第九話:二人の隠し事
僕と彰くんは教室に戻ってきた。
この教室を出てから戻ってくるまで三十分も経っていないというのに、様々なことが僕の頭の中に駆け巡ってきていて一時間も二時間も時が流れたように感じてしまっている。
そして手紙では放課後に体育館裏で待っているという話だ。果たしてそこまで身が持つのだろうか……
「原塚、一応言っておくけど、絶対桃香にバレないようにな」
「ばっ! 当たり前だろ。バレたらその瞬間に殺されてしまうわ!」
彰くんはからかい半分の冗談で言ったつもりだったのだろうが、目は笑っていなかった。こんなこと本人にバレたら何されるかわかったもんじゃない。考えだけでも恐ろしいが、でもそれよりも気になることがある、桃香ちゃんが想う男子って一体どんな人なんだろう。
一般的な女子ってさ、背が高かったり、顔が良かったり、優しかったり、頼りがいがある人が好きって人が多いと思うんだけど、桃香ちゃんもそうなのだろうか。少なくとも僕は今挙げた例に当てはまってる気がしないから自分で言っておいて落ち込んじゃうんだけどね。
「なあ、桃香ちゃんってどういうタイプが好きだったりするのかな」
ふと彰くんに尋ねてみた。彰くんは常日頃桃香ちゃんと一緒に暮らしてるから何かわかるかもしれないし、もしかしたら『原塚みたいなタイプ』とか言うかもしれないと思ったからだ。ないだろうけど。
「――原塚みたいなタイプじゃね?」
「えっ、マジ!?」
「嘘だよ」
「こんにゃろ……」
本当に言ってきて一瞬本気で焦ってしまった。思いっきり戸惑ってるところを彰くんに見られてしまって酷く赤面してしまった。
「あはは、わりぃわりぃ。本当のところさっぱりわかんねえ。男性アイドルにキャーキャー言ってるわけでもないから少なくとも顔で選んだりはしてなさそうだけどな」
「そうか」
ということは僕でもまだチャンスはあるということなのかこれは。僕は別に男性アイドルのように顔が良いわけでもないからな。さっきまでの焦りとは一変して顔がニヤついてるのが自分でもわかった。その顔を見てか、彰くんはジト目で僕を見る。
「浮かれるのはいいけどさ、今ある問題が解決しないことには桃香の好意の対象がお前になることもないんじゃないか」
「うっ……」
確かにその通りだ。手紙の内容では判別しづらかったが、頬を赤らめている時点で何かしらの想いを持ってるに違いない。なのに何浮かれてんだ僕は。反省しよう……
昼休みが終わるまであと十分ほどであるが教室には外に遊びに行ったまま帰ってきていない生徒がまだ大多数だった。桃香ちゃんもまだ帰ってきていない。なのでこの二年八組の教室は普段は四十人がごった返す息の詰まりそうな空間でも今はとても広々と感じている。
窓が開いているので時々風が教室の空気を循環させ、広々とした空間により一層やすらぎを与えているようだった。
そしてそんな中、僕と彰くんが話をしていると、一人の女の子が教室に入ってきては僕たちに近づいてきた。
「ねぇ、何の話してるのー?」
流川明日美だった。こいつは彰くんと同じ二年八組の学級委員。髪は右にサイドテールを首筋辺りまで垂らしている。
「なんでもねぇよ」
「ひっど! そんな扱いしなくても」
僕は流川を邪険に扱った。突然現れてきては僕たち二人の会話に入ってくるのは嫌だったからだ。というより流川のこのグイグイと来る性格はどうも僕とは馬が合わないのだ。
「原塚、いきなりその返しはないだろう」
「そうよそうよ! 原塚ってばそんなだから女子にモテないのよー!」
そして二人から避難される僕。確かにいきなり邪険に扱ったのは多少やってしまった感はあったけど、二人して言わなくても……
「うっせ、二人で話してるところにいきなり来んなよ。んで何の用だよ」
僕は段々恥ずかしくなってきて少し赤面してしまった。その焦りからか必死に話題を逸らそうと、とりあえず流川の用件を聞いてみることにした。
「んー、特に用ってわけでもないんだけどね。ただ二人が真剣そうに話してたから何を話してたのかなーって気になってさ」
「特にこれといってないよ。ちょっとした世間話さ」
こういって彰くんは微笑みながら軽く流した。この女、やけに疑り深いというか、勘が鋭いところがあるから気をつけないとな。それに多少彰くんに気があるのか、少しでも彼のそばに居たいという気持ちがこっちにも伝わってくる。同じ学級委員同士で愛情ってやつが芽生えちゃったのかな。ちぇー、相変わらずモテモテだな彰くんは。
「そっか、じゃあ邪魔しちゃ悪いねー」
そういって彼女は僕たちから離れていく。今はクラスのどんなやつにでもこの話を聞かれるわけにはいかないのだ。そう、彰くんと二人の秘密である。
彰くんも流川と話している時は平静を保っていたが、彼女が離れるとふぅと一息ついていた。
「バレてないよな」
「ああ、多分な」
二人して顔を合わせて確かめ合う。そしてこれ以上怪しまれないように一旦お互いの席に戻ることを決め、僕は席に戻っていった。
そうしてる間に昼休みの終了告げるチャイムが鳴り、外に遊びに行ってたクラスの連中が次々と帰ってくる中に桃香ちゃんの姿もあった。意識するなと自分で言い聞かせてても、やはり定期的に桃香ちゃんの方へ視線を向けてしまう。僕は一番後ろの席だから怪しまれることはほぼ無いだろうけど、僕自身無意識にそうしてしまうことに多少嫌気が差していた。
昼は五時限目と六時限目の約二時間。その後に終わりのホームルームがあり、それが終われば放課後だ。この五時限目というのは昼を食べた直後だったり昼休みに外で遊んできた後だったりするのでとてつもなく眠いのだが、不思議と今日は一向に眠くならない。まあ理由はわかってるんだが、その副作用と言ってはなんだが、時間が経つのがとても遅く感じてしまう。例えるならばカップラーメンにお湯を入れて三分をずっと眺めながら待っているのと同じような感覚だ。
授業が始まりみんなは教科書を見たり、ノートを書いていたりしてるが、僕だけは授業の内容も頭に入らず、肘をついて机を指でトントンとしているだけだった。そして早くこい放課後と思いながら、必死に暇をつぶす何かを授業中に考える僕であった。