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バイト先で金髪悪魔幼女とかを相手している俺ですが、それでも普通な人生を過ごしたい  作者: 天近嘉人
BAR『DEVIL』主催ドキドキ肝試し大会

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多田 崇はそれでも普通の人生を過ごしたい

 何もなくなった光景を目の辺りにした俺はその場に立ち尽くすしか出来なかった。


 悲しみから零れる涙も自分の不甲斐なさからこみ上げてくる怒りも何もない。ただぽっかりと胸に穴が開いてしまったような喪失感だけが隙間風となって穴を出入りしているだけ。


 そんな隙間風に小さな悪魔の欠伸が混ざる。彼女は一仕事終えたかのように大きく背筋を伸ばしもう一度欠伸をしてから。


 「これで肝試しも終わりだな。約一晩私を待たせておいてこんなに一瞬で用が済むのも癪だがまぁいいだろう。帰るぞ多田君」


 俺に対して小言を呟きながら持参してきたグラスを洗い、白布巾で拭いてからコーヒー酎と一緒に手提げ袋にしまうマスター。俺はそれを無意識に目で追うことしか出来ない。


 「どうした多田君、早く準備をしたまえ……それとも何か言いたいことでもあるのかね?」


 そう聞いてくるマスター。顔には最早板についている余裕そうでそれでいて何か裏がある笑みが浮かんでいる。


 特段言いたいことなど一つもない。何を言えばいいのか分からないし何を思っていいのかも分からない。

 

 しかし、マスターは訊ねてきた。全ての行事を終え後は帰るだけなのにわざわざ聞いてきたのだ。これには必ず理由があり、俺はそれを考えなくてはいけない。


 俺は手で顔を拭ってから三度(みたび)頭を働かせることにする。もう疲れ果てた脳みそは思考することを拒んでいるがそれでも俺は考えるのだ。


 人間は考える葦である。これはかの有名な哲学者パスカルの言葉だ。


 人間は自然界においては脆弱で葦の一茎のような存在である、しかし人間には思考すること、つまり物事に対して考えを持ち行動が出来る。それが人間の偉大さであり、本質であると意味だ。


 この言葉を逆説的に捉えれば考えを放棄した人間など存在価値等は一銭も無くそこ等辺にある雑草に過ぎない。それこそ『ただの人間』になってしまう。


 だからこそ俺は、人間である以上、『俺』が『俺』である為に考えなくてはいけないのだ。


 先ほどまで感じていた喪失感も胸に開いた穴も気がつけば青く暗い思考の海の底に沈んでいる。俺はそんなちっぽけな物より更に奥深く沈んでいる正解を探す為に息を短く吸ってから深海へと身を投じた。




 さて、ここで何を考えなくてはいけないのか。それはマスターが俺に「何か言いたいことでもあるのか」と尋ねたことだ。

 

 あの時あのタイミングで咄嗟に言葉を出せる程余裕がないことなどマスターは分かっている筈なのに。しかもあれだけ帰りたい素振りを見せていたにも関わらず、だ。


 そう、あの欠伸や背伸び、そして素っ気ない口調等の帰りたい素振り。あれは(いささ)か不自然というより大袈裟ではないだろうか。

 

 この肝試しは誰かと遊ぶ、恋に悩む等と言った誰もが一度は体験して過ごしたであろう出来事、幽霊の言葉を使うと『普通の幸せ』を俺を通して幽霊が体験することによってこの世の未練を無くして貰おうという目的から行なわれたのはマスターの口ぶりと幽霊の様子から推測を立てることが出来る。


 そしてマスターはこうも言っていた。「私クラスなら幽霊など一瞬で成仏できる」と。


 そんなことが出来るのに何故手間をかけて肝試しを行なったのか。それはきっとマスターが優しいから、だと思う。


 そんな思いを持って俺はマスターの方に目を向ける。彼女は考え悩んでいる俺を実に愉快だと言わんばかりの表情で眺めているだけだった。


 俺はすぐさま目を逸らし、そしてまた深海へと潜っていく。『マスターが優しいから』でこの問題の結論が済まされる訳がないし第一優しいのなら俺がこんなに頭を抱える原因を作ることなんかしない。


 全く、毎度思うのだが何故マスターは俺ばかりをこう巻き込み、振り回し、悩ませるのだろうか。世の中俺なんかよりもっと悩んだり考えたりして行動しなくてはいけない人間ばかりだというのに。どうして俺なんて……。


 

 ――ここで俺の頭の中でパズルのピースがはまったような感覚がよぎり、暗闇が広がるだけの深海に一筋の光が差し込んできた。


 今回の肝試し、これは幽霊の為ではなく、俺の為に開かれたのではないだろうか。マスターが言っていた通り俺を懲らしめるのが目的だったのではないのだろうか。


 『普通の幸せ』を求めていた幽霊と俺をセットにすることで俺の目標である『普通の人生』という概念を崩そうとしたのではないのだろうか。


 俺と幽霊がお互いの腹を割って話し、仲が深まったところで幽霊を成仏させる。そして敢えて素っ気ない素振りをとり俺を怒らせたかった。要は俺の人生で最も気をつけている点である感情を露わにさせようとする魂胆があったのではないだろうか。


 ここまで考え抜いた上で俺は深海から浮上して空気を取り込み、それをため息に変えて吐き出した。


 結局俺はまたしてもマスターの小さな掌の上で踊り狂わされていただけなのだ。幽霊を出汁に使われた怒りや自分の不甲斐なさを通り越して最早感服するまである。


 しかし、このまま今回もマスター凄かったで終わらせる訳にもいかない。


 「……おや、どうした? 考えは纏まったのかね?」


 マスターは表情を崩さないまま、じっと見据える俺を見て言った。


 俺は靴紐をキュッと固く結ぶように決意を固め、何時もの調子で普段通りの顔と声を作る。


 そして。


 「いや、特に何も言うことなんて無いですよ。俺は俺の思う『普通の人生』を過ごすだけなんで」


 一矢報いるために放った言葉の矢。これが刺さったのか交わされたのかは分からないがマスターが大きな瞳を更に開き関心深そうな声を上げた。


 しかしそれも一瞬の事。俺の矢を吹き飛ばすかのようにそれを鼻で笑い飛ばす。


 「『俺の思う普通の日常』か。ふむ、面白い言い回しだな。まぁ君が思う日常なんて、つまらないに決まっているのだろうが」


 「……いいんですよ、マスターにとってつまらなくても。俺が楽しければそれでいいんです。ほらもうとっとと帰りますよ!」


 何だか恥ずかしいことを言ってしまい居た堪れなくなったので俺はさっさと帰るべく部屋を後にすることに決めた。そんな様子を見てマスターが小馬鹿にするように笑い俺の後ろをついてくる。


 こうして長い一夜が終わり、幽霊と過ごした短い日々に幕が閉じる。このドアノブを開け部屋を出るとまた俺の日常は始まりを迎えるのだ。


 しかし俺にはどうしても一つだけ気になることがあった。


 「マスター、あの、『来世』って本当にあるんですか?」


 人間誰しも一度は気になる疑問をマスターに聞いてみる。彼女は何も答えずただ黙って俺を見つめるだけ。しかし、それがある意味答えにもなっていた。


 俺もこれ以上は言及することなく、ドアノブを開き元楽園を後にする。ドアの前には壁に持たれかかり腕を組むいかにもダンディ路線を狙っているアスモデウスと泣きじゃくった所為かはたまた眠たいのか目をボンボンに腫らしたアイニィが顔をコクリコクリと揺らし、アイニィとは対極的に肌がツヤツヤで何時もより妖艶さ二割り増しのムウマが待っていてくれていた。


 俺はそんな連中と他愛無い話をしながら廃ビルを抜ける。外はもうすっかり朝で、燦々と降り注ぐ太陽の光が俺を出迎えてくれた。


 誰にでも平等に光を照らし朝を伝える太陽、そんな太陽に俺は手で光を遮りそして睨み付けるように見据える。


 そして誰にも気づかれないよう、心の中でこう呟いた。


 こんなクソ野郎共に囲まれても、それでも俺は俺の思う普通の人生を過ごしてやる、と。

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