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『色欲』のアスモデウス

 そのままぎゃーぎゃー五月蝿い客に愛想を振りまき、数時間が経過した。


 今は深夜二時。丑三つ時とも呼ばれるこの時間帯はどうやら悪魔共が一番活発的になるらしい。客の回転率や多く、オーダーの嵐が飛び交う。


 俺は得意の作り笑いで、面倒な客にもぺこぺこ頭を下げ、なんとか乗り切ろうとしていた。


 「……疲れた」


 流れるようなオーダーを捌き切きった俺はカウンターに戻り馬鹿みたいな悪魔が馬鹿みたいに酒を呑んでいるところを眺める。


 それを見ていたマスターが。


 「君、これくらいで疲れていては困る。今日は特に忙しくなるんだからな」


 「あの、さっきから気になっていたんですけど今日は何か起こるんですか?」


 俺がそう問うとマスターが細い腕につけた黒色の腕時計を見て。


 「そうだな、もう直ぐ分かるさ。……そろそろあいつがくる時間だ」


 あいつが来る……その単語に不安しかないのだが。もしかしたらヤバイ客でも来るのだろうか?


 一抹の不安を頭に抱えていると、入り口のドアに設置されたベルが来店の合図を鳴らした。


 誰か客が来たようだ、頼むからマシな奴が来てくれよ。


 「いらっしゃいませ」


 俺は来店した客に対して頭を下げる。


 そして顔を上げてみると……。


 「…………あ?」


 思わず口から声が漏れ、固まってしまった。


 慣れたとはまだ言えないがこの二日で俺は頭が馬だったり訳の分からない形状をしている客の相手をしてきた。


 そんな俺でもこいつだけは理解出来ない、理解したくないから頭がフリーズしてしまったのだ。それくらい客のインパクトが凄かった。


 真っ白なレオタードを着ていて、空いている胸元にはどっぷりと生えた胸毛。


 顎はぶつぶつと熟し前のイチゴのような青髭、それでいて紫色の絵の具でも塗ってるのかといわんばかりの唇。マスカラで太く、長く見せている睫毛に、獲物でも探している猛獣のような目つき。おまけにソフトモヒカンで両サイドを刈り上げている。


 こんなのどんな化け物で目が慣れた俺でも流石に驚きを隠せない風貌だ。


 「マっスターっ! ただいまぁ会いたかったわよぉ」


 その見るからに不審者な男はテンションのアクセルを全開にしてカウンター越しのマスターに頬づりをした。


 心底嫌そうな顔をしているマスターと頬づりをするオカマ。


 なんだこの地獄絵図は……。


 「いい加減離してくれないか、仕事が出来ん」


 小さな両手で青髭を押すマスター。


 「んもぅ……つれない娘ねぇ。あっ!流行のツンデレって奴かしら? もっと私に甘えてもいいのよぉベイビーちゃん」


 「私の邪魔をしに来たんなら帰ってもらうぞ」


 「ベリルちゃんのい・け・ずぅ~……そうねぇ、一杯貰おうかしら」


 マスターはため息をついてからカウンターの奥にある棚からウイスキーを取り出し、少し口が他のより大きいコップに氷を入れてから注ぎ始める。


 そのコップを俺に向けてると。


 「ほら、もってけ」


 「えっ? 俺がですか?」


 「そうだ、君の他に誰がいる。私はポンコツを一人しか雇った覚えしかないぞ」


 「はいはい分かりましたよ」


 気持ちの悪い男に頬ずりをされたことが不服だったのか毒気交じりにマスターが言った。あんな奴の所に行くなんて生肉をぶら下げながらサバンナを歩くレベルで危険なのだが、飼い主の命令には逆らえない。


 「お、お待たせしました」


 俺はオカマの前にそっとコップを置いた。


 するとオカマはコップではなく何故か俺の方をじぃーっと見つめて。

 

 「ちょっとベリルちゃん、この子新入り?」


 「ああ、昨日から入ったばかりだ。……好きに扱ってくれ」


 「ちょっとマスター! 御幣が生まれそうな言い回しはやめて――」


 マスターに一言いってやろうとしたところでオカマから両腕を掴まれる。


 「貴方、中々素敵じゃない。顔は普通だけどその瞳の奥にあるどろどろとして腐った根性。気に入っちゃった」


 「いや、気に入られても困るんですけど……つか俺腐った根性とか持ち合わせてないんで」


 あるのは普通という日常に憧れる純粋な心だけだ。


 「あたし、アスモデウスって言うの。色欲の悪魔よ。実は超有名な悪魔でぇ。七つの大罪くらい知ってるわよね?」


 七つの大罪、聞いたことはある。


 なんでも人間を罪に導く可能性があると見做されてきた欲望や感情のことでそれが主に七つあると言うこと。


 それぞれ「暴食」、「色欲」、「強欲」、「憤怒」、「怠惰」、「傲慢」、「嫉妬」っといった具合に人間の愚かな欲望とチンケな考えからなっている。


 これら七つの大罪は俺の平穏な生活からしてみれば敵で危惧するべき存在だ。


 「ねぇ……あんた仕事終わり暇よね? だったらあたしとイイことしない? きっと楽しいわよぉ」


 顔を近づけて俺を誘ってくるアスモデウス。流石色欲の悪魔、出会って早々の俺をもうターゲットにしたようでその分厚い紫色の唇を見ていると自然と吸い込まれるような…………。


 「いや、俺明日も講義受けなきゃいけないんで、帰ったらもう寝ます、だから無理です」


 「そう、つれない子ね」


 しかし、吸い込まれそうなだけで俺はきっぱりと断りをいれる。誰がオカマなんかとホテルにいくもんか。


 「おい見ろよ、姐さんが店の兄ちゃん誘って失敗してるぜっ!」


 ぎゃははははっと下品な笑い声が店内に響き、アスモデウスはそれを受けて顔を俯かせる。オカマでも流石に今のは堪えたのか?


 すると彼の方がふるふると震え始め、その振動がカウンターまで来た。


 「ねぇ、あんた。さっき笑った奴らの顔見てない?」


 「た、多分あいつだと思いますけど……」


 俺が指差したのは蛙の顔をしている男だ。随分と酔っ払っているようで顔を赤くして、長い舌を垂らしている。


 「そう、分かったわ」


 そういうとアスモデウスは蛙の悪魔の方をおぼつかない足取りで歩いていく。


 そして。


 「てめぇ良くもあたしのことを馬鹿にしてくれたわねっ!」


 行き成り蛙の悪魔の首を掴みそのまま宙に浮かべる。


 「そのポークビッみたいなおちんちん引っこ抜いて豆みたいな金玉噛み千切ってやるから覚悟しなさいっ!」


 「ひえぇっ! 誰かこのクソオカマを止めてくれっ!」


 二人の揉め事に周りの客達はうきうきで野次を飛ばし、バーはまるでプロレスの試合会場の様な雰囲気になっていた。


 「……止めなくていいんですか?」


 「ああほっとけ。あいつは自分が貶されるのが一番嫌いなんだ」


 「マスター、楽しくなるってのは……」


 「楽しいだろ? 生で悪魔同士の殺し合いが見れるんだぞ?」


 「別に見たくはないんですけど……」


 俺が呆れの目で見ていると、アスモデウスがしっかりホールドを固めているところが見えた。


 蛙の悪魔が潰れた蛙のような鳴き声で叫び、外野の悪魔達も野次を飛ばす。



 ……………俺もう帰っていいかな?

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