灰かぶりの幼女
「……アスモデウスさん。ちょっとこっち着て下さい」
カウンターから顔を上げた俺はニヤケ面のアスモデウスを呼ぶ。額がジリジリと鈍い熱を帯びているが今はそんなの関係ない。
こちらへ着たアスモデウスは背もたれのない椅子の代わりに俺の背中にくっつき後ろから両腕を伸ばす。ゴツゴツした腕と身体が密着して気持ち悪いが今はそんなのどうでもいい。
「なんなんですかこのお題は」
俺は振り返ることなく、正面にある酒棚の瓶に反射しているオカマの顔を見ながら問う。瓶の反射もあって歪んで見えるオカマの唇が一段と大きく歪んでから。
「なんなんですかって言われてもさっきミカちゃんが説明した通りよぉ。BARって崇ちゃんが想像しているものとは違って大人の出会い場でもあるの。あんな可愛い女の子が居るんだったら口説かなきゃ男が廃るってもんよ」
まずオカマに女を口説くだとか男が廃るとか言われるのはどうなんだという点はひとまず置いておいて、BARがそういう場でもあることは納得がいく。俺が知っている場所が異常なだけであって本来のBARという場所は落ち着いた見た目も心も大人な人間が通う場所なのだ。そこでちょっとした男女の出会いなんかもあるのだろう。
だが行き成り口説いてホテルに誘うってのも突飛な話だよなぁ。
「なぁにさっきからウジウジしちゃって。あっ! もしかしてウジウジじゃなくて緊張でガチガチなの? それじゃああたしが色々解してあげるわよ? ほら、何かと先走ったらよくないし」
何を言っているのか到底理解出来ないし皆目検討もつかないがとりあえず「違います」と言う。
するとアスモデウスはがっかりしたと言わんばかりに盛大なため息をついた。
「……崇ちゃん、ミカちゃんの顔を見なさい」
そう言うと背中から重りが外れ、クルリと椅子を反転させられた。開けた前方に居るミカは桃色に染まった頬に白く小さい手を当てて冷やしている。
一見はただ恥ずかしくて照れているだけだ。何故、奴はミカを見ろと言ったのだろうか?
という旨を込めた視線でアスモデウスの方に顔をやる。すると彼はやれやれと言わんばかりに肩を大きく透かしてから。
「本当は別のお題だったけど急遽変更したのよ。それを提案したのは私。そして『決めた』のはミカちゃん。……この意味分かるかしらぁ?」
俺はこの言葉を聞いた時、やっと奴の真意に気がついた。そして今まで気がつかなかった俺の間抜けさに呆れて息を吐く。
天使という種族はこの世を創った神こそが絶対的な存在であり正義だ。神の一声が真理であり神の指示が正解なのだと思っている。ミカもその内の一人だった。
だがしかし、ミカはマスターに打ち負かされそれが正しいのかどうか分からなくなった。生まれて初めて神に疑問を抱いた。そして彼女はマスターと、何故かは分からないが俺を見て考え方を変えようと決心したみたいだ。自分の考えを持ち、自分の意思で行動しようと。自分の道は自分で拓こうと。
ここで話をお題に移すが。
『今回のお題は多田さんが私の事をナンパして、ほ、ホテルに連れて行くことですっ!』
こんな欲求に塗れたお題をミカが決めたのだ。
例え提案したのがアスモデウスでも最終的に決めたのはミカ。彼女には却下することも出来たしなんなら罵って一瞥することも出来るだろう。
では何故彼女はこのお題を選んだのか。答えは簡単だ。彼女がそれを望んでいるから。
前回の勝負の際、ミカが勝った場合の条件として俺の所有権を頂こうとした。今思えばそれも彼女なりの欲望の出し方だったのだと思えるが今回は違う。本来の目的にこっそりと忍ばせるだとかはせずに、直球で気持ちをぶつけてきたのだ。
ただ気持ちを伝えるというのは恥ずかしいことで、内容も内容だがそれ以前に天使としてこんなことを言ってしまってもいいのだろうかという葛藤もあったのだろう。だからあんな過度に緊張していたのだ。
けど、それでも彼女は頑張って自分の口で言ったのだ。自分の気持ちを自分の口から自分の言葉で言ったのだ。
俺はもう一度ため息をついて顔を照明で薄暗いオレンジ色に染められたフローリングを眺めた。
アスモデウスはこれらのことを全て見通していたのだ。そして俺は気づけなかった。ミカのことを色々知っていたにも関わらずだ。
奴と俺との力量の差を思い知らされて自分が情けなくなる。そして思い知らされた。普段はふざけた奴だがそれでも悪魔の中でも最高位の存在なんだと。まぁ下ネタ言い振らすオカマを尊敬するかしないかは別の話だが。
「……アスモデウスさん。何かお勧めの酒を二つお願いします」
俺は顔を上げて注文をする。アスモデウスは何も言わなかったが何処か嬉しそうな顔で頷き、カウンターへと回った。
俺は立ち上がり、灰かぶりの幼女へと歩み始める。
「ミカ、その、なんだ。色々あるけどとりあえず一緒に飲もうか」
「は、はい……っ! お願いします……」
差し出した俺の手のひらに白い花弁がひらりと舞い降りて添えられる。花弁が剥がれ丸見えになった果実の色は相変わらず艶やかな赤色だった。そんな愛らしい彼女の手を引いて俺はカウンターへと戻る。
舞台と役者は揃った。後は普通に、俺らしく物語りを進めるだけだ。




