努力と結果
『サンドイッチ』とはパンに肉や野菜等を乗せる、挟むという至ってシンプルな料理でピクニックや運動会なんかの定番になっている。
一見簡単で楽そうなこの料理、だが甘くみてはいけない。肉類を挟めば軽食に、ジャムやフルーツを挟めばデザートにも変化し更に具材とバンズの相性を見極めるまでにもなるには一生の時間を費やすことになるだろう。
オセロと同じなのだ。『覚えるのに1分、極めるのは一生』それだけサンドイッチ道は奥が深いのだ。
そんなサンドイッチの語源は十八世紀のイギリス貴族『サンドウィッチ伯爵』がトランプゲームの片手間に食べられる食事を作らせたことが始まりだという一説があるそうだ。
割とどうでもいい雑学と今日のランチのことを考えながら二人の勝負を眺めていると公爵なんて大層な身分が似合わないうつけ物がテーブルに思い切り頭を打ちつけ試合終了のゴングを鳴らした。
勝負の結果は戦前の予想通りミカの勝利となった。
そもそも二人でババ抜きをやるという全くナンセンスなこの勝負内容自体にツッコミたかったが俺もアイニィもそんな心理状況ではなくミカとアイニィ、お互いにカードを引き合うという作業からスタートした。
そして終盤、ババを持っていたのはアイニィ、残りのクローバーのキングを引けば勝利のミカ。
ミカはゆっくりと指先をカードに伸ばしアイニィの表情、目線等でババかどうかを読み取る作戦にでた。
凍てつく視線と氷柱のようにすらりと伸びた指が右のカードに手をかけた時、勝負前から青ざめていたアイニィの顔が真っ青になりポーカフェイス所か顔の原型を留められなくなった所でこの対決に終止符が打たれたのであった。
「それでは多田さん、行きましょうか」
凛、と鈴の音のように透き通ったミカの声が俺の耳に届く。何の気なしの俺はその声に誘われるようにドアノブに手をかけたミカの後ろに足を進めた。
俺に、そしてミカにもあっさりと負けてしまったアイニィ。結局この間で過ごした時間はなんだったのかと思ったがもう考えるだけでも無駄なのでとりあえずここから立ち去ることだけを考える。
すると。
「う、ぐすっ……うぅ…………」
背中越しから聞こえてくるアイニィのすすり泣く音に、考えることを放棄した俺の脳みそに思慮が戻ってきて立ち去ろうとした足を止めた。
「なんでいつも勝てないのよぉ……私一生懸命頑張ってるのにぃっ」
テーブルに伏せた身体を震わし、良い意味でも悪い意味でもポジティブな彼女らしくない発言。
確かにアイニィは頑張っている。それは俺も知っている。だけど、だけどな……。
「簡単な話です。貴方は貴方の求めている結果を出すまでの努力を怠っているだけなんです」
俺が口を開き言葉を発するよりも先にミカが言ってしまった。濁したりマイルドに|暈<ぼか>したりしない確信を突くその言葉はなにより辛辣で彼女を黙らせるには十二分過ぎる。
「アイニィさん。貴方はどうやら姉さんと一緒に働きたいようですがはっきり言って力不足、例え今まで通り努力をして働く権利を獲ても姉さんや多田さんの足を引っ張るだけですよ」
「でも…でもっ!」
「でもではありません。これは事実なんです。貴方には実力も才能も努力も足りません。こんなところでゲームをして遊んでいる暇があるのでしたら他に頑張る事があるのではないでしょうか?」
ミカが投げかける氷の言葉は次第に質力を大きくして巨大な氷塊になりアイニィに重くのしかかる。その重圧で遂に彼女は顔を上げることが出来なくなってしまった。
世の中何かを成し遂げようとするのならそれ相応の結果を出さなければならず、結果を出すには努力をしなくてはいけない。その結果が大きければ大きいほど努力の度合いも比例して大きくなる。
頑張っているのは知っているし分かっている。しかし結果を出していない以上それは報われることが出来ないし認められない。『努力』、『頑張る』なんてのは他人の評価次第なのだ。
そのことを一番理解しているのはミカで彼女は鬼才である実姉とは生まれながらにして比べられてきた身である。彼女は他人に認められる為、そして自分自身の為にマスターを超えようと俺という凡人なんかには到底理解しようがない努力を続けている。
そんなミカだからこそ、アイニィの態度は怠けている、甘えているように見えたのかもしれない。彼女が何処かアイニィを毛嫌いしている理由もこれで納得がつく。
俺は無言を貫いたまま。この後自分の立ち振る舞い方について考えることにした。
俺としてはミカとアイニィ、両方の考え方も分かる、お互いの努力とその裏にある理由も理解しているつもりではいる。だからこそ考えなくてはいけない。
どちらかを庇う、肯定するということはもう一方を否定してしまうことに直結してしまうからだ。なるべくならそれはしてくない。
となればこのまま黙って立ち去るということも出来る。肯定も否定も公言しない。決して荒波を立てることなく無難に事を終えることが出来るのかもしれない。
しかしそれは同時にミカの主張が正しいと言っているものことになる。その行動が無言の肯定となってしまいアイニィを否定してしまうのだろう。
だが俺はどちらかというとミカの意見には賛同である。本当に心の底からマスターに認められBAR『DEVIL』で働きたいと思っているのならこんなところで油を売っているのではなく接客マナーや酒の名称の一つでも覚えていたべきだと思った。
だから俺は何も言わず、そのまま部屋を後にすることに決め歩き始めた。これも言ってしまえば彼女の為になるのだ。ここで厳しくしておけばまた一から頑張ってくれるかもしれない、これを糧に成長してくれるかもしれない。そう思ったからだ。
「ぐすっうぅ…………多田ぁ……」
そんな時、アイニィが涙で掠れた声で俺の名前を呟いた。そこで俺の足は再び止まる。
ここで厳しくしておく、そうすればこれを糧に成長や努力をしてくれる。なんてのは俺の勝手は思いであってもしもアイニィがここで折れてしまったらどう責任がとれるんだ?
他人の一声で、一つの行動で夢を諦めてしまう奴なんてどうせ大した努力もしてないんだろうなんて言う輩が世の中には存在するが努力とは孤独な挑戦であり、自分との勝負でもある。
そんな中他者がそれを侮蔑する、否定するというのはとても辛いことなのは容易に想像がつくものだ。
そんな行為を俺がしてしまっていいものなのだろうか? 何かを頑張るなんてしたことのない俺が。彼女が頑張っているのを一番知っている俺が。
「はぁ……全くあの馬鹿は」
俺は髪の毛を掻いてから後ろを向いて全く世話の焼けるアホの方へ向かい、隣に立った。彼女は足音で気がついたのか身体は伏せたまま顔だけこちらに向けた。涙で腫れた目、赤くなった鼻と頬。本当に馬鹿面だ。
俺はそんな顔を見てため息を零した後、しっかりと彼女と目線を合わせてから。
「あのなぁ、今回はミカの方が正しいと思うぞ。それだけは先に言っておくからな」
俺がそう切り出すと彼女は怒られると思ったのか俺から顔を背け唸り声を上げる。ほんと可愛げがないなこいつは。
つい頭を引っぱたこうと手が出かけたがそこは我慢だ。俺は咳払いをして気持ちを一旦リセットして。
「でもお前が頑張ってるのは俺が一番知ってるし、その、なんだ。アドバイスくらいなら出来るぞ。一応俺もバイトしてるんだし。……お前が嫌じゃなければだけど」
「…………ほんと? いいの?」
鼻を一啜りした後で、顔を背けたまま彼女が呟く。
「ああ。まぁ俺も暇な訳じゃあないから月一とかになるけどそれでもいいか?」
俺の問いに彼女はコクリと首を動かす。それを了承と取った俺はそのまま彼女から離れ三度部屋を出ることにした。
――そんな時。
「ありがと、馬鹿多田……」
何処からか聞こえてきたお礼の声。誰が言ったのかすら分からないので無視して進んでもいいがここはとりあえず俺は「どういたしまして」と一言返事をしてから部屋を後にした。
ボーナスステージだと思っていたこの『阿呆の娘の間』だが何故だか一番時間がかかった気がする。
その証拠に真っ暗だったこの廃ビルに微かながら光が差し込み辺りの景色が見え始めていた。なので先に部屋を出ていたミカが俺をジト目で見つめているのがはっきり見えているわけで。
「多田さんは本当に優しい人なんですね」
そう言ってミカは定位置となった俺の隣に来る。
「違う、俺はただ単純に他人に甘いだけだよ。いい加減この性格直さなきゃな」
ミカの言葉は皮肉なのか、本心なのかは分からないので俺は敢えて皮肉っぽくそう返した。
「いえ、直さなくていいんですよ。それが多田さんの素敵なところなんですから」
ギュっと握られた右手、そこから発せられる熱が全身に伝わり身体を熱くさせる。実に恥ずかしいのだがたまにはこんな気持ちも悪くはないなと思いながら俺とミカはこの肝試しを企画した忌々しいラスボスの元へ歩を進めるのであった。




