にゃんにゃんベリルの悪巧み
俺がクソ幽霊とにゃんにゃん戦記クロニクルに取り憑かれて二週間目、俺は今日もバイトをしている。
部屋から逃げ出した日以来、何故か幽霊は姿を現さなくなり俺がにゃんにゃん戦記クロニクルをプレイすることもなくなった。
本当にあの幽霊は何がしたかったのか分からないがこれでようやくあのクソゲームから開放されたのだ。課金に費やしてしまった金は戻らないがまた一から地道に貯めていこう。
しかし俺はなんであんなゲームにハマってしまったのだろうか。いかにもオタクに媚を売ったキャラデザと中身のないストーリー、後にゃんにゃんしようの意味が未だに分からないし。
まぁ後悔などしても仕方がない。ここ二週間あったことは忘れて普通に、無難にこれからを過ごしていこう。
そう思いながら俺はシェーカーを振りカクテルを作っているとマスターがチラリと俺を見た。何故だか今日のマスターは俺と距離を置いている気がする。俺は何か悪いことでもしただろうか?
「あのマスター。さっきから何ですか? 俺の顔になんか付いてます?」
気になったので聞いてみるとマスターは顎に手を添えて俺を見上げながら。
「確かに付いているな。顔ではなく頭にだが……」
「え? 頭?」
埃でも付いていたのだろうか。頭の方に手を伸ばしてみる。すると何か髪の毛ではない毛の感触を感じる。それを触ってみれば三角形の形をしているようだ。三角で毛が生えていて頭に付いてるものってもしや……。
慌てて頭からそれを外し見てみると。
「うげぇ……」
俺の悪い予感が的中し頭に付いていたのは猫耳だった。それも百均で売っているような安物ではなくしっかりとした作りの物。
「俺何時からこんなの付けてた……って気づいてたなら早く言って下さいよ!」
猫耳を床に投げつけてマスターに言う。
「てっきり無個性な自分のキャラを立たせるためにやっていたと思ったのだが違うのか。まぁ君のような特に印象がない男が猫耳を付けてもただの変態にしか見えんがな」
そう言うとマスターが俺が投げ捨てた猫耳をおもむろに拾い上げる。
「本来この手のアイテムは可愛い女が付けるから映えるというものだ。ほらどうだ? 私が付ければ可愛さ二割り増しだろ?」
猫耳を装着したマスターが両手を顔辺りまで持ってきて猫の手を作りあざとくウィンクなんかしながらチロリと舌を出す。毎回思うのだが私可愛いだろアピールを俺にされても困るのだが。初対面ならいざ知らずバイトを始めて約五ヶ月ほぼ毎日顔を見合わせてるんだぞ。その猫の手もファイティングポーズにしか見えないから。
俺の心の中の声が顔で表現されていたのか、マスターは少しばかり不機嫌そうな顔で猫耳を外した。
「それにしても多田君。猫耳なんか付け始めて最近飼い始めた猫がそんなに可愛いのかね?」
「え? 俺猫なんて飼ってませんけど……」
唐突に出た話題に俺の頭の上にハテナが浮かぶ。それはマスターも同じだったようで顎に手を添えたまま小首を傾げる。
「はて、最近結にゃんがどうだとか、にゃんにゃんがなんだとかを一人でブツブツ呟いていたものだからてっきり猫を飼い始めたと思っていたのだが」
その言葉を受けて俺は両手で口を覆った。くそっバイト中に俺はそんなこと言ってたのかよ。
俺のリアクションに何か感づいたのかマスターがニヤリと笑ってから。
「多田君。まさか化け猫にでも取り憑かれたんじゃあないだろうな?」
恐らく冗談で言ったであろうその言葉が俺の確信を突き、俺の心臓に突き刺さる。腹に思い切り正拳突きを喰らったような感覚で言葉が詰まり、クーラーで適切な温度を保っているにも関わらず汗がダラダラと流れる。
そんな俺の異様な態度にマスターは少し驚きながらもまたいつもの不敵な表情に戻る。
「ふむ、バイトが終わったら少し残りたまえ。話を聞こうじゃあないか」
閉店したバー『DEVIL』には俺とマスター二人だけが残る。
俺はここ最近起こっている出来事を全て話した。変な幽霊が度々現れること、そいつがにゃんにゃん戦記クロニクルを俺に勧めてくること。記憶を無くし気がつけば俺がゲームをプレイしていいること。そして俺がハマりかけていること。
「ふむ、それはまた厄介……いや、面白いことに巻き込まれているな」
カウンターに肘をつき頬杖をしながらマスターが言った。言い直すならせめて本心を訂正しろよ。
「勝手に俺の金を使うし困ってるんですよ。つかそもそも幽霊ってなんなんですか? 魂とか何とかがまた関係してたりするんですか?」
「本来この世の生物が死ぬと魂が肉体から抜ける。それを回収するのが私達悪魔やクソッタレ天使共なんだ。それは君も知っているだろ?」
マスターの問いかけに俺は首を頷いて応じる。
「魂には基本意識も意志もないので頭の悪い悪魔でも簡単に捕まえることが出来る。しかし例外もあってだな。生前、もしくは死ぬ直前に何か強い信念や深い後悔を持っているとそれが具現化するんだ。それが所謂幽霊の正体だ」
「幽霊の仕組みは分かりましたけど話の通りだったら幽霊も魂と同じなんですよね? それだったら悪魔なり天使なりが早く回収すればいいじゃないですか」
「そこが難しいのだよ。幽霊となった魂には普通の人間のように思考が芽生える。考えてみたまえ、死んだ途端に悪魔が来てこれから地獄に連れて行くと聞いて素直に従う人間がいるか?」
確かに従う奴なんていなさそうだ。それもこの世に未練があるのなら尚更のこと。
「大抵の下級悪魔や天使は幽霊を捕まえることが出来ず、こうして人間界に野放しになっている。悪霊や地縛霊と呼ばれているのがその類だな。まぁ私なら力づくで回収するのだが」
そう言ってマスターは何処か自慢げに鼻を鳴らした。
幽霊の仕組みは取り合えず分かった。話通りならあの幽霊も何か未練があるということになる。
何があったかは分からないがあの黒髪に隠れている顔にはきっと強い意志と決意で満ち溢れているのだろう。何か俺が手助け出来るようなことはあるだろうか。柄にもなくそう思ってしまった、が。
「……力づくで回収出来るんですよね? じゃあさっさと回収して欲しいんですけど」
そう、思った。思ってしまっただけだから。実際は早く成仏しろよクソオタク幽霊がとしか思ってないから。
俺がお願いしてみるとマスターは目を閉じて暫し考え込む。そして。
「駄目だ」
きっぱりと三文字で断られてしまった。なんでだ? 誠意が足りなかったのか? それじゃあ土下座の一つでもするか。ほら、俺ゲームのキャラにも土下座出来る男だからいつでも地面に這い蹲れるぞ?
「なんで駄目なんですか?」
土下座する出来る気持ちはあるがマスターにそれをやるととんでもない事になりそうなので断る理由を尋ねることにする。
「私クラスの悪魔がそんな安い仕事を引き受ける訳がないだろう。それに君の願いを素直に受け入れるのも癪に障るからな」
何処か拗ねるように、それでいてプライドを持ちつつマスターはそう言い切る。ほんとプライドだけは高いな。もっと高くしなきゃいけない所があるだろ、身長とか。
心の中で思っていた皮肉がバレたのかマスターがムスっとした表情で俺を見てから。
「……多田君、君最近何かと調子に乗っているようだが忘れた訳ではないだろうな? 君の命は私の手の中にあるんだ。その気になれば今ここで矮小で羽虫のような君の命を握りつぶしてもいいんだぞ?」
マスターは小さな手のひらを俺の方に伸ばしてから俺の目の前でそれを思い切り閉じ、握りこぶしを作る。俺はそれに反論することが出来ず、ただ生唾を飲み込んだ。
俺が怖気づいたのを見て満足したマスターは一瞥するように鼻を鳴らして。
「まぁ、安心したまえ。今回だけ特別にその幽霊を回収してやろうじゃあないか。これ以上取り憑かれるとバイトに支障が出るかもしれないからな」
「え? いいんですか?」
「ああ。今妙案が浮かんだからな……その幽霊と調子に乗っている多田君両方を懲らしめるとても素晴らしい案が」
外ではもう朝日が昇っているのか、薄っすらと明るくなったバーでマスターの蒼い瞳が輝いた。これは希望に満ちたとかそんな肯定的な表現ではない。もっと適切で分かりやすく例えるとすればあれだ。
クソガキが悪巧みを閃いたときの目と同じ輝きをしていました。




