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バイト先で金髪悪魔幼女とかを相手している俺ですが、それでも普通な人生を過ごしたい  作者: 天近嘉人
BAR『DEVIL』主催ドキドキ肝試し大会

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煮えたぎる

 肝試しは楽しかったのか。そう提示してきたマスターは俺の回答を待つかのようにカウンターに頬杖をついてグラスを手に取りそれをゆっくり揺らしている。


 一見俺が知りたい謎とは何の脈絡のない問い。だがマスターのことだ、この質問には必ず登頂を達成するためのヒントが隠されている筈だ。


 俺は黙ったままマスターの真意を探る。しかし解き明かしたい謎の為に隠されたヒントの意図までも考えるとなるというのは今までの疲労とフル稼働させていたため皺が摩擦で磨り減っている脳みそでは無理な話である。


 なので。


 「……正直楽しいってよりかは疲れましたね。ほんと」


 俺は包み隠すことなく、率直で素直な感想を述べることにした。もっと正しく言うのなら現在進行形で疲れているのだが。


 「疲れている、か。ふむ、実に君らしい感想だな」


 グラスを揺らしながらそうマスターが言った。グラスの中に入っている酒は遠心力に則り法則通り、自然に普通にくるくると回っている。それをマスターは何処か小馬鹿にするように、それでいて退屈そうに見つめていた。

 

 そんな酒が動きを止めたのは当然マスターがグラスを揺らすのを止めた時であり、止まったグラスを支えている華奢だがすらりと伸びた人差し指が示したのは幽霊の方向だ。


 「それでは幽霊君。君にも同じ質問をしよう、この肝試しは楽しかったかね?」


 急に話を振られた幽霊。当然店内には沈黙が広がる。


 しかし幽霊からは狼狽しているような雰囲気は感じず、その様子は落ち着いていて、それでいてどこか和らいでいた。


 それはまるで思い出に浸っているような、そんな優しい雰囲気だった。


 そして。


 「……楽しかったよ。とっても、楽しかった」


 いつもの消え入りそうなか細い声、だがその声には僅かながら温もりが込められている。それを聞いたマスターが満足げに鼻を鳴らし、二人の様子から全てを察した俺は開いた口と瞳を閉じることしか出来なかった。


 「……僕ね、小さい頃から人と話すのが苦手で、特に人の顔見ちゃうと緊張しちゃって……でもそれじゃあいけないって思って色々考えたんだ。この髪も人の顔みなければ話せるようになるんじゃないかって思って伸ばしたんだけど……」


 幽霊は伸びきった黒髪を触りながら言って、そしてため息をついた。


 「……でも駄目だった。怖いって言われちゃったんだ。普通考えれば分かるのにね。根暗で長髪で……そんなのまるで幽霊みたいで怖いよね」


 「それから僕は本当に人が怖くなっちゃって、何も出来なかった。皆と話したくて工夫した髪もいつの間にか周りの人の目線を遮るバリアになってたんだ………そうやって生きてたら辛くなっちゃって、そして死んじゃった」


 ここまで話したところで幽霊は一旦独白をやめ、再び辺りには沈黙が響く。幽霊が敢えて死因を説明しなかったことが余計に沈黙を鋭く尖らせて、俺の耳を痛めつけた。


 「……だからね、今日の肝試しはすっごく楽しかったんだよ」


 そんな鋭利な沈黙を包み込むように幽霊は照れくさそうに後ろ髪を触りながら言った。


 「……恋人の話をしたり、お酒の席で女の子とドキドキしたり、オセロとかトランプとかで遊んだり。そんな普通の経験が出来ただけでも僕は楽しかったんだ」


 そう言い終えた幽霊は天井を眺めた。恐らく今日起こった出来事を振り返っているのだろう。その様子は実に楽しそうだ。


 しかし。


 「……言っとくけどあんなの普通じゃないからな」


 今度は自然と、ではなくはっきり自分の意思で俺は言葉を言い放つ。


 「いいか、そもそもあいつ等は悪魔と天使なんだ。それだけで十分常識外れなのに性格も言動も全部ぶっ飛んでるからな。あんなのは普通の経験だって言わないんだ」


 このタイミングでこんな事を言う方が常識外れだとは思うが、それでも俺は言わなくてはならなかった。これは決して幽霊のためではない。俺、多田 崇は「普通」の人間であると提言する為の、要は自分を守る為の言葉だった。


 そんな自己愛に満ち溢れた汚い物を浴びせられた幽霊、しかし決して怒ることもなく見えない瞳をこちらに真っ直ぐ向けて。


 「同志、あのね、『幸せ』って言うのは一番身近にあるけど一番感じることが出来ない感情なんだよ。『普通』ってものそれと同じ。現にこの肝試しで一番楽しそうだったのは同志、君自身なんだもん」


 「…………はっ?」


 幽霊の言葉に、一旦頭の中が真っ白になってしまった。そしてそれを埋め尽くすように疑問符とマグマのように煮えたぎった何かがふつふつと湧き出てくる。


 「お前何言ってんの? あれが普通って。俺が普通に楽しんでたって。あんまり適当な事言ってんじゃねぇよ……」


 ドロドロとした暑く見るに耐えない何かはそのまま食道を焼きながら俺の口から漏れる。止めなくてはいけないと思いつつもそんな思考すら何かは焼き尽くしてしまったのだ。


 「大体その自分何でもお見通しですみたいな態度が気に入らねぇんだよ。お前が俺を知ってる期間たってせいぜい数週間程度だろ? そんなんで全部知った気になってんの? お前に何が分かるって言うんだよっ」


 気に入らないのだ。普通の人生を生きる為俺がどんな思いをしていたのか知らない奴に上から言われるのが。子供のお遊戯会で必死だが拙い演技をしている俺を余裕綽々な態度で見ている幽霊。そのような構図になっているのがただ気に入らないのだ。



 俺はなんて浅ましく卑しく、惨めな人間なのだろう。そんな自己嫌悪に陥りながらもマグマは収まることなく今尚俺の心の中で沸騰を続けている。

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