第四話:宣戦布告
中学二年の新学期そうそう厄介なのに絡まれてしまったな。
白河秋姫とかいう二年七組の学級委員。そして阪和市一帯を牛耳る白河財閥のご令嬢。そして桃香ちゃん以上にタチの悪い理不尽な要求やわがままっぷり。さて、どうしたものか。
彰くんと桃香ちゃんは白河秋姫に対して啖呵を切ったものの、勝負の内容をまだ知らされていない、大丈夫なのか二人とも。
「では勝負の内容を発表するわ。私たち二年七組とあなたたち二年八組は、今日の午後にある体育の時間――確かドッヂボールだったわよね。これで勝負をしましょう」
白河秋姫が勝負の内容を提示してきた。次の体育の時間にドッヂボール対決か。僕は特段ドッヂボールは苦手というわけではないが得意というわけでもない、ただ小学生の時はしょっちゅう体育の時間や休みの日に地区の交流でやったことはあったが、今回は完全にある意味どちらかの生き死にを賭けた戦いになるだろうし、遊びではなくなるだろう。
「いいわよ、面白そうじゃない。ドッヂボールね、あんたこの競技を選んだことを後悔しないでよね!」
意気揚々と返答を返したのは桃香ちゃんだった。確かに桃香ちゃんは運動が大の得意で、今までどんなスポーツでも負けているところなど見たことがないくらいだ。
桃香ちゃんの自信有りげな様子を横目で伺いつつ、彰くんが続く。
「わかった、ドッヂボールだな。そこで勝負だ」
お互いが勝負内容について了承した。彰くんは声こそ何事もないように出しているが、彼の顔をよく見てみると恐怖か焦りか、冷や汗が数滴垂れていた。無理もない、彰くんにとって一番都合の悪い“スポーツ”という種目が出てきてしまったのだから。多分中間テストや期末試験の結果を競うものであったら彰くんもそんな恐怖をしなかったであろう対決であるが、今回ばっかりは全くの未知数なのである。心の動揺を抑えられているのが逆に尊敬してしまう。
「ふん――ではまた午後の体育の時間に会いましょう。おっほほほほ」
そういうと白河秋姫は再び扇子を広げ、仰ぎながら取り巻きに囲まれながら教室を出ていく。周りにいた生徒たちのざわつきは聞こえるものの、各自自分たちのクラスへ帰っていった。まったく、台風みたいなやつだな……
「彰くん、大丈夫なのか?」
僕はふと彰くんに声をかけていた。白河秋姫には弱みを見せまいと必死に睨みをきかしていた彰くんだったが、今はとても弱々しい顔をしていたからだ。
「――ん、ああ、原塚か。わりぃな、厄介なことに巻き込んじまって」
「なに水臭いこと言ってんだよ。僕らは親友だろ! 困った時は力になってやるよ。それにあの女、こっちもムカついてたところだったからな。一緒にぶちのめしてやろうぜ!」
僕はテンションが下がってしまっている彰くんの背中を叩きながら気合を入れる。
彰くんの姿を見かねてか、桃香ちゃんや周りに居た二年八組の生徒たちが彰くんを取り囲み始めた。
「兄貴……」
「白河……」
クラスの生徒達が彰くんに憐れむような目を向けていたが、僕が彰くんの背中に手を置いているからだろうか、一旦はだだ下がりだった彰くんのテンションが徐々に上っていくのを感じていた。そして話し出す。
「ごめんなみんな、バカみたいな勝負引き受けちまった。俺たちだけの問題だったけどみんなを巻き込む形になっちゃったわ」
「ホントよバカ兄貴。運動全然出来ないくせに即オッケーしちゃうだなんて。私なんて動揺を隠すのが苦しかったんだから!」
「仕方ないだろ、既にあの駆け引きから勝負は始まってるんだ。それにさ、俺はみんなのことを信じてる。二年八組のみんなを。だから頼む、みんな力を貸してくれないかな」
彰くんは取り囲んでいるみんなを微笑みながら見渡した。その瞬間、クラスのみんなは不安そうな顔をすることをやめ、段々威勢のいい声が聞こえるようになってきた。
「ったく、しょうがねーな。八組の学級委員サマの言葉だし、手伝ってやるか」
男子も女子関係なく、まるで文化祭の出し物を決めるかのようなざわめきが広がり、うんうんといった頷く生徒がたくさん見受けられた。
こんな突然の無茶振りにも生徒たちがついていく。中学二年生になってまだ一ヶ月も経っていないのにこのクラスの心を一つに持っていこうとする――やはり彰くんはすげぇなって思うよ。
「ありがとうみんな。原塚、お前もよろしくな。期待してるよ」
「おう、任せとけよ」
彰くんから激励の言葉をもらい、僕自身も奮い立たされた。よし、やってやるぞ! 待ってろよ二年七組!
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
二年七組との試合のことが気になり、午前の授業が全く手につかなかった僕であるが、ふと彰くんの方を見ると落ち着いて勉強しているのが伺えた。さすがに冷静だな。ついでに桃香ちゃんの方を見ると相変わらず居眠りをして授業をまるで聞いちゃあいなかった。まあ、この二人に関しては言うことはないか。それより僕だ、彰くんに期待されてる以上、親友として僕が一番頑張らないとな。足を引っ張ることだけはしたくない。
だがそう思えば思うほど胸の高鳴りが大きくなり、緊張で授業中先生の声が全く耳に入らない状況であった。果たしてこんな状態で本番は大丈夫なのだろうか。自問自答してしまう。
緊張でとても時間が長く感じられた授業だったが、ようやく終了し、昼の時間になっていた。僕はいつものように彰くんの席で弁当を開け、食べ始めていた。
周りは午後の体育の話をする者や食堂に向かおうとする人、弁当を忘れて空腹を紛らわすように眠りにつく者や様々だった。
そんな中で、教室の出入り口の方に目をやると、見慣れない男子生徒が立ってこちらをじっと見つめていた。
「ん、なんか僕たちを呼んでそうだな。なんだろう、ちょっと見てくるわ」
食べかけの弁当を置いて席を立ち、教室の入口に向かうと男子生徒は無言で一枚の紙を渡してきた。
「え、これ」
「七組とのドッヂボール対決の詳細なルールだ。試合までに読んでおけよ」
なるほど、七組のやつだったのか。そういえば種目はドッヂボールで戦うことは聞いたが、どういった試合をするかというのは全然聞いてなかったな。白河秋姫もあのとき口にしなかったしもしかしてさっき考えたのか?
そう思いながら紙を受け取ると、七組の男子生徒は自分の教室へ戻っていった。
「よう、なんだったんだ? お前への愛の手紙か?」
「ばーか、男子生徒だぞ。そんなわけあるか。この後の七組との対決の詳細ルールを書いた紙だとさ」
「ほう、そういやまだ詳しいルール聞いてなかったもんな。見せてくれよ」
彰くんが食い気味に受け取った紙を見ようとするので紙を彰くんに渡した。そして僕も顔を近づけ、詳しいルールを確認する。
詳細なルールとはこういうものだった。
まず一つは、男子と女子の混合、つまりクラス全体で戦うというものだった。だからドッヂボールのフィールドはかなり広いものになるだろうな。なにせ男子女子合わせて一クラス四十人だ。七組も合わせれば計八十人が一つのフィールドで戦うのだから想像しただけでもすごいな。というよりまともに戦えるようなスペースがあるのか、そこが心配ではあるが。
二つ目は七組と八組、お互いキングを用意すること。そしてそのキングが倒されたらその時点でその組の負けが決定するというものだった。なるほど、組全体で戦い、全員を倒すのではなく中心となる人物を倒したら勝ちなのか。これは戦略を色々組まないといけなくなりそうだな。
主なルールはその二点だった。僕と彰くんはルールを読み終わり、食事を再開する。
ルールについてはクラス全体が知っていたほうがいいので、食事が終わり一段落したタイミングで教室の黒板に掲示する形で案内することとなった。みんな食い入るように見つめ、士気が高まっていくのを感じていた。
彰くんはいつもどおり本を読んでゆっくりしているし、桃香ちゃんも何処かに行っていて教室にはいなかった。肝心な試合の前とはいえ、やることはいつも一緒か。まあ、そのほうが緊張しなくていいのかな。
僕は少し眠かったので昼休みの間寝ることにした――




