第三話:二年七組と白河秋姫
学級委員選抜から一週間が経とうとしていた。
彰くんは前年も学級委員をやっていたこともあり、特に緊張することも学級委員という肩書に惑わされることもなく至っていつもどおりに振る舞っていた。
対する女子学級委員に選ばれた流川はと言うと、「私何をやったらいいの」というオーラを周りに出していた。その顔からはある種の絶望を垣間見ることができそうだ。
僕は桃香ちゃんが学級委員に選ばれなかったことに対しての逆恨みではないが、流川にキツくあたろうと思っていたのだが、そんな彼女に一人の男の子が近づいていった。
「流川さん、お互い学級委員同士頑張っていこうね。なんだかんだで俺、二回目だし……わからないことがあったらなんでも聞いて」
彰くんだった。やっぱ彰くんは優しいよな。彰くんに声をかけられてか、強張っていた流川の表情が少しだけ解されていくのがわかった。
「ありがとう、心強いわ。これからよろしくね」
強張っていた表情はもう無く、柔らかく笑って彰くんに挨拶をする流川だったが。本来だったらこの状況を微笑ましく思うんだろうけど、僕だけは違っていた。
「な〜んかあの二人、いい感じだよねぇ〜」
「うわっ、桃香ちゃんか……」
僕の横から突然桃香ちゃんが現れた。なんだかジト目をしていていかにもお熱いね〜お二人さんとでも言わんとばかりに微笑ましい二人を眺めていた。
「学級委員って二人だけにしかわからない苦労とかが多いらしいし、案外その二人で恋が芽生えちゃう事って結構あるらしいよー」
「恋ねぇ〜……あの彰くんがか?」
桃香ちゃんはジト目を僕の方に向け、「きしし」というような顔をしている。多分桃香ちゃんは僕が流川に好意を持っているのだと思って意地悪のつもりで言っているんだろうけど、残念ながら僕には全く通用していない。何故なら僕は流川の事など何とも思ってない上に、彰くんが色恋沙汰になるなんて天地がひっくり返ってもありえないからだ。幼馴染として彰くんと長い間一緒にいたからこそわかる。うん、彰くんはこういった色恋沙汰にまるで興味が無いことを。
「ちょっと、原塚くん――」
「えっ?」
桃香ちゃんはそう言うと僕の手を掴んで走り出し、力任せに僕を廊下に引っ張っていく。
「ちょちょちょ、桃香ちゃん!?」
僕は気が動転していた。一体桃香ちゃんは何を考えてるんだ。まあ桃香ちゃんの考えが読めたことなんてほとんど無かったのだけれど。大方、彰くんと流川さんがいい雰囲気になってて見ていられなくなったとかその辺だろう。
二年八組の教室から少し出た廊下で桃香ちゃんは立ち止まった。左横には二年七組の教室が見えている。そして彼女はふぅと一呼吸置いて話しだした。
「今はとりあえず兄貴とあの女、二人にさせておこうと思うの」
「もしかして桃香ちゃん……」
大体考えが読めてきたぞ。さては桃香ちゃんこの状況を楽しんでいるな? 桃香ちゃんも兄の彰くんの性格を知らないわけはないだろう。それを知ってて傍観しておくって――桃香ちゃんのこういうところが残酷だったりするんだよなあ。本人は凄く興味津々に眺めてるし、でもまあ僕は桃香ちゃんの隣に居れてるわけだし、利害一致ということでとりあえず放っておこう。
「――どいて」
「あ?」
そんな中、僕と桃香ちゃんの仲を引き裂くかの如く、オラつくような声が僕の耳に通り抜けた。今せっかくいい雰囲気になってるっていうのに一体誰だよ。
僕は不機嫌な顔を声のあった方に向けると一人の女の子が腕を組んでムスっとしていた。
「どいてって言ってるの聞こえないの? ここは私の道なのよ。平民はさっさと隅っこに引っ込んでくれないかしら?」
「お、おう……」
なんだこいつは。第一印象はまずそう思ってしまった。学校指定の制服は着ているが髪は全体的にカールがかかっており、手には扇子まで広げてある。
僕は呆気に取られて何も喋れないでいた。ただその女の子の威圧に負けてしまい、ズルズルと隅っこに移動する。桃香ちゃんは廊下の真ん中より少しズレた場所に居たので特に何も言われることは無かったのだが、その女の子が歩き出し、桃香ちゃんとすれ違う瞬間睨むような視線を向けているのがわかった。対抗する形で、桃香ちゃんも無言ではあるが睨み返し、火花をちらしているように見える。
そして女の子が歩いていく後ろではボディーガードなのかよくわからない男子生徒の一団が続いていた。ホントになんなんだこの女の子は。
ずっと歩いていくところを目で追っていっていたが、ある場所で立ち止まっていた。――そう、彰くんと流川のいる場所だった。
「あなたが白河彰?」
「え、なんで俺の名前を? てかきみ誰?」
まあ普通そうなるよな。至極もっともな返答だ。彰くんは流川との会話をやめ、突然話しかけてきた女の子を不審そうに見つめる。
そしてそんな態度が気に食わなかったのか後ろにくっついてきていたボディーガードの一団がズカズカと現れては怒鳴り始めた。
「おい無礼だぞ! この御方を誰だと思っているんだ! この阪和市を牛耳るあの白河財閥のご令嬢だぞ!」
「「「……っ!!!???」」」
彰くんと桃香ちゃんと僕は一斉に驚いてしまった。周りを見渡しても驚いている人は数多い。無理もない、まさかあの白河財閥のお嬢さんがこの学校に在籍していたなんて……
白河財閥というのは、この阪和市を中心に土木建設、金融、保険事業を展開する超大型企業だ。この街に住んでいて白河財閥の名を知らない人はいないだろう。おまけに阪和市の市議会議員にも白河財閥の親族がいるというから牛耳っているというのも間違ってはいない。
それにしても、そんな人間が何故彰くんに? 一体何の用があるんだろう。逆に気になってきたな。
「私を御存知無いだなんて私もまだまだだわね。ではいい機会だから教えてあげるわ。私の名前は白河秋姫。二年七組の学級委員をやってるの」
「それで、その二年七組の学級委員さんが俺に何の用なのかな」
白河秋姫と名乗るその女の子に対して公然と言い返す。
「用って程でも無いわあ。ただあなた、私と同じ白河を名乗る人間。親族でもないのに白河を名乗られるのは私、凄く嫌なのよねぇ」
謝れよ! 全国の白河さんに謝れよ! なんだよその横暴。同じ名字だから彰くんに突っかかったのか? 桃香ちゃん、いや桃香ちゃん以上にタチが悪いなこの女。
「そんなこと言われても、名前ばっかりは仕方ないじゃないか。そう安々と改名できるわけでもないし、それに何の権限があってキミにそんな事言われないといけないんだよ」
「そうよ! いきなり現れては意味のわからないこと言って。さっさとあんたの教室に戻りなさいよ!」
桃香ちゃんも出てきたか。人がごったがえしている廊下から二年八組の教室に入り、猛然と白河秋姫に向かって物申した。
明らかに理不尽な要求だもんな。これで二人が飲むはずがない、でも白河財閥のお嬢さんの事だ。これだけでは引き下がらないんだろうな。
そして白河秋姫も桃香ちゃんの方へ顔を向け、したり顔になった。
「ふぅ〜ん、そういうこと。噂には聞いていたけどあなた達が白河兄妹ね。二人して私に対抗する気なのね、凄くおもしろいわ」
こっちは全く面白くないどころか不快だよ。あーあ、二人ともマジの目になっちゃってるよ。白河秋姫に完全に対抗する気だなこれは。
「ならこうしましょう。私のクラスとあなたのクラスが勝負をして、あなた達が勝ったらこの話は無かったことにしてあげる。でももし負けたら、その瞬間から兄の方を一号、妹の方を二号と改名してあげる」
白河秋姫が扇子を閉じ、微笑み混じりで切り出した。一号と二号って、ロボットじゃあるまいし……ってまさか――
「なるほど、まさかとは思うけど、それって奴隷になれってこと?」
「さすが八組学級委員、察しがいいわね。その通りよ。同じ白河姓を名乗ってることを恨むことね」
やっぱりそういうことか。おいおい勝負って何やらされるんだよ。
二年八組の教室の周りには八組だけでなく他のクラスからも人が集まり、ざわつきが頂点に達していた。
『ん、なんだなんだ? 八組と七組が勝負? なにするかわかんねぇけど面白そうじゃん』
『わぁー、あれ白河秋姫様よー! 凄くキレイー!』
ざわつきの中で他の生徒の話し声が聞こえてくる。そして彰くんと桃香ちゃんがそっと口を開いた。
「いいよ、受けて立つよ」
「いいじゃない、面白そうね。受けてやろうじゃないの」
さっきまで怒りを露わにしていた二人だったが、まだ何とかなると思ったのか、それとも勝負という単語で火がついてしまったのか、ニヤリと笑っていた。
突然現れたこの白河秋姫、そして突然決まってしまった二年八組と二年七組の対決。何もかも突然すぎて若干頭が混乱しているのだが、とりあえず向こうは一体どんな勝負をしようと言うのだろうか。




