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バイト先で金髪悪魔幼女とかを相手している俺ですが、それでも普通な人生を過ごしたい  作者: 天近嘉人
BAR『DEVIL』主催ドキドキ肝試し大会

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淫魔の間

 俺はミカの後ろを歩き、楽園の跡地に入る。


 以前ここに着た時は白熱灯が室内を照らしまるでライトノベルで流行りの『真っ白な空間』と形容したが今はその間逆、灯りが一つも照らされておらず目を閉じていても変わらない闇がどこまでも広がっている。白装束のミカも黒に紛れどこにいるのかも分からなくなってしまった。


 仕方なくスマホのライト機能を使い周りを照らそうとポケットに手を突っ込んだ所で。


 「あっ?」


 突然、半袖の俺の腕に冷たい何かが当たる感触が伝わる。


 それは段々と下に下がっていきポケットに突っ込んだ手を掴んだ。そして指と指の間を縫うように絡まり解けないようしっかりと掴む。伝わってくる感触からして誰かが俺の手を握っているようだ。


 俺の手を握っている手は小さく、それでいて少し冷たい。肝試しで真っ暗闇、しかも一人となるともしかして幽霊が……。


 「……ミカ、何してんの?」


 と、なるはずもなく俺は姿が見えないミカに言った。


 「私は案内役ですから、多田さんが迷わないようしっかりとサポートしなくてはいけませんので」


 俺の隣から聞こえてきた返答とともに「ふふっこれはとんだ役得ですね」と暗闇が独り言を呟いた。


 迷わない為にライト点けようとしたんだけどなぁ……つかミカこそキャラが迷子なんじゃないの? ちょっとアホの娘脳入ってるんですけど。どこぞの軍服バカ入ってるんですけど。


 面倒くさいのでツッコむのは止めておいてそのままミカに連れられ歩いていると目の前に灯りが見えてくる。その灯りは壁に掛けられている蝋燭の火からなる光で、白く緑がかったその炎は肝試しらしく不気味だった。


 不穏さを残すその火に照らされて見えるのは一つのドア、そのドアには張り紙が貼っており達筆の文字で『淫魔の間』と書かれてあった。


 俺が怪訝な顔をしていると隣にいたミカが腕から離れドアの前に立つ。


 「ご説明をするのが遅れましたが今回の肝試しには四つの間があり、各間に配置されてる『語り部』からの条件をクリアしなくてはいけません」


 なんだかまたややこしい設定が増えてしまった。俺はただあの幽霊を成仏させて欲しいだけなのだが。つか俺は肝試しにきたんだよな? なんだこの一昔前のバトル漫画みたいな展開は。


 まぁ、これ以上ツッコミを入れると面倒くさいので俺は黙ってミカの説明を聞くことしした。するとミカは右手を水平に伸ばし、張り紙を指して。


 「こちらの淫間の間、語り部は美しくも愛に溺れた悲しい女性です。……では御武運をお祈りしています」


 そう言ってからミカは下腹部に両手を添えて頭を下げる。どうやらここからは俺一人で行かなくてはいけないらしい。つか御武運をって俺は本当戦いにでもいくのかよ。


 ため息が闇に飲まれた後で、帰りたがっている両足を前に踏み出し俺は扉を潜った。




 中に入ると先程壁にかかっていた蝋燭が肩幅程の間隔で並べられており、一本の道になっている。


 そして道の最奥には一人の影がゆらゆら蠢いているのが見えた。恐らくあれがこの間の語り部なのだろう。


 最初淫魔の間と書いてあったのでてっきりあのクソオカマだと思っていたがミカは女性だと説明していた。


 となれば俺が知っている中で当てはまる悪魔は一人しかいない。


 ゆらゆらと揺れる影と大きな双丘、間違いなく彼女なのだが俺はそんな影にある疑心を抱く。


 揺れる影、あれは怖さを演出する為ではなく本当に足が覚束なくて千鳥足なのではないのだろうか。例えるならそう、いつもバイトで嫌というほど見ている酔っ払いのような……。


 「たださぁーん、もうっ遅いじゃないですかぁ」


 不気味な色を放つ蝋燭に照らせれ姿を現したムウマはやはり酔っ払いでミカと同じ白装束の衣装をまとっているが帯を床に這わせ、男を魅了させるその上半身が露出している。因みに丘の山頂からはしっかり隠れていました。


 「えへへ、私ずっと待ってたんですよぉ」


 ムウマは俺の肩に両手を置いて虚ろな瞳で此方を見ながら言った。


 「あの、ムウマさん。一旦離して下さい。そして早く家に帰って下さい」


 「んふふーっだーめっ」


 ムウマは不意に俺の肩を押し身体を俺に預ける。突然のことに対応出来なかった俺は後ろから床に倒れこんだ。


 覆いかぶさるムウマ。体温の温もりと柔肌の心地よい感触、まるで羽毛布団に包まったようだ。


 昨今流行のラブコメ系と呼ばれる字面こそ爽やかなイメージだが内容と描写は思春期男子に劣情を抱かせ放題の漫画、ライトノベルの主人公がこのような展開に陥った時焦った振りをしながらも内心抱き心地とか「あ、女の子の良い匂いがする」等と下心満載の感想を言って思春期男子の色々な肉体的機能を刺激するのだろう。


 だが。


 「……あの、酒臭いんでどいてくれませんか?」


 俺は冷静に、そして心底嫌そうな表情を作ってから言った。


 どんな可愛い女の子でも、美人さんでも酒を大量に飲めば酒臭くなるものなのだ。しかもこの展開はもう三度目くらいなので正直慣れた。


 大体女の子の良い匂いってなんだよ。同じ人間なんだから匂いもなにも変わらないだろうが。


 そういうもんは大抵制汗剤とか洗濯剤、柔軟剤の匂いなので薬局に行けば幾らでも堪能出来るぞ。学生や実家暮らしの男子だったら母親のシャンプーをこっそり使ってみるといい。そうすれば今日から君も可愛い女の子の匂いを振りまけられるのだ。……君達の母親が可愛い女の子や美人に分類されるかは知らないが。


 「もう、つれないこと言わないで下さいよぉ。久しぶりに人肌を感じたかったんだから」


 酒臭いが艶やかで張りのあるまるで新鮮な果実のような唇から甘い言葉を漏らしてからムウマが身体を密着させ、俺の顎下から首の間に顔をうずくませる。部屋の外から乱暴なノックの音が聞こえるが泥酔状態の彼女には聞こえていないようだ。


 「さぁて、今日はいっぱい精気を絞ってあげますからねぇ」


 大蛇が獲物を捕らえたかのように、その魅惑の肢体を俺の体に絡み付かせがっちりとホールドする。そして右手をスルスルと下に忍ばせ始めた。


 このままだとムウマに精気を絞り取られて死ぬ、締め付けの圧迫で死ぬ、怒っているミカによって天に召される=死ぬというシナリオしか浮かばない。


 俺は唯一身動きの取れる脳みそで必死に打開策を考える。力で無理なら言葉、つまり説得をして止める必要がある。しかし相手は泥酔状態で最早聞く耳を持たない。


 何か彼女を説得、彼女に届くような強い言葉があれば……。


 そう思っていたとき、俺の脳裏にある人物の顔、そしてその人物特有の笑い声が浮かんだ。


 「……こんなことしていいんですか? 国ヶ咲が泣いちゃいますよ」


 その人物とはムウマの恋人である国ヶ咲である。今俺に取り憑いている幽霊とは違う種類のクソオタク国ヶ咲君である。


 流石に彼氏の名前を呟かれて動きを止めたムウマ。彼女は理由はどうであれ国ヶ咲を愛しているのだ。こんな浮気紛いのこと止めてくれるだろう。


 思惑通り、ムウマは俺を開放して立ち上がった。俺も立ち上がってから部屋を出ようとする。初っ端から訳が分からなかったがこれで淫魔の間はクリアでいいだろう。さて、ミカに上手いこと言い訳を考えないとな。


 「多田さん」


 ムウマが俺を呼び止めるため名前を呼んだ。まだなんかあんのかよ面倒くさいなぁ。


 「……なんですか、酔っ払って部屋から出られないんなら肩くらい持ちますけど――」


 俺が後ろを振り返りながら言った瞬間、渾身の右フックが俺の頬に直撃し、視界が九十度曲がった。


 痛みより、最初に湧いてきた疑問と困惑に立ち往生しているとムウマは露出した両肩をワナワナと震わせてから。


 「……なんで、なんで今あんなクズ男の名前出すんですかっこのばかぁっ!!」

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