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バイト先で金髪悪魔幼女とかを相手している俺ですが、それでも普通な人生を過ごしたい  作者: 天近嘉人
プリズン&マルコシアス

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悪魔軍師団長エリゴス

そんなこんなを考えつつもマナー通りに行儀よく室内を歩く俺。室内には黒革のソファーに長方形でガラス張りのテーブル、それを挟んでモダンな机が配置されており、これまた黒革の椅子にどっかりと座っている一人の女性。この人物が署長で間違いなさそうだ。


 いかにも軍隊の偉い方が被っていそうな帽子からは立てば腰まで伸びていそうな緑掛かった黒髪。琥珀色の瞳が俺を見据え慎ましい胸の上で輝く勲章の数々が無音で俺を威圧してくる。


 「君が多田 崇君だね。話は聞いているよ。まぁ取り合えず座ってくれ」


 「はい……失礼します」


 指示された通りソファーに座る。マニュアル通り背もたれに身を預けず、足を広げず大体握り拳一つ分程度のスペースを空け、顎を引いて相手をしっかりと見る。


 「ああいや、そんなに構えなくて結構だよ。堅苦しいのは苦手なんだ」


 彼女はそう言うと更に背もたれに深く仰け反りながら腰掛け、時計の長針のようにしなやかに伸びた脚を机にブーツごと乗せた。いくら堅苦しいのが苦手でもそこまでラフな態度とるか普通?


 俺は彼女の言うとおり気張った力を抜いて楽な姿勢になった。彼女は徐にポケットから煙草とマッチ箱を取り出した。シュッという短い音でマッチに火が灯り、それを咥えた煙草に移す。慣れた手つきでマッチから火を消し煙を吐き捨てた後で。


 「私の名前はエリゴス。元は悪魔軍の師団長なんかを務めていたが今は退役してパトリシア様のご好意に預かりこうして煙草を吹かすのが仕事だ……気軽にエリちゃんと呼んでもいい」


 「はぁ……そうですか」

 

 「それにしても君も色々大変だな、お嬢様ならまだ何とかなるがあのベリルにも絡まれているんだろ? 私が君と同じ立場だったら三日と持たないよ」


 入室時に感じた威圧さはなく、エリゴスは爽やかに白い歯を見せて笑った。因みに俺は彼女をエリちゃんと呼ぶ気は無い。元悪魔軍師団長をそんな気軽に女子中学生の愛称で呼ぶ度胸は生憎持ち合わせていない。


 「あの、エリゴスさん。幾つか質問したいことがあるのですがいいですか?」


 そんなエリゴスさんを見据えて俺はこの謎過ぎる現状を探る情報を入手するべく色々訊ねてみることにする。ほら、あのハゲよりよっぽど話が通じると思うし。


 「ああいいぞ。私の答えられる範囲であれば教えてあげよう。あ、私を口説くために色々探ろうという話なら別だ。これでも誇り高き師団長だったからな。易々堕ちると思うなよ?」


 俺の思惑通り大方の質問は答えてくれるようだ。最後の方は聞き流していたが恐らく彼女はチョロい。


 まぁただチョロいと言っても直接的な話を振るのは会ったばかりなので話しづらい点でもある。それに本題に入ってしまうと他の謎を聞く前に面会を終了される可能性もあるのでまずは当たり障りの無い程度の質問からしていこう。


 「エリゴスさんとマスターはどんな関係なんですか?」


 第一の質問として特段興味はないが二人の関係性を聞くことにした。初対面同士の会話はまずお互いの共通出来る話から入っていくのが無難なチョイスだと思ったからだ。「この私を話の出しに使うとはいい度胸だな。なんなら君も今度の献立の出汁に使ってやろうか?」なんておぞましい声が聞こえてきた気もするがきっと空耳だ。多分。


 「私とベリルは昔から知っている仲だよ……私達師団がまだ軍ではなく騎士団だった頃、あいつが悪魔ではなく天使だった頃からな、三日三晩不眠不休でお互いの命と誇りを賭けて戦ったのは今でもいい思い出だよ……あっその時受けた傷が下腹部にまだ残っているのだが……見たいか?」


 「いえ、結構です」


 「おいおい何だぁ? 女性の肌を見るのが恥ずかしいのか? ふふっ君は中々可愛げがあるなぁ」


 何処か機嫌が良さそうな顔をしてエリゴスは煙草を吹かす。俺は別に照れたり女性に対して免疫の無い輩のようにキョドっている訳ではなく本当に興味が無いだけなのだが。


 「まぁ奴とは一悶着所か数百悶着はあったが今は人間界でも遊ぶ仲なんだよ、これはこないだ一緒に行った猫カフェの写真なんだがね……」


 軍服の上着にある内ポケットからスマートフォンを取り出すと画面を手際よくスクロールして写真を見つけた後で俺に画面を差し向けてくる。


 写っているのは夢中になって猫に頬ずりをしているエリゴスと反面無愛想な猫のツーショット。そして写真の隅には優雅な佇まいでコーヒーを啜るマスター、その足元にはちょび髭でウェイター姿のおっさんが四つん這いになり甘える子猫のようにマスターのか細い足に擦り寄っていた……何してんだこの人は。


 「他にも沢山写真を撮ったんだ……これとか。あっ!これとかも可愛いなっ!」


 これまた器用にスマホの画面をスワイプし様々な写真を見せてくる。が、どれもこれも淡い色で暈された風景に猫耳やら星、ハート等で加工しまくりな彼女の写真ばかりだ……自撮り大好きなんだねエリちゃん。


 これ以上写真を見せつけられるのも面倒なので話題を変えることにしよう。


 「次になんですけど、あの馬鹿……いや、アイニィがお嬢様っていうのはどういうことなんでしょうか?」


 俺が次の質問を訊ねると先程までニコニコと写真を見せてきてチラチラ俺の反応を窺っていたエリゴスが一瞬口元をへの字に曲げる。そして咳払いを一つしてから。


 「簡単に言えば我々軍隊の最高司令官であるベルゼブブ・パトリシア様の愛娘だよ」


 「え、えぇ……」


 しれっと告げられるのには余りにも衝撃過ぎる真実に俺は思わず頭を抱えた。


 お偉い方の娘というのは幼少の頃からしっかりした教養を受け、慎ましく清らかで綺麗な水の中でしか生きることが出来ない魚の様に何処か儚げでそれ自体も愛おしく感じるような女性というのがイメージだがアイニィにはそんな要素が一欠けらもない。泥水でも元気に生きられるザリガニみたいなやつだ。

 

 頭にタライを落とされたような感覚から中々頭を上げられない俺。そんな中再びマッチが擦れる音が聞こえてきた。


 「まぁ君の気持ちは分からんでもないよ? お嬢様には我々も手を焼いているからな。この前なんかも強くなりたいだ鍛え上げたいだ言ってこの施設に着たのだがお嬢様何かと残念だろ? だから私が適当に面倒を見てやってさっさと卒業していただいたんだよ。これがその時作ったバッチなんだがね……」


 テーブルに何かが置かれる音がして、俺は視線をそちらに向ける。それはアイニィと初めて会った際に彼女が自信満々に自慢していた『もう少し頑張りましょう』と文字が彫られている銀色のバッチだった。


 俺はそれを見て顔が引きつるとバッチに映る俺の顔も歪む。アイニィの頑張りというのは結局の所誰かの手のひらの中で踊らされているのだと考えれば少し、ほんの少しだけ心が燻ぶった。


 「でも最近は一つ目標が出来たとか聞いたな。何でも飲食店を経営したいだとか何とか言って屋敷の給仕達に教わっているそうだよ」


 「え? そうなんですか?」


 「おや? 君ならてっきり知っていると思ったのだが……ではこの話は秘密にしておこう。もし私が話したとお嬢様にバレたら面倒だからな」


 そう言ってエリゴスは煙草を咥えまた煙を吐く。モクモクと上昇していく煙を見ていると胸の燻ぶりも煙と共に姿が消えていく。あいつが何がしたいのかは分からないがまだ頑張っているのならそれで良い、俺は特に手伝いはしないのだがな。


 「さて、質問は以上かな? そろそろ君を戻さないとまたあの禿げに文句を言われるのでね。あいつ顔に似合わず結構根に持つタイプなんだよ」


 全く持って知りたくも無い情報と共に質問時間の終わりが告げられてしまう。俺は内心で禿げだの蛆虫おじさんだの散々な呼び方をしていたのがバレていない事を祈りつつ最後にして最大の謎を質問することにした。


 「これが一番知りたかったことなんですがこの施設って何ですか?」


 大真面目に質問した俺に対して意表を突かれた様な素っ頓狂な顔を見せるエリゴス。長い人差し指と中指で挟まれた煙草の灰がポロリと落ちる。


 「まさか何も聞かないでこんな場所に着たのか? いや、聞かされないまま無理やり着た、という所か……君って奴はつくづく不憫だなぁ」


 エリゴスは大きく煙を吐き、吸殻の山に成っている灰皿にグシャリと煙草を潰す。


 そして。


 「では私も敢えて答えないでおこう。その方が面白そうだし」


 「いや教えて下さいよっ! 俺これからどーなるんですかっ!」


 結局一番知りたい情報を得られなかった事とこの期に及んで悪戯っぽい笑みを浮かべ偉そうな署長ぶるのが腹立たしくて遂声を上げてしまう。くそっ!この自撮り大好きおばさんがっ!


 「そうだな、私はそこまで意地の悪い女ではないのでヒントを教えるとだね、ここは別に軍の施設ではないんだよ。更生や再教育という言葉がしっくりくるかな?」


 「そうですか……」


 「まぁこの三日間我々の指示に従ってくれれば帰ることが出来るので安心してくれ。大丈夫、死にはしないから。では多田君、頑張りたまえよ生きていたら三日目にまた会おう」


 更生に再教育、死にはしないだの生きていたらだの不穏過ぎるワードにツッコミを入れたいところなのだがエリゴスはもう何も答えるつもりはないらしく、ただ俺を見つめ退出を促すだけだ。


 平穏無事、何事も無難に、普通に人生を過ごしたい俺がまさかこの言葉を使う時がくるとは思わなかったがこのシチュエーション、言わざるを得ない。


 ――この三日間絶対に生き抜いてやる。


 そう心に固く誓った後、俺は席を立ちエリゴスに一礼をして入室時より重くなっている扉をこじ開けた。


 

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