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バイト先で金髪悪魔幼女とかを相手している俺ですが、それでも普通な人生を過ごしたい  作者: 天近嘉人
BAR『DEVIL』主催ドキドキ肝試し大会

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BAR『アスモデウス』

 ミカに押し込まれて入ってしまった『淫魔の間マークⅡ』目の前に飛び込んできた景色、それに俺は唖然というより困惑したという方が正しいだろう。


 薄暗いオレンジ色の照明。カウンターと背もたれのない丸イスが二つ。そしてカウンターの奥には幾つかの酒瓶が棚に陳列されていた。


 この景色と雰囲気を俺はよく知っている。まぁ俺が知っているのはこれよりもっと下品な場所だが。


 「はあーいっ崇ちゃんいらっしゃーいっ!」


 カウンター越しからひょっこりと姿を現したアスモデウスは先ほどの下ネタ紛いの装飾を脱ぎ捨て、今度はバーテンダーらしいベストと赤い蝶ネクタイを締めている。ガタイがいいからか中々様になっているのがムカつく。


 「さぁさぁ座りなさいな。何飲むぅ? 『金色のアバー茶』? 『真夏のアイスティーサワー』? それとも白濁の……」


 「あ、結構なんで」


 俺はきっぱりと断った後、全力でアスモデウスを睨み付けた。少しでも格好いいとか似合っているとか思ってしまった自分をぶん殴りたい。


 「あらそう。折角朝から仕込(シコシコ)んでいたのに……残念ね」


 アスモデウスは右手で輪を作り、それを上下に動かしながら残念そうな顔をしている。おい、妙な手つきと誤解を招くような言い方止めろ。後朝から仕込んでたのかよ、もっと時間を有効に使えよ。


 くそっまずいな、この間に着いてから完全にペースをアスモデウスに握られている。このままだと怒涛の下ネタ攻撃で精神がおかしくなりそうだ。


 となれば。


 「アスモデウスさん、この間のクリア条件ってのは……」


 俺は自分から本題を切り出しこの何言っても許されるなんてクソみたいな空気を一旦止める。本題をクリアしてとっとと脱出しよう。


 「そうね。時間も押してるみたいだしそろそろ始めましょうか。……それじゃあミカちゃん、説明お願いね」


 「はい、分かりました」


 何故か自分の口からは語らず、ミカに説明を任せるよう頼んだアスモデウス。しかし、紫色の分厚い唇が微かに上がったのを俺は見逃さなかった。


 「淫魔の間マークⅡのクリア条件。それは……」


 ミカが条件を言おうとしたところで唇を紡いだ。ここで俺の嫌な予感レーダーが反応しレベル一の警報を流す。


 嫌な予感レーダーと観測者多田はそのまま静止しミカの言葉を待つが彼女は肝心な内容を話さない。それどころか様子も変わり始めて行儀良く下腹部に添えられた両手を揉んだり摩ったりと挙動が怪しくなってきた。


 「……今回のお題って大丈夫なんですか? ちゃんと健全なお題なんでしょうね?」


 「ええ、大丈夫よ。問題ないわ」


 ワザとらしく凛々しい表情を作るアスモデウス。これは警報のレベルを二に引き上げだな。


 「あの、ええっと、くりあ条件は……んっ」


 アスモデウスとは対照的に桜の花びらのように薄いピンク色をした唇を内側に入れもどかしそうなミカ。自然と頬が紅潮していき鼻息も荒くなってきた。


 「いやこれ絶対大丈夫じゃないですよね? あんた一体何吹き込んだんだ?」


 警報のレベルが三段階に達した所で流石にまずいと思い再度アスモデウスに問う。


 「だから大丈夫だって言ってるじゃない。いい崇ちゃん。今回のお題はミカちゃんにとって凄く大事な事なの。しっかり見届けましょう」


 オカマらしくない真面目な口調で言われ思わず俺も言葉を紡いだ。


 ミカにとって非常に重要な事とは一体どういうことで何を指すのだろうか。姉であるマスターが絡んでいるのか、それとも……。


 「んふぅ……はぁっあっ」


 しかしアスモデウスの言葉の真意を考えている暇はなく、完全に言葉を喉に詰まらせたミカが短く息を切らしながら金魚が水槽中の酸素を求めるように口をパクパクと開く。お淑やかで綺麗な瞳は飛び出るのではないかというくらいに瞼が見開かれ女の子が人前で晒してはいけない顔をしている。


「ミカちゃん大丈夫よ。リラックスしてぇ」


 流石のアスモデウスもまずいと思ったのかカウンターから出てミカの方に向かう。そして彼女の後ろに回りか細い両肩にゴツゴツとした両手を添えた。


 「落ち着いて深呼吸よ。ほら、ひっひっふー」


 「ふぁ、ふぁい……ひっひっふー……ひっひっふー」


 それ深呼吸じゃないんだよなぁ……とツッコミを入れようと思ったがミカが落ち着きを取り戻した様子でホッと胸を撫で下ろす。


 さて、ミカがひとまず落ち着いたところで思考をこの間のクリア条件に戻そうか。


 この部屋に入る直前、そして今のミカの態度の変貌を見る限りお題にはミカも参加するであろうことが大方予想がつく。


 問題はここからなのだが語り部がアスモデウスだということだ。あいつの思考回路は脳内お花畑とかそんなほんわかした感じではなくどうしようもなく下らない下ネタで一色だ。


 そんな奴が提示するお題も恐らく禄でもないものだろうとは予想がつく。しかし肝心の内容までは普通の考え方しか持ち合わせていない、いや、普通だからこそ正常な思考を持っている俺には分からなかった。


 果たしてあのクソオカマは一体何を考えているのだろうか……。


 「……大分落ち着いてきたわね。さぁミカちゃん。今度こそ緊張しないで頑張って言うのよ。女は度胸! 試してガッタイなんだからっ!」


 「はっはいっ! 分かりました。頑張りますっ!」


 アスモデウスの訳の分からない励ましにミカは意を決したのか胸元で両拳を固く握り締めた。


 ミカが決意を灯した瞳で俺を見据える。俺も黙って彼女の言葉を待つことにした。


 そして。


 「多田さん。今回のお題ですが、それは……」


 またしても言葉が詰まりミカは目を俯かせる。だがそれも瞬時のことで。



 「今回のお題は多田さんが私の事をナンパして、ほ、ホテルに連れて行くことですっ!」





 ガシャン。


 脳内でピアノの鍵盤を思い切り叩いたような不協和音で五月蝿い音が鳴り響き、俺はその音に驚いてしまって額をカウンターに打ち付けた。

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