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バイト先で金髪悪魔幼女とかを相手している俺ですが、それでも普通な人生を過ごしたい  作者: 天近嘉人
BAR『DEVIL』主催ドキドキ肝試し大会

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事後のモーニングコーヒー

 結局椅子は折れることなく無事に席にたどり着いた俺。いつも通りカウンターに手を置こうとしたところでこの部屋が廃部屋だったことを思い出し一瞬躊躇った。が、塵一つない丁寧に磨きぬかれた木目を確認し安心していつもの姿勢になった。


 「さて多田君。本題に入る前に例の物を見せてもらおうか」


 マスターが持参したのだろうか、店に置いてあるグラスを磨きながら尋ねてきた。


 例の物とは恐らく『間』をクリアした証に貰える札のことだろう。俺はポケットを漁って淫魔の間、そしていつ手に入れたのか分からないマークⅡそれぞれの札をカウンターに置く。


 後は阿呆の間の札だけなのだが……。


 「あ、あれ? おかしいな……」


 いくら探しても札らしきものが見つからない……そういえば間の語り部であるアホのアイニィは終始泣いていたので貰いそびれたのだった。


 俺が中々札を出さないのにご不満なのか、マスターはジト目で俺を睨み付ける。ここでジト目と可愛く表現したが正しく言うのならDVDショップの十八禁暖簾の前でニヤついているどこからどう見ても冴えない男子高校生二人組みを眺めているバイトの女子大学生の目だ。視線に気がついた二人組みが背中を丸めてしょんぼり顔で帰る様は本当に見ていて可哀想になる。


 そんなことはどうでもいいのだ。今ここで札を出さなければ家に帰るどころか土に還る羽目になるだろう。何か代わりになるようなものでもないかとポケットの捜索に当たる。財布に家の鍵、それから携帯どれも俺の私物でこれではクリアの証明にはならないだろう。他には……。


 手の感触のみで探している中、俺の物ではない何かを指先が触れた。それは五百円玉に少し厚みがついたもので……。


 「多田君、これはなんだね?」


 カウンターにそっと置いたオセロの石を|摘<つま>んで怪訝そうな顔を浮かべる。


 「……札の代わりです」


 そんなマスターから目を逸らして大変申し訳なさそうな雰囲気を醸し出して言った。


 「ふむ、まぁ別にいいだろう。これで肝試しクリアだ、おめでとう多田君」


 「は?」


 石を胸ポケットに入れパチパチと拍手をするマスターに対して俺はぽかんと口を開くことしか出来ず、拍子抜けで間抜けな声が出てしまった。


 「あの、どういうことですか? だってまだマスターのお題をクリアしてないんじゃあ……」


 戸惑いながら言う俺。そんな俺にマスターは鼻を一度鳴らし侮蔑した後で。


 「この部屋にお題も語り部も存在しない。そもそも先程までの件はただの前座で余興に過ぎんのだよ」


 ハハッと肩を透かして笑うマスター。それに対して俺の肩は下がり全身の力がみるみると抜け落ち気持ちが完全に萎えていく。


 「そんなに落ち込むな、中々面白かったぞ……ほら、これが私的ベストショットだ」


 そう言って何時ぞやの二つ折りガラゲーを取り出し小さな両手でボタンを弄ってから、気力ゼロの俺に画面を差し向けた。それを見た俺の顎の筋肉さえ緩みきり、開いた口が塞がらなくなった。


 「……まさか自称普通人間の君が本当はロリペドクソ野郎だとは思わなかったぞ」


 画面が写し出したそれは何処かの部屋で俺がミカを抱いている写真だった。


 俺は脳みそを強制的にフル稼働して記憶を辿るが全く思い出すことができない。写真から何かヒントに成りうる情報をくまなく探すが俺とミカの他に何故かバーテンダー姿のアスモデウスがカメラ目線でピースサインをしているだけだ。くそっ! なんでこんな状況の中でこのオカマは楽しそうにしてるんだよ。


 記憶が無いこととクソオカマが腹立たしく写真を睨み付けながら凝視する。ここにアスモデウスが写っていることから恐らく『淫魔の間マークⅡ』での出来事だということが推測されるのだが……。


 「あっ」


 ここで俺はマークⅡをクリアした後、つまり次に目を覚ました時のことを思い出した。


 頬を赤らめ気まずそうにしているミカ。彼女が持っていたのはピンク色の小型振動機。そして「『大人の世界』を教えていただいて」という謎の台詞。


 これらを総合して考えると……。


 「おいおいどうした? そんな死にかけの小動物みたいな顔をして。ほら折角私の妹と素敵な体験が出来たんだ。もっとこの写真に写っているように無様で薄汚い呆け面くらい見せたまえ。それとも何か? ミカより数百倍可愛い私を目の前にして言葉も出ないのかね?」


 自分の犯した失態で死にたくなっている俺に更なる追い討ちをかけるべくマスターがここぞとばかりに言葉の暴力を浴びせてくる。


 強烈な一撃と追撃を喰らった俺はカウンターに倒れこむ。何処かでレフェリーがカウントを取る声が聞こえた気がするがもう立ち上がることが出来ない。その気力すら湧いてこなかった。


 俺を弄り倒して気をよくしたのか、マスターは沈む俺の頭の上で誰もが一度は聞いたことがあるようなクラシックを鼻歌で口ずさんでいる。確かショパンの曲だったような気がするが今の俺にはどうでもいいことだ。それをサビまで唄ったところで最後にはグラスが置かれるコトンっとした音がこの独奏曲を締める。


 俺は伏せたままグラスに目をやる。そこに注がれていたのはウイスキーよりも色が濃く、それでも透き通る身体は琥珀のように綺麗なお酒だった。


 「……マスター、これはなんですか?」


 グラスに反射した視線をマスターに移し尋ねる。すると彼女はカウンターの下からもう一つグラスを取り出し磨き始めてから。


 「ああ、多田君もここまで来るのに多少なりとも頑張ったからな。これは褒美だよ。コーヒー酎という奴だよ。モーニングにはぴったりだろ?」


 そう言って笑うマスター。それと同時にコーヒー酎の色が僅かながら差し込んでくる朝日に照らされ光る。


 正直酒なんてこんな時間に飲みたくないし、香りを嗅いだだけでも身体が受け付けないのだがこんな仕打ちを受けた後だ、飲まずにはやってられない。


 心と身体を凹まされた俺はなんとか倒れこむ上半身を起こしてグラスに手をかけた。


 そこでマスターが。


 「……そうだな、今回のテーマは『事後のモーニングコーヒー』と言ったところか」


 そう言って今日一番いい顔をするマスター。俺はもう全ての事柄が嫌になったのでマスターお手製モーニングメニューのドリンクを一気に胃に流し込んだ。

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