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普通と色欲

 アスモデウスが来店してから一時間、店内には珍しく静寂が流れている。


 というのもアスモデウスが他の客達をその野太い腕で一網打尽にして、皆テーブルや床などで横たわっているからだ。


 「ふんっ! 最近の悪魔は礼儀ってものを知らないわ。綺麗な華と一緒でレディーには丁重に扱わなきゃ」


 その綺麗な花がこいつらまとめてぶっ飛ばしたんだけどな。後お前はレディじゃないから。


 アスモデウスは少しムッとした顔をしながらも黄金色に染まっているウイスキーを口にする。


 「あ、あのぉ。結構呑んでるようですけど大丈夫なんですか?」


 俺は心配になって聞いてみる、カウンターに置かれているウイスキーの空瓶がボーリングのピンのように並べられているのをみれば普通心配になるだろう。


 ウイスキーはビールやワインに比べてアルコール度数が高く、そんなグビグビ呑める酒じゃないと思うのだが。


 「あらぁ心配してくれたの? 嬉しいわぁ。でもね、大丈夫、ほらよく言うでしょ?オカマは恋に酔っても酒には酔わないって」


 「いや、聞いたことないですけど、なんですかその格言は」


 「あたしが作ったの」


 「あんたが作ったのかよっ! そりゃ信用ならないなっ!」


 こんな変な格好した奴の言葉なんか信じられるか。


 「でもあたしが酔ってないのは本当よぉ。だってぇあたしは色欲の悪魔。こんなので酔っ払っていたら仕事にならないわぁ……ねぇ店員さんもちょっとだけ呑んでみない? 酔っ払っても大丈夫、あたしが介抱してあげるわよ」


 「仕事中なんで入りません。そんで俺を襲おうとするのもやめて下さい」


 こんなオカマと、しかも悪魔なんかと一夜を共にするなんてまっぴら御免だ。


 「ほんと、堅物なんだから。ベリルちゃんからも何か言ってあげてちょうだい。もっと楽しく生きなきゃやってられないわよぉって」


 話を振られたマスターは俺の方をちらりと見てから鼻で笑う。


 「生憎こいつは普通の人生が送りたいだのつまらんことをほざく奴だからな。なんとも言えん」


 「なにそれほんとつまらないわねぇ……」


 「うるさいな、いいでしょ人が何を目標にして生きてるのかは勝手なんだから」


 こんな悪魔どもに俺の哲学を馬鹿にされたくない。


 普通を願って何が悪いんだ。何もトラブルに巻き込まれない、何も心配や不安がない人生なんて素敵じゃないか。


 「でもね、あんた。そんな人生送ったってつまらないじゃない?」


 「いいんですよ、つまらなくても楽しくなくても。その代わりなんにも悪いことも起きないんですから」


 俺がそう言うとアスモデウスは哀れんだ目でこちらを見てため息をついた。


 「折角親に産んでもらった一度きりの命よ、そんなんでいいの?……ほらあたしやベリルちゃん、その他悪魔を見習いなさい。こんなに楽しそうでしょ?」


 「だれが悪魔なんか見習うか、悪魔なんてそもそも人間の悪い部分の象徴、存在悪なんですよ。……そんな奴らなんかと同じ空気吸っているだけで俺は頭が痛くなりますけどね」


 つい、色々言われてカッとなってしまった。


 悪魔なんかの言葉にムキになるな、平常心を保て。


 元来、悪魔の囁きというのは人を惑わす為にある。そんな言葉に耳を傾ける必要ないんだ。


 「まぁ人の人生にとやかく言うようなおせっかいではないけど、あんた、きっとこの先重大な決断で悩むことになるわよ。女の感がそう言ってる」


 先程までのおちゃらけた雰囲気とは違い、まじめな顔でそんなことを言ってくるアスモデウス。


 何を言ってるんだ、てかお前女じゃないだろ。


 「あたしの言葉な頭の隅にでも覚えておけばいいわ、ベリルちゃんお会計をお願い」


 そう言ってアスモデウスは席を立ち、どこから出したかは分からないが革細工で出来た高級そうな財布から札束を取り出してカウンターに置いた。


 「それじゃあね、ベリルちゃんと店員さん……そういえば名前を聞いてなかったわ」


 「多田 崇です」


 「そう、良い名前ね。また来るわ。その時はもっとアタックしちゃうから」


 アスモデウスはそのまま店を後にした。


 彼が去り店には横たわる悪魔達と静寂が残る。俺が彼が去った店の出入り口をただ見つめていると、マスターが隣にやってきて。


 「な? 楽しかっただろう?」


 「まぁ色々考えるきっかけになりましたけど……」


 あのオカマ、ただ馬鹿騒ぎして帰っただけではなく、俺の心にも何かを残していったらしい。


 

 『あんた、きっとこの先重大な決断で悩むことになるわよ』


 この言葉が頭をよぎり、暫し考え込む。


 俺はまじめに普通の生活を送る為に生きてきたんだ。


 そりゃ傍から見ればつまらないかもしれない、だが、俺はこれに文字通り人生を賭けているんだ。馬鹿にされる筋合いはないだろうし、間違っていると否定されることもない。


 だが、だけど、ほんの少しだけ俺の意思が揺らいだ。


 あのクソオカマは馬鹿にする為にいった訳ではない、あの時の瞳は何か確信めいていたからだ。


 でも、それでも、俺は……。


 「しかし、君もよく言ったな」


 マスターの声で俺は思考の渦から解き放たれる。


 「はい? 何がですか?」


 「あいつ相手によく啖呵を切ったものだと言っているんだ。あいつは見た目からはそうは見えんがあれでも悪魔の中では最高位で、若い頃は序列32番目の大いなる王だなんて呼ばれてたんだぞ」


 「へ、へぇ……そうなんですか……」


 俺はアスモデウスから一つの教訓を学んだ。


 人は見かけによらない、もうあいつの相手はしないでおこう……。

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