第十一話:運命の結末
「あれが――東くん?」
僕はボソボソと小さな声で喋った。彰くんは返事をせずにずっと体育館裏にやってきた男子生徒をじっと凝視している。不安そうにきょろきょろと辺りを見渡す男子生徒。背が小さく、眼鏡をかけており、制服もサイズが全然合っていないのか袖がダボダボだった。
いかにもひ弱そうで、デコピン一発額にお見舞いしてやればぶっ倒れるんじゃないかというくらいにひ弱そうだった。でも本当にこの男の子が東くんなら何か証拠になるようなものはないか……
そう思い、よく手の方を見てみると、ダボダボな制服で見え辛かったが、手には桃香ちゃんのあの便箋を握っているのがわかった。やっぱりあの子が東くんなのか。
「なんであんな子が桃香ちゃんに?」
「わからん、もしかしてアレか、母性本能とか」
「そんな馬鹿な」
ないない、桃香ちゃんに限ってそんな事はありえない。多分今の彼女の中で一番似合わない理由なんじゃないか。うーん、彰くん自身も少し混乱している感じがするな。これは桃香ちゃん本人が来てくれないと意味がさっぱりわからないな。
「しっ、静かに。また誰か来る」
「桃香ちゃんか?」
「わからん」
体育館裏に近づいてくるもう一人の足音が聞こえてきた。僕たち二人はバレないように必死に息を殺し、物陰でじっとしていた。
少しずつ大きくなる足音、そして僕たちの隠れている物陰の近くで足音が止んだ。立ち止まったのだろうか、僕たち二人は物陰でしゃがんで身を潜めているので周りが今どうなっているのか全然わからない。少し覗いてみるか。
「――――桃香ちゃんだ」
ゆっくりと物陰から顔を上げて行き、そこから体育館裏が見える角度に眼をやった。すると、そこには桃香ちゃんと東くんが対峙していた。
僕の小さな声を聞いてか、彰くんも身を乗り出してくる。その顔を横目で覗くと、とても興味津々そうにしていた。そんな彰くんに心の中で大きなため息をつきながら、再び桃香ちゃんたちの方へ目を向けた。
「ごめんね、待たせちゃったかな」
「だ、大丈夫だよ。ぼ、僕も今来たところだし」
最初に話しかけてきたのは桃香ちゃんからだった、遅れてきた事を詫びる彼女に対して声がどもる東くん。見てるこっちが恥ずかしくなる。
「手紙――見てくれた?」
「う、うん……だからここに来たんだけど。は、話って……なにかな?」
桃香ちゃん相手にかなり緊張しているのか、言葉が噛みまくりである。そして東くんはもじもじくねくねと体を動かしているが対する桃香ちゃんは微動だにしていない。なんなんだろうこの圧倒的な差は。
「あのね、私……東くんに言いたいことがあるの」
「……うん」
僕の手が無意識に力が入っているのがわかった。右手は力いっぱい握りこぶしを作っており、冷や汗に包まれていた。そして壁を抑えている左手も握るようにガッシリと掴んでいた。
「わ、わたしね……あのね、あなたのことが――す……す……」
いけない、桃香ちゃんともあろう人物が頬が真っ赤にしてしまっている。やばい、この流れは――絶対その先を言わせてはいけない。うおおおおおおおお――
「わっ、おいバカやめろ!!」
「――――!?」
僕は理性を捨て、完全に無意識に、感情だけで動いてしまってるのがわかった。そして気付いた時には既に物陰から勢いよく出てきてしまった。その際に僕を止めようと彰くんまで勢い余って物陰から出てきてしまい、僕と彰くんの二人は、桃香ちゃんと東くんの二人に完全にバレてしまう形となった。
桃香ちゃんは驚きのあまり目が点のようになっていて、口が開きっぱなしだった。東くんに至っては咄嗟の出来事にオドオドしながら戸惑っている。僕は二人の前に出てきたものの、第一声が何も出てこず、ただ立ち尽くしているだけだった。
「は――原塚くん!? それに兄貴まで……一体そんなところでなにやってるのよ」
驚きのあまり桃香ちゃんの声が完全に上ずっていた。そうだ、僕は一体何をやっているんだろう。桃香ちゃんの告白を阻止するために何も考えずに前に出てきて、いざ出てきてしまったら何も出来ないでいる自分がいる。というより、僕に止める権利があったのか。桃香ちゃんは、こんな東くんのことが好きで手紙を書き、自ら『好き』と伝えるために告白をしようとしていたんじゃないか。僕はなんて――なんてことをしてしまったんだろう。
後悔と羞恥の念が僕の頭に駆け巡る。時が止まって見えた。止まっていなくても、何十倍ものスローモーションで現実が動いているように見えていた。
そして後悔と羞恥はほどなくして収まり、段々賽は投げられたと言わんとばかりに自分のやった行為は正当だと思う思考が発生しだした。それは開き直りとも言うべきものだろう。すでにやってしまったのだから、あとはもう当たって砕けろ。そういう意気込みであった。そして――
「だ、だめだ桃香ちゃん! こんな相手に恋心を抱くなんて――僕が黙っていないぞ!」
「ハァ……せっかくの告白が台無しだ」
彰くんはやれやれといった表情をしていたがそんなことは関係ない。そうさ、桃香ちゃんが他の相手に告白なんて僕にとっては絶対にありえない。何故なら――その前に僕が告白してやるんだからな。桃香ちゃんは僕が頂くんだ!
完全に気持ちが高揚していて歯止めが効かない状態になっていた。そして桃香ちゃんが告白するのだったら――どうせ死ぬのだったら、いっそ僕自身が思いをぶつけて死んでやる。そう思って、声が喉まで来ていた時だった。
「えっ、何言ってんの原塚くん」
「――は?」
「私、別に彼のこと好きでも何でもないんだけど」
あらぬ勘違いにより若干ドン引きするような姿勢を見せる桃香ちゃん。そして僕は完全に呆気を取られ変な声を出してしまった。そして固まってしまった。何も言葉を発することが出来ず、固まってしまった。
「どういうことだ桃香」
彰くんが近づいてきては桃香ちゃんに問いただした。確かにどういうことだろう。一体桃香ちゃんは何を考えて告白しようとしていたのだろうか。
「え、だって今桃香ちゃん“あなたのことが好き”って言おうとしたんじゃないの?」
この際だから聞きたかったことを聞いてみることにする。固まってる場合じゃない。
「なに勘違いしてんのよ。わ・た・し・はねぇ、“あなたのことが凄く弱々しくて見てらんない!”って言おうとしたのよ」
「な、なんじゃそりゃー!」
桃香ちゃんは冷静に言葉を返してきた。その言葉を聞いてか、僕と彰くんは同時に仰天してしまい、再び固まってしまった。東くんはガーンっといった表情をしている。まさか本当に期待していたのだろうか。まあ僕も人のこと言えないのだが。ん――でも待てよ、じゃあなんで桃香ちゃんは手紙の時もそうだったが、告白の時に頬を赤くしていたんだ。
「じゃ、じゃあ桃香ちゃん。なんで頬を赤くしていたの? 普通ならそんなことならないよね?」
「あれはただ、女の私が男の人に対してあんな事言うのが恥ずかしかっただけよ……私だって多少恥じらいってものがあるんだからね」
この部分に関しては桃香ちゃんは若干恥ずかしそうに話す。そういうことだったのか、これで全ての謎が解けたわけで、僕にもまだチャンスがあることがわかったのだけど、何か大切なものを変わりに失った気がしてならないのだ。
「そういうことだったのか。じゃ……じゃあ今までの想いは全部僕の取り越し苦労ってわけなのか」
「ん? 今までの想いって?」
「あーあー、なんでもないなんでもない……」
僕は恥ずかしくなって頬を赤くする。そして桃香ちゃんは気付いていないようだった。僕は必死に両手を振り誤魔化す。それに対して彼女はクスッと笑ってこう言った。
「――変な原塚くん」
ああもう可愛いなあ桃香ちゃん。そして早とちりしてしまった僕――凄く恥ずかしい。今度からもうちょっと冷静になろう。
「原塚、良かったな」
「はぁ……」
彰くんはにっこりと微笑みながら僕の肩にポンと手を置いてくれた。俯きながら凹んでいる僕に桃香ちゃんは呆れた顔をしていた。
でもこれで本当に良かったよ。いつか僕が、本当に桃香ちゃんに告白できるその日まで待っていてくれよな――
そしてその後なんだが、事の真相を知ってしまった東くんはがっかりしながら重い足取りで帰ろうとしていたところ桃香ちゃんに捕まってしまう。彼女は東くんの弱々しいところを直そうということで、片手に竹刀を持ちながら相当シゴいていた。そのことが先生にバレ、桃香ちゃんと、連帯責任として彰くんまでもが厳しいお説教を喰らったとさ。
読んでくださっている方々ありがとうございます。
これで『桃香の秘密編』は終了となります。
桃香の告白に対して焦る原塚の心理描写を普段より多く書いてみました。
東くんの存在があまりにも雑すぎて少し悩んでましたが、この形で落ち着きました。
次回から別の物語の開始となります。