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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

彼方者たちのアペンディックス

作者: 赤柴紫織子

 こんにちは、不遇な死に方をしたあなた様!


 わたくしは…そういえば名前がありませんでした!

 ここは気持ちよく『神』とでも名乗ってみましょうか! ええ、叱られそうですがどうせこの世界のことなどどうでもいいでしょうしバレませんよ!


 さて、話を戻しましょう!

 つまらない人生を彩る死に方ができたでしょうか?


 とはいえ、後悔していることもあるはず。

 あの時あそこに行っていなければ…。こんなこと言ってなければ…。もうすこしこっち側にいれば…。あいつを身代わりにしていれば…。

 あるいは、あのことを言っておけば…。もう少し優しくしてやればよかった…。なにか手紙を書けばよかったのに…。

 ええ、ええ!

 死んだ今ではもはや意味のない懺悔の数々! ああ、なんて愚かしい!


 そんな愚鈍で間抜けなあなた様に今回わたくしからチャンスを差し上げましょう。

 巻き戻し・・・・のチャンスを!

 もちろん死ぬ直前に戻っては意味がありませんからね。最高で二十四時間巻き戻ることができます。

 わたくしのやさしさにむせび泣いてもいいのですよ?


 それでは……おっと。

 わたくしとしたことが、なんといううっかり・・・・を。

 たった一人にしかチャンスは与えられないのに、百人も愚かな人たちを集めてしまいました。


 いくらわたくしでも百人も巻き戻しは出来ません。一人が精いっぱいです。

 かといって、この中から選ぶというのも面白みがない…。

 ふむふむ。それではこういたしましょう。



 九十九人の愚か者たちを消滅ころして、巻き戻るのです!





 拳銃を向けられていた。


 わたしはしりもちを付いてその銃口と見つめあっていた。

 焦点をズラしてその後ろを見ると三十代は行っているだろう細身のおっさんが感情のない冷たい目でわたしを見ている。狐目というのか、細い目だ。

 迷彩服を着ているのでそういうお仕事についているのかもしれない。いや、ついていた・・・・・のかもしれない。何にしろわたしには興味がないし、知ったところで事態は好転しない。


 小さく舌打ちをした。

 わたしの後ろには鉄パイプが転がっている。このおっさんの背中を目掛けて振り下ろしたのだが、寸で避けられた挙句に腕をひねられて地面に叩きつけられた。

 そして状況に追いつけないまま銃を突き付けられたというわけだ。


「…ズルい話じゃない?」


 手の震えを隠しながらわたしは口を開く。

 普段おとなを相手にしたとき、わたしは丁寧な言葉遣いを意識している。しかしここまできて丁寧でいる必要ないだろう。最初から素で行ったほうが楽だ。

 どうせもう終わるのだから。

 撃つならさっさと撃てばいいものを。手段を失くした獲物がそんなに面白いか。


「わたしに与えられたものは鉄パイプ。あなたに与えられたものは拳銃。なんたる不公平でしょう?」

「本当に不公平だと思うか」

「不公平でしょう。そんなものを最初から持っているなんて――本当に、死んでもわたしは運が悪い!」


 ぎり、と唇をかみしめる。

 死んだ身体だというのに血の味が口内に広がった。


「どちらの運が悪いのか、見せてやる」

「っ!」


 おっさんは言うなり引き金を躊躇なく引いた。

 わたしは目を強く瞑る。胸が、おなかが、足が、じくじくと痛む。

 血が、うめき声が漏れる、泣き声が聞こえた、痛い、助けて、お母さん、


 …明日香!


 脳裏に愛しい顔が浮かんだ。

 同時に、ちょっと強めの水を顔にかけられた。

 ――水?


 目を開けると依然として銃口はわたしの頭に向けられていた。

 おっさんの顔は苦々しげな顔をしている。

 まさかこれは…こんな重々しい見た目をしているのに、その実水鉄砲・・・なのか?


「やはりそういうものなんだな、これは…」


 腰のホルダーに銃を戻し、おっさんはわたしの胸倉を…いや、首を掴んだ。

 抵抗する間もない程に迷いのない動作だった。

 ぐっと首に力が入る。息が、血流が、止められていく。もうわたしは死んでいるのにそんなことを感じるなんて滑稽だ。


「あ、がっ…」


 腕をひっかいて暴れるがびくともしない。

 まだ、ここで終われない。

 このゲームを勝ち抜いてわたしは、わたしには会いに行かないといけない人がいるのに――!


「ちょっと待ったぁーッ! ほんとに待って! やめよう! いったんやめよう!」


 緊張感のかけらもない声が耳介に入ってきた。

 おっさんはまったく気にせずにわたしの首を締め上げている。


「あっ、やめてくれない! やめてくれないんですね! そこの迷彩の人! この女の子の死亡理由・・・・なんだかわかりますか!?」


 何故――。

 わたしの死亡理由を、知っている?


銃殺・・ですよ」


 どさりと地面に放り出された。わたしはせき込みながら距離を取る。

 顔をあげると今度はテディベアを握りつぶさんばかりに持っている。何しているんだあの人。


「銃殺? 日本人の学生に見えるが」

「僕は嘘をつきません。彼女の死因は、テロリストに人の壁にされた挙句の――」

「やめて!」


 わたしは叫んだ。

 身に着けているセーラー服からじわじわと血が滲んでしまいにはしたたり落ちる。

 そして凄まじい痛みと共に広がった傷跡から銃弾がコロコロと落ちた。

 おっさんは相変わらず感情のない目でわたしを見、そしてテディベアに視線を戻した。


「なるほど」


 そしてテディベアを放り捨てた。「ぎゅむっ」と声が聞こえた。

 おっさんはわたしに近寄り、静止する。鉄パイプまでわずかに手が届かない。


「その歳で過酷な死に方をしたんだな」

「…そちらこそ」

「溺死だ。あまり話したくないのはお互い様のようだが」


 転がった銃弾の一つを拾い上げて、おっさんは拳銃に入れる。

 よく仕組みは分からないが対応する形の弾だったらしい。それとも、対応する形に変化したのか…。どちらでもいいか。

 重要なのは、撃てる状態になったことだ。


 今度こそ終わりだと悟り、わたしは目を閉じた。

 銃声。

 悲鳴と共に何かが倒れる音。


「目を開けろ」


 おっさんは静かに囁く。

 わたしはそろりと目を開けるが、自分の身には何も起きていない。 

 見上げると、おっさんは指さしてわたしの視線を誘導した。


「お前、ここで誰かを殺したことは?」

「ない…」

「いい機会だ。参考に見ておくといい」


 参考って何の参考です?

 指の先には中年のおばさんが倒れていた。わたしたちの小競り合いに紛れて漁夫の利を狙おうとしていたのだろうか。

 はらはらとまるで桜吹雪のようにおばさんの身体が消えていく。かけらも残さず――そこにいたことすら忘れてしまいそうになる。いや、忘れてしまうだろう。


「この世界では死ぬとああなる。どこに行くかは知らない」

「…地獄でなければどこでもいいよ」

「それには同意しよう」


 自分のおなかを見るとセーラー服は血がにじんでいたことが嘘のようにまっさらとなり、血だまりも消え失せていた。もちろん銃弾も。

 ――死ぬ直前のことを思い返すとあんな状態になるらしい。


「おれは生き返りたい」


 おっさんは言った。


「わたしも生き返りたい」


 わたしは言った。


「道中協力してほしい。主にはその銃弾の調達だ」

「だったらわたしを守って。戦い方なんてこれっぽっちも知らないから」

「いいだろう」

「なら、それでいいよ」


 利害が一致した。

 言葉にはしないが――最後の二人になるまでの、利害だ。


「僕も仲間に入れてください! 絶対役に立つので!」


 テディベアが足元で何か騒いでいる。

 かわいそうなので抱き上げた。


「僕の名前は岡崎オカザキ美波ミナミです! 死因は腹を切り裂かれたことによる失血性ショック死!」

「テディベアにしては死因がずいぶん生々しいな」

「違うんです! 僕の本当の身体は、ふたりとも見ただろうけど『神』とか名乗るクソったれの馬鹿アホ無能存在に乗っ取られているんです!」


 ジャージを着、野球帽をかぶった青年の姿を思い出す。

 確かに『神』と名乗るにはいささか頼りがない姿だと思っていたけれど。

 そういうこともあるかと納得することにした。なんせ、死んだわたしがここにいるぐらいなのだから。


「どうにも僕は百人にカウントされてないっぽいのでご安心ください。あの体を取り戻し次第消えますので」

「どう取り戻すの?」

「…いやあ、それなんだよね…どうしようかな」


 突然自信を無くさないでほしい。


「でもね、よく分からないけど僕は人の死因を知ることが出来るんだ。だから戦ううえで役に立つよ」

「……」


 なるほど、どうりでわたしの死因をぺらぺらと話していたわけだ。あまり愉快な気分ではない。

 暫定的に仲間となったおっさんをわたしは見る。

 テディベアの耳を引っ張っていた。遊ぶんじゃない。


「…どうします?」

「別にどちらでも」


 そういうのが一番困る。


「じゃあ、連れていくね。よろしく、美波さん」

「うん、…あ。――君の名前はなんだい?」


 そういえば、わたしはまだ目の前のおっさんの名前を聞いていない。

 じっとその細い目を見ながらわたしは自分の名前を言う。


「わたしは京香キョウカ

「名字は」

「あんまり好きじゃないから言わない」


 おっさんは「そうか」とだけ言い、そして素直に名前を口にした。


早川ハヤカワアツシ


 それ以上は語らず、さっさとおっさんは歩いていく。

 わたしはテディベアを――美波さんを抱きかかえながらそのあとを追いかけた。







 進まなくてはいけない。

 「今」が終わった物語の付録ページだとしても。




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