第六話:二年八組 VS 二年七組②
試合開始の合図と共に空に打ち上げられたボール。それを八組と七組、二人のジャンプボール役がまず先手を取ろうと手の先を伸ばす。最初は織田くんがボールを取るかと思ったがそれは叶わず、先手は七組が取った。
こうして始まった戦いだが、両者ともに一致している作戦がある。それはキングを出来るだけ真ん中に配置しているということだ。前面からと後方からの攻撃に耐えられるようにとのことだろうけども、まあここは基本中の基本か。
そうこうしている間にボールが高速で飛んでくる。最初に脱落していくのは八組側から。特に運動神経が無い女子から次々とボールに当てられていく。当てられたボールが跳ね返って再び七組の方へ行ってしまう。この連鎖をなんとかしなければ……
「まずは三人かしら」
くそ、白河秋姫のやつは嬉しそうにしやがって。完全に遊んでやがるな。それでも八組側にボールが回ってこないと反撃しようにも出来やしない。ここはいっそ女子がある程度一掃されるまで待つべきか。
七組の主力は前方で陣取っている。軍隊のような規律で整列しており、なおかつ屈強そうな男ばかりであった。
八組にボールが渡らないまま五分が過ぎただろうか、八組の女子たちが半数以上既に失っている状態で、キングへ壁になっていた部分が完全に抜け落ちてしまっている。そこへ――
「彰くん、危ない!」
「キングもらったあ!!」
七組からのボールが高速で飛んでくる。しかし彰くんは余裕の表情をしている。何やってんだ、早く逃げろ――くそ、僕から彰くんまでの場所まで遠い、間に合わないか。
――バンッ。
ボールが当たる音がした。流石に彰くんではあの高速のボールは受け止められないだろうし、この勝負は早くも終わり――ではない? 桃香ちゃん!?
「バカね。まだまだ人数が残ってるのに、いきなりキングは取れるわけないでしょう」
「へぇ、やるじゃない」
桃香ちゃんがあの高速のボールをガッチリ掴んでいる。さすがだと言わざるを得ない。まさか彰くんはこれを見越していたというのか。いやそれにしてもリスキーな……
でもこれでようやく八組にボールが渡ってきたわけだな、よし反撃開始なるか。
「まずは一人、行くわよ」
「うわぁ――!」
桃香ちゃんが投げるボールの勢いは七組のものとは比較にならないほど速かった。例えるならば七組のボールの速さは草野球レベル。桃香ちゃんのボールの速さはプロ野球レベルだったのだ。これは防げない。こうして七組の牙城が一人、二人と崩れていく。ボールが当たり、八組側に跳ね返った玉でもう一度攻撃を繰り出す桃香ちゃん。一気に七組の主力部隊を壊滅寸前にまで追いやってしまった。恐るべし……
「白河桃香――やはりあなたは相当な腕ね。ではそろそろこの子に出て来てもらおうかしら。泉くん出番よ」
「――了解」
嘘だろ。キング自ら最前線に出てきたぞ。あいつらこの少年がやられたら試合が終了するのがわかってるのか。しかも相手は桃香ちゃんだぞ。やられに行くようなもの……
「ふぅん、キング自ら相手してくれるのね。でも甘いわ、私のボールは誰にも止められないわ!」
桃香ちゃんの力強く重いボールが風を切り裂き、泉くんの方へ向かっていく。そしてこれで試合終了になるかと思われた。
「甘い? 甘いのはどっちだよ。こんなボール、楽勝さ」
「なに!?」
ズドンという大きな音を立てながらも、泉くんは確かに桃香ちゃんの投げたボールをしっかり抱えていた。
「桃香のボールを受け止めたのか」
彰くんも困惑していた。僕自身も予想外だった。まさか受け止められるなんて。
そしてすかさず泉くんはボールを投げ返す。それも七組の主力以上の速さだ。最前列にいた桃香ちゃんは咄嗟にかわす。しかし後ろに居た八組男子の顔に直撃。勢いのあまり倒れ込んでしまっていた。これは痛そうだ。
「危なかったわ……」
「桃香気をつけろよ。ここからが本当の戦いだぞ」
「わかってるわよ。兄貴も気をつけて」
兄妹で息を合わし、体制を整えようとする。そしてボールは僕のもとへ転がってきた。
「よし、僕も一発食らわせてやるぞ」
でも僕の狙いは泉くんじゃない。あんな桃香ちゃんの玉でも受け止めてしまうようなやつを今は相手にしている場合じゃない。僕はとりあえず手助けとして外堀を埋めてやらなくてはいけないからだ。なので僕が狙ったのは泉くんよりだいぶ離れた横にいる男子、さすがに女子を狙うのは僕のポリシーに反している。――が、しかし。
「あっ……」
「おいおい、なんだよそのヘナチョコ玉はよー!」
勢い余って手からボールが滑ってしまった。これは恥ずかしい。全然勢いのないボールが投げられ、案の定ボールが当たることなく受け止められてしまった。
「原塚くんなにやってんの!!」
「ご、ごめん」
くぅ……桃香ちゃんに怒られてしまった。とりあえず七組にまたボールが渡ってしまった以上、警戒するしかないな。彰くんに関しては怒るとかそういったものは無かったが、なんだろう、ずっと考え事をしているようだった。なんだ、何を考えてるんだ彰くん。
僕は必死に七組から飛んでくるボールをかわしていた。七組から見れば僕は当てやすいカモに映ったのだろうか、前から後ろから次々とボールが飛んでくる。
「くっ、キツイ……」
「原塚くん、がんばって!」
おう、桃香ちゃんが応援してくれている。頑張らなくては……
でもどうやってこの状況を切り抜けたらいいんだ。避けても避けても僕ばかり狙い撃ちだぞこりゃ。
「原塚!」
「――!?」
ボールを避けながら、彰くんが大きな声で呼んでるのがわかった。返事をしたいところだが、今はそれどころではない。避けるのに集中しているからだ。
「返事はしなくていい、よく聞け、今いる場所から一歩左前へ出ろ! そしてボールを受ける姿勢をするんだ!」
んな、何を言ってるんだ彰くん。そんなことで本当にボールが受け止められるのか? ああもう知らないぞ。僕は言われた通り、今いる場所からすかさず左前に一歩踏み出し、急いでボールを受け入れる体制を作った。来るなら来い――
「覚悟ありか。お前はこれで終わりだよ!」
「原塚くん――!!」
桃香ちゃんの叫ぶ声が聞こえ、泉くんの剛球が飛んでくる。僕は半分目を閉じてしまっていたが、手は受け止める姿勢をしっかり作っていた。
――――ドン。
玉が爆発するような大きな音が聞こえた。でも不思議と僕は痛くない。上手く軌道が反れて別の人が犠牲になったのだろうか。いや違う、僕だ――僕が泉くんのボールをしっかり受け止めている。
「――んなっ!」
泉くんはあまりにも予想外だったのか顔を歪めて怯んでしまっていた。白河秋姫の方を見ると、開いた口がずっと開きっぱなしになっていた。
「やるじゃん、原塚。やっぱりお前に任せてよかったよ」
「原塚くんすごい。アレを受け止めたの……?」
桃香ちゃんが唖然としている。そんな彼女を横目に彰くんの方へ顔を向けた。
「彰くん、一体何をしたんだ?」
「ん、ちょっとな」
彰くんは笑って指でアルファベットのCを形作り、ちょっとを表していた。でもなんだろうこの安心感。何が起こったかはわからなかったが、今の彰くんの表情を見てもう負けるなんて気はさらさら無くなった気がする。よし、ここから反撃だ。いくぞ――




