第十五話:みため
――ああ、いい天気だ。なんて言える場所ではないが、今日の阪和市は快晴である。もうすぐ梅雨に入るのが嘘みたいであるが、ゴールデンウィークに突入し、僕はさっそく彰くんから誘いを受けた。なんでも僕と彰くんと桃香ちゃん、そして何故かわからないが流川の四人で天の川海岸の澄み切った白い砂浜に行こうという話になったのだ。流川については、たぶん僕たちが教室で話しているところを聞いて後から無理に行きたいとでも彰くんに頼んだんだろうな……
とまあそういった経緯で僕たち四人のうち三人は今駅にいる。阪和中央駅といって阪和市の中心に位置する大きな駅ビルだ。平日休日問わず人が多いのだが、今の時期はちょうどゴールデンウィークなだけあって旅行する人や観光客で更に増え、中央口改札付近は前に進むことさえ困難であった。
さすがにこんな場所では待ち合わせも難しいためわかりやすい場所を待ち合わせの場所とする。それがここ――駅前広場の噴水だ。
この周辺はロータリーに囲まれた陸の孤島のような場所で、押ボタン式信号機を使わないことには永遠と自動車やタクシーが走り続けているという中々厄介な場所だが、そういった場所だからこそ駅構内に比べ人口密度が少なく、待ち合わせの場所としては丁度いいのだ。まあ、彰くんの考えなのだけど。
僕と彰くん、桃香ちゃんの三人は近所だったので先に合流して一緒に向かったのだが、流川については家が離れているのでもう少し待っている必要があった。その間三人で適当に喋っていたのだが、屋根もない駅前の噴水広場で快晴の直射日光をひたすらに浴びて、僕の髪を触るとアツアツになっていた。何やってんだ早く来いよ流川と思いながら予定時刻から十分程経った時だった。
「ごめーん、遅くなっちゃった」
「遅いぞ」
手を合わせながら申し訳無さそうにして流川は噴水広場に来た。待ちくたびれた僕は早速流川に対して毒づいてしまった。
「おはよう、流川さん」
「白河くんおはよう」
「まさかあんたも一緒に来ることになるとはねぇ……」
彰くんは至って冷静に返した。桃香ちゃんは僕と同じく待たされたことに対して多少不平を持っていたのか、腕を組みながら話している。
「まあまあ、これで四人揃ったことだし、じゃあ出発しようか」
「おう」
そういうと彰くんは歩きはじめ、僕たちは彼の後をついていく形で歩き始める。先程も少し触れたが駅中央口は今の時期人の群れで進むことさえ困難な状態なのだ。なので横一列になるよりかは彰くんを前にして縦一列になって歩いたほうが効率的なのである。どっちみちあれだけ人が多ければ話そうにも話せそうにないしね。
切符売り場にたどり着いてから五分くらい並んでようやく切符が買えた。これから向かう天の川海岸までの駅は阪和中央駅から三駅進んだところにある。料金にして二三〇円だ。
僕はどうやら切符売り場の並ぶ場所でハズレを引いてしまったらしい。僕以外全員早くから切符が買えていて首を長くして待っていたのだった。
「原塚くんおーそーいーよー」
「ごめん桃香ちゃん」
「まったく、あなたも人のこと言えないじゃないの」
「ぐぐっ……」
桃香ちゃん、流川の二人から怒られた。彰くんはやれやれといった表情をしている。だって仕方ないだろ、この人の多さだし……
「よしこれでみんな切符買ったな? ってちょっと待て桃香。それ子供用の切符じゃないのか?」
ホントだ。桃香ちゃんの手に握られている切符に『小』の文字が刻まれている。
「まあ、白河さんったら子供用切符を買うだなんて、見た目だけじゃなかったのね」
流川のやつ、さり気に酷いことを言ってるな。当の桃香ちゃんはこれが子供用の切符だとは気づいて無かったのか、特に驚く様子もなく――
「どおりで料金が半分だと思った」
だそうだ。全く――大物だよ桃香ちゃんは。
「まあいっか、お前子供だし」
「ちょっとぉ、兄貴それどういう意味よー!」
「そのまんまの意味だ。さあ行くぞ!」
確かに桃香ちゃんの容姿はとても中学生には見えない。今回間違ってしまったとはいえ案外子供料金でも改札通過できるかも?
そして僕たち四人は自動改札に切符を入れ、先にホームに入った。
僕と彰くん、あと流川に関しては大人料金の切符だったので特に音は鳴らなかったが、桃香ちゃんの切符は子供料金だったので案の定『ピヨピヨ』という音が鳴り、今入れた切符が子供料金であると周囲にお知らせするのである。
その音を聞いてか自動改札の窓口にいる駅員さんが桃香ちゃんの方を一瞥する。そして何かに気付いたのか、窓口から出てきてはこちらに向かってきた。やばい、桃香ちゃんが中学生なのに子供料金なのがバレてしまったのか。
「ちょっと、そこの女の子!」
「も、桃香!?」
やっぱり桃香ちゃんに声をかけてきた。駅員さんに呼び止められたのを知って彰くんも慌てて桃香ちゃんの元へ駆け寄るが、当の本人は全くの知らん顔をしている。
「うちの妹がどうかしましたか?」
そんな桃香ちゃんと駅員さんが話すとややこしいことになると思ったのか、彰くんが駅員さんに尋ねる。
「君の妹さんか。いやぁ最近小学生くらいの女児を狙った誘拐や事件とかが多いんでね、小さい子一人で改札を通った子に注意を促してたんだよ」
「なるほどねぇ……」
その瞬間、僕と彰くんと流川の三人の目線が一直線に桃香ちゃんの方へ向いた。ちょこんと突っ立っている桃香ちゃんは、恥ずかしいのか、怒っているのか、顔を赤くして頬を膨らませていた。
「まあ、こんな頼りになりそうなお兄ちゃんがいるなら大丈夫だな。お嬢ちゃん、お兄ちゃんの言うことちゃんと聞くんだよ。じゃあ私はこれで」
「い、いや……私はその……ハイ――」
そういうと駅員さんはニコニコとしながら窓口へ戻っていった。桃香ちゃんは恥ずかしさからなのか両手に握りこぶしを作って頬を赤くしていた。
こりゃ傑作だな。笑いが止まらないや。と言っても心のなかでだけど。今の状態で桃香ちゃんに笑ってるところを見られると何されるかわかったもんじゃない。彼女自身屈辱だったんだろうけど、やっぱりその見た目では勘違いされてしまうんだな。僕たちだけじゃなかった。
「桃香、やっぱりお前子供扱いされてるのな……」
彰くんが呆れるような表情をして桃香ちゃんに話しかける。
「なんでよぉ〜、私と兄貴、双子だってこと気付かないわけ?」
「気付かないだろ……普通。それにお前、その容姿だし」
彰くんは傷口をえぐるように桃香ちゃんの姿をジロジロ見ては、うんうんと頷いている。
「はぁ――私なんか疲れた」
電車賃は安く済んだわけだが、その代わり心に深いダメージを受けてしまった桃香ちゃん。わざと間違えたわけでもないだろうけど、こんな形で駅員に尋ねられるとは彰くんも思ってなかっただろう。電車賃は正しく目的地までの料金をちゃんと支払おうな。
結局そのまま電車に乗り、四人は天の川海岸に向けて出発するものの、桃香ちゃんは下を向いたまま元気がなかったのだが、天の川海岸の砂浜に来ると、彼女はいつもの調子に戻ったのだった。