便箋を入れたと思われる下駄箱を指差し僕も近づく。まあ、仮に違っていても男子が男子の下駄箱を開けたところで言い訳は容易い。さっさと開けてしまうか。間違ってても閉めればいいのだから。
「……」
「……ビンゴ」
一発で当ててしまった。二年六組の、名前は『東』と書かれているな。この男子の下駄箱に桃香ちゃんが便箋を入れたのか、東くんの外靴の上に被さる形で便箋が乗っかっていた。
「さて、この便箋だな。見てみるか?」
僕は無言で頷いた。唾を飲み込み、息が少し荒くなるのがわかった。
彰くんが外靴に乗っかっている便箋を取り出す。その便箋には“東くんへ”と書かれていていかにも手紙らしい。
ここで一つ考えたい事がある。何故桃香ちゃんは頬を赤くしていたのか、そこが肝心だ。いや待て、わかってはいるんだ。ただ、なんだろう――認めたくないんだよ。
彰くんは便箋が傷つかないようにそっと封を切り、手紙を取り出して読み始めた。
「……」
「どう? 声に出して読んでみて、もちろん小さな声で」
「私、二年八組の白河桃香と言います。今日はどうしても東くんに話をしたいことがあるので放課後、体育館裏で待ってます」
「……」
その瞬間僕の頭はぐるぐると回り始めた。恐れていたことが現実のものになったような気がしたからだ。
なんてことだ、桃香ちゃんは僕という人がありながら他の人に好意を寄せているというのか? くそっ、くそっ、くそっ!
「ふぅん、桃香もこんな行儀のいい文章書けたんだな。あのあいつが色恋事に目覚めたとは到底思えないけどね」
彰くんは手紙の内容を馬鹿にしながらも桃香ちゃんは別に恋でもなんでも無い口ぶりをするが、僕にはとてもそうには見えなくて動揺してしまう。
「どうしよう彰くん、もしこれがラブレターだったら?」
「落ち着けよ。まだこれがラブレターだと決まったわけじゃないだろう。とりあえず放課後まで待ってやれよ」
そうだった。文章をよく見ると“好き“だなんて文字や好意を寄せているような文字は何処にも無い。まだ確定ではないのか……
でもそうだとしたら、一体何故桃香ちゃんは頬を赤くしていたんだ――。謎が膨らむばかりだ。
決戦は今日の放課後――体育館裏か。
手紙を見終わった後は、便箋をゆっくりと元に戻し、再び外靴の上に乗っける形で置いた。そして僕たち二人は、何事も無かったように教室に戻っていくのだった。くそう、完全に目が醒めちまった。




