第十三話:白河沙希の想い
長かったような一ヶ月が終わりを迎え、五月に入った。ゴールデンウィーク突入までもはや秒読み……とまではいかないけども、あと二回寝たらもうそこは天国が待ち受けている。まさに黄金の週。それが終わると中間試験が待っているが今はそんな現実を直視することなく、近づきつつある楽園をただひたすら待っているだけであった。
本日――晴天なり。梅雨はまだ来ておらず、四月はまだ肌寒かった気候も、五月に入ってしまえば春と夏の過渡期といったところだろうか。今日は特に暑く、教室の中ではとても上着の制服を来ていられず、上着を脱ぎワイシャツ姿となっていた。
「ふー、今日はあちぃなあ」
「太陽の光が窓から入ってきてるから余計そう感じるのかもしれないな」
昼休みに僕は下敷きを団扇代わりにパタパタと仰ぎながら教室の机で彰くんと話し込んでいた。教室の僕の席は昼間、太陽の光を真正面から受ける形となり、カーテンを閉めないことにはやってられないのだ。だからといってカーテンを閉めようとすると、窓際の席のやつらが怒り出してくる。何故かと言うと窓を開けていると外から入ってくる風でカーテンが持ち上がり、窓際の席の人達の顔にカーテンがぶつかり常時邪魔される形となってしまうからだ。僕にも経験があるので強く反対はできない。
そんな事情を知りつつ、太陽の光で彰くんと二人してだれている時だった。
「あの……このクラスに白河彰くんっていますか?」
教室の入口の方で女の子の声が聞こえる。でもなんか聞き覚えのある声だった。
その声が聞こえる方に目を向けると、クラスの男子に尋ねている女の子――白河沙希の姿があった。
「ああ、いるよ。おーい白河兄、お呼びだぞー」
「ん? ああ沙希さん、今行くよ」
クラスの男子が彰くんを呼ぶ時は桃香ちゃんと区別するために大抵は“白河くん”か“白河兄”と呼ばれている。察しが付くかとは思うが桃香ちゃんの場合は“白河さん”か“白河妹”で、仲のいい女子に関しては“桃香”と呼ぶ者もいる。
彰くんはすぐに返事をして顔を向け、沙希ちゃんの存在に気付く。手を上げて返事をしながら立ち上がっては、沙希ちゃんのいる教室の入口へ向かっていった。
「し、白河くん――この間はありがとうございました。これ、この間のお礼です」
沙希ちゃんは照れくさいのか緊張しているのか、顔を赤くしてもじもじとしながら一回深々とお辞儀をした。その後、お礼と言って彰くんに差し出しててきたのは何やら小さな小包のような袋だった。
「え、ああ――あんなの気にしなくていいのに。でもありがとう、受け取っておくよ」
彰くんはお礼を貰えるとは思っておらず、一瞬驚きの顔を見せたがすぐ微笑み返し、沙希ちゃんの小包を受け取った。そして下敷きをパタパタと仰ぎながらそのやり取りを羨ましいと思い見つめる僕がいた。
「あーー! あんたは、白河沙希!! また兄貴に会いに来たのね!?」
――びっくりした。教室の奥にいた桃香ちゃんが急に沙希ちゃんを指を差す。また? 桃香ちゃん今、またって言ってたよな。沙希ちゃん、初めてじゃないんだ……
「あら、白河くんの妹さんじゃない。こんにちは〜」
「こんにちは〜じゃないのよ! 兄貴に何の用よ」
桃香ちゃんがズンズンと足音を立てて二人の元へ近づいていく。なんで桃香ちゃんはそんな不機嫌そうな言い方してるんだ。
「まあ待てよ、桃香お前なんでそんなに毎回喧嘩腰なんだ? しかも沙希さんの時だけやたら機嫌悪いよなお前」
彰くんがやれやれといった顔をして桃香ちゃんを説き伏せようとする。彼女はまるで檻に入れられた猛獣のようで、いつでも飛んで襲いかかってきそうであった。まあ僕は桃香ちゃんにならむしろ襲われたいんだけどね……ってそんなことは置いておいてだな。
「だって……いや、なんでもない……」
桃香ちゃんは何か言いたげだったが結局言わず、とぼとぼと戻っていった。桃香ちゃんと沙希ちゃんは一体どういう関係なんだろう。
「ごめんね沙希さん。あいついつもああなんだ」
「いえ、気にしてませんよ」
沙希ちゃんはにっこりと笑ってみせた。可愛い笑顔だ。暑さで苦悶の表情をしている僕の顔も釣られて笑顔になるようだった。そして続けて彼女は話し出す。
「あの時は本当に助かりました。学級委員ってだけで先生ったら何でも私に仕事を押し付けてくるので困ってたのです……」
「あの作業は結構重たい作業だよ。一人でやるのは結構時間かかるし、俺がちょうどその場に通りあわせてよかったよ。原塚も一緒にいてたらもっと早く終わってたんだけどさ」
そうなんだよ。ちょうどあの日、僕は昼に食べた弁当に食あたりし、トイレに駆け込んでしまっていた。くそう、僕はなんてバカなことをしたんだ。完全に彰くんと沙希ちゃんの笑いものじゃないか。二人の仲を取り持つピエロみたいな感じになってるじゃないか。
僕は恥ずかしくなって彰くんと沙希ちゃん、二人から顔を反らし、寝たふりをするように顔を腕の中に伏せた。伏せた後も二人の会話は続いている、何を喋ってるかは丸で聞こえないが、沙希ちゃんが楽しそうに話していたのはわかった。
そんな中、僕は再び顔をあげる。両手をズボンのポケットに入れて顔を天井に向けながら大きくため息をついてしまった。
「なーに考えてんのよ。しっかりしなさいよね!」
「ぐぇ……」
そんな時、僕が落ち込んでいるのを発見したのか桃香ちゃんが僕の胸を叩いてきた。そんなに力は入ってなかったが、突然叩かれた事で無性に痛く感じる。
今ので目が覚めてしまった。そうだ、僕には桃香ちゃんがいるじゃないか。やんちゃで、頭は悪いけどさ、小さい時からの僕の初恋の相手――今回は僕が励まされちゃったけど。いつか僕が桃香ちゃんのことを励ませる人間になってみせる。
そう思い、僕は気を高く持っていた。さっきまでの落ち込んだ表情から一変していたのだった。
「――じゃあ白河くん、また」
「うん、また」
彰くんと沙希ちゃん、二人の話が終わったようだ。彰くんがごめんごめんと申し訳無さそうな顔をして僕の席に戻ってきた。
「わりぃ、遅くなった。つい話し込んじゃってさ」
「別にいいよ。んで、沙希ちゃんに何もらったの?」
「ああこれ?」
それが気になっていた。沙希ちゃんはお礼に一体何を彰くんに渡したんだろう。
彰くんは、小包の袋の紐を手際よく外し、中を開けた――すると。
「……クッキーだ」
「へぇ――」
袋の中に入っていたのは沙希ちゃんの手作りと思われるクッキーがいくつか入っていた。
星型の形をしたクッキー、彰くんはそれを一つ取り出し口に入れる。
「うん、うまい! ほら、一緒に食べようぜ」
彰くんが絶賛した。そしてクッキーの入った袋を僕と桃香ちゃんの前に差し出してきた。桃香ちゃんは目をキラキラを光らせていっぺんにクッキーを二つほど取って口の中に入れて幸せそうな顔をして悶ていた。その姿を見ながら自分もクッキーを一つまみして口に入れる。
「んん、これは中々」
「うまいだろ?」
彰くんが目を輝かせてもう一個どうだと言わんばかりに勧めてくる。凄く美味しい。このクッキーの中に沙希ちゃんの愛情が詰まっているかのようだった。そして僕が前に感じた違和感、この正体がわかった気がする。
沙希ちゃんはきっと――彰くんの事が好きなんだな。なんか桃香ちゃんが沙希ちゃんに喧嘩腰になってるわけがなんとなくわかったよ。僕はそう結論づけて、袋からクッキーをもう一つ取り出しては口に入れた。