『初めての、最後の経験』~息抜き短編小説集
私はこの年になってまた一つ新しい経験をする。
いや、最後の経験ともいうべきか。
こうなってみて気づいたことがある。
一瞬の時はとても大事なんだって。
一瞬一瞬を生きた人間は人生を大事にしていると言えるだろう。
何故なら私にはもう一瞬しか残っていないから。
私にとってこの一瞬が全てだから。
思えば長い人生だった。いや、案外短かったかな?
色々あった。本当に色々と。
最初に思い出せることは何だったかな?
ああ、そうだ。小さい頃父さんや母さんにいっぱい頭を撫でてもらった事かな?
あの温もりが、匂いが、今でもこうして蘇る。案外私は甘えん坊だったのかもしれない。
次は、そうだな。幼稚園に入った事だ。
あの頃は何も怖くなかった。全てが新しく、全てが楽しかった。
いつからだろうな、色々な物が怖くなってしまったのは。
たぶん小学生の頃友達と喧嘩して、そして話さなくなってしまった。
とても、とてもくだらない事だったと思う。でもそれっきり話さなくなってしまった。
それから色々な勉強をした。世界が見え始めてきた。
その頃からだろう。色々と分かってきて、そして「怖い」という感覚が芽生えたのは。
ああ、中学校の時に初めて「恋」をしたな。
好きになったのは隣のクラスの子だったっけ。
些細な瞬間だった。
水道で手を洗おうとして、彼女と私は両端にいて、そして目が合った。
本当に時が止まったかのように、いつまで私達は見つめあっていた気がした。
まぁ結局付き合えなかったから相手はその事なんか忘れているかもしれないが。
そうそう、初めて彼女が出来たのは高校生の時。
なんでかな?クラスも違うのにいつの間にか話してて、いつの間にか遊んで。
そしていつの間にか付き合って、気が付けばキスをしていた。
あ、自慢だけど彼女からしてきたんだキスを。私の事大好きだったんだよ。
その時の事は今でもはっきりと覚えている。
口を離した時何を言っていいか分からなくてとっさに「下手くそ」って言ったんだ。
そしたら「うー、じゃあもう一回」って言われてもう一回キスした。
なんで強がっちゃったか分からない。私も初めてだったのに。
でも高校卒業して上京してだんだん連絡する機会が減って自然消滅したんだったな。
あの子は今どうしてるだろうか。誰かと幸せに笑っていてくれたらいいな。
大学に行って、そして遊んだ。勉強もせず遊んだ。
その事が両親にバレてすっごい怒られた。
その時改めて思った。家の両親怒るとすっごい怖いんだ。
いくつになっても怒られると泣きたくなるし、嫌になる。
まぁ自分が悪いんだけどね。
就職して、結婚した。
相手は会社の後輩。先輩先輩って甘えてきてすっごく可愛いかったんだ。
本当に可愛いかった。
結婚してからはおっかなくなっちゃったけどね。
私なんかすぐに尻に惹かれたよ。ほんと女性って結婚すると変わるもんだね。
それから子供が出来た。子供の成長って早いもんだね。
この前生まれたかと思ったら、もう大人になってるし。
気が付けば私に対して「オヤジ」って呼ぶようになったんだ。
はじめは可愛らしく「パパ」だったのに。まぁオヤジはオヤジで嬉しいんだけどね。
それから子供が家を出てって、間もなく結婚して。
そして孫が出来た。初孫だ。
可愛かったな。本当に可愛かった。
「じぃじ」なんて呼んでくれて、甘やかしちゃったな。何度息子に甘やかせすぎだって怒られたっけ。
それから……。
そう、気が付いたら病院のベッドの上だった。
年だから仕方ないんだけど、色々な事を忘れちゃって、色々なことが出来なくなって。
そして体中が痛くて痛くて仕方なかった。どうしようもなかった。
もっと早く病院に通っていれば、もっと健康に気を付けていればよかったと思う。
でもまぁ私はもう十分だ。
もう十分に生きた。
そう言えば昔の嫌な事は何一つ思い出さなかったな。
人間は都合のいいこと以外は忘れてしまうらしい。でもそれでいいのかも。
だからみんなにも伝えたい。他人の言っている事なんてクソくらえだ。
いや、少しは参考にいした方がいいんだけどね。でも参考程度でいい。
結局は自分の人生だ。自分を幸せにできるのは自分だけだ。
誰と付き合うのも、誰と結婚するのも、働くも、働かないのも、自分次第だ。
だから皆も自分から目をそらさないでちゃんと選択してくれ。
自分の為に、自分の人生を。
あ、でも自分以外にも私を幸せにしてくれる存在がいたな。
女房だ。家族だ。孫たちだ。
ああ、幸せだったな。
今だからわかるよ。
世界は誰の物でもない。人生は笑った者勝ちだ。楽しんだもの勝ちだ。
あ、だからと言って犯罪や人様に迷惑かけることはしてはいけないよ?
ちゃんと地に足着けてる人間の方が最終的には強いんだから。
あとは……。
いや、もう時間かな?
最後に私は目を開ける。
皆が、女房が、家族が、孫たちが、私の大切な人たちが涙を流しながら笑っている。
最後に皆んいあえて良かった。
私の伝えたい、話したいことは以上かな?
一瞬の時間だったけど、私にとっては最後の永遠に大切な時間だった。
私はまた新しいことを経験する。
最後の経験。
死を。
最後に一言。
ありがとう。
私はゆっくり目を閉じた。
いかがでしたか?
誰でも通る道。
最初で最後の経験の一瞬を描いてみました。




