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バイト先で金髪悪魔幼女とかを相手している俺ですが、それでも普通な人生を過ごしたい  作者: 天近嘉人
BAR『DEVIL』主催ドキドキ肝試し大会

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結にゃんと僕と、時々、幽霊

 一日の始まりを告げる朝日が昇り始めたころ、俺はようやく自分の家に帰ることが出来た。早速歯を磨いてから寝巻きのジャージとTシャツに着替え布団に潜る。


 今日も今日とて疲れた。チョビ髭を生やしツバの長いハットを被ったメキシカン風の悪魔三人組が来店し一晩中ギターとマラカスで演奏やがったのだ。マスターも止めないし回りの悪魔共もその演奏にノリノリで暴れまくり挙句の果てには俺の取り押さえて口の中に激辛タバスコを流し込みやがった。


 お陰で俺の唇は明太子のように赤く腫れあがり声も某伝説的プロレスラーみたくガラガラだ。あいつら今度会った時覚えてろよ。お前らが持ってた楽器全部壊してやるからな。


 腫れて言葉にすることが出来ないので心の中でそう誓いながら俺はスマホを取り出す。大学はまだ休みなのだが明日も当然の如くバイトがある。きっちり八時間睡眠を取るべく予め決めてあるアラームをセットしようと思ったのだ。


 まだヒリつく唇を押さえながら携帯の画面を開く。いつもなら大学の奴らからメッセージが着ていたりする筈なのだが今表示されているのはそうではなくてあるアプリの通知で画面が埋め尽くされていた。


 『スタミナが全回復しました』や『ドロップ率二倍!』等という文章からこれがゲームアプリの通知だと推測出来るが俺は必要最低限のアプリしかインストールしないしそもそもスマホでゲームをやる程暇な人間ではない。


 一体何のアプリなのか気になるがもしかしたらウイルスアプリかもしれないので軽々起動も出来ない。どうしたものか。


 アプリの通知というのは内容とそれが何のアプリかを示すアイコンが表示されるのだ。そのアイコンを見れば何のアプリか分かるかもしれない。


 そう思い改めてスマホを見ると。


 「あ?」


 タバスコで喉がやられているため、田舎のヤンキーが威嚇するときに使うような疑問符が俺の口から出た。


 ゲームのアイコンに限らず広告は何でもそうだが男より女の方が映える。このアプリのアイコンも女の子なのはまぁ理解出来る。


 しかし問題は女の子が猫耳を生やしてウィンクしているのだ。そしてこのキャラ、何処か見覚えがあるような……。


 まさかとは思いスマホのホーム画面を開く、すると。


 「……なんで入ってるんだよ」


 メール、ライン、マップと俺が並べたアプリの一番下に例の『にゃんにゃん戦記クロニクル』が当然のように並んでいた。


 俺は速攻それをアンインストールし布団を頭から被る。


 一体、いつ何処で誰かインストールしたんだ? バイト中もズボンのポケットに入れてあったので誰にも触ることが出来ない筈なのだが。


 「……あ、ああ……」

 

 「どわっ!」


 不意に耳元で呻り声が聞こえ思わず布団から飛び出る。


 「……折角まゆにゃんのプラチナレア当てたのに……」


 表情こそ髪に隠れて見えないががっくりと肩を落とし落ち込んでいる幽霊。


 「お前どうやって俺の携帯使ってたんだよ」


 「……でもいいんだ。データ引継ぎ番号控えておいたし。ふふっまゆにゃん良き」


 俺の問いかけを無視して幽霊はまたもや背景に溶け込み姿を消した。


 くそ、本当何なんだあの幽霊は。


 俺は取り合えず携帯を勝手に使われないようにロック機能を登録してから乱れた布団を直し寝ようと思ったが消え去った幽霊が残していった不穏な空気の中、寝付くことが出来なかった。


 

 おかしな幽霊を見るようになってから一週間が経過し、俺の体にも異変が生じるようになってきた。


 日中やバイト終わりの帰路で意識が断片的になくなるのだ。そして気がつけば……。


 「ご主人様ぁ……早く私とにゃんにゃんしようにゃぁ……」


 俺が横持ちにしていたスマホの画面内で猫耳をつけた女の子が甘い声と頬けた顔でこちらを覗いている。


 くそ、またこれだ。どうやら意識がない間、俺はにゃんにゃん戦記クロニクルをやっているらしいのだ。


 ゲーム画面左上にある俺のレベルは今百五十レベル、一週間でこれだけレベルが高いのはスマホゲームに疎い俺でも異常だと分かる。


 更におかしいのは画面右上に表示されているアイテムの個数だ。


 猫宝石(キャットジュエル)と呼ばれるこのアイテムはキャラクターを手に入れる為のガチャに必要だったりゲームオーバー時にそこからやり直せたりスタミナ回復に使用したりと用途は様々なのだが今俺が持っている猫宝石の数、五万。


 通常、猫宝石はゲームのログイン時かストーリーを進めなくては手に入らない。しかも貰える数なんて二桁単位なので俺が保持している数は明らかにおかしい。


 となると短時間でこれだけの猫宝石を集める方法は一つしかなく。


 俺は立ち上がってゴミ箱に向かい、漁ってみる。すると一番奥底にまるで隠していたかのように大量のギフトカードの束がコンビニの袋に包まれて眠っていた。


 「おい幽霊。これはどういうことだ」


 俺はその袋を持ったまま姿が見えない幽霊に話しかける。


 「……だって限定浴衣ガチャが……」


 毎度の如く背後から聞こえる声に振り向けば幽霊がバツが悪そうな態度でソファーに座り込んでいた。


 「いや、浴衣ガチャとかどうでもいいから。これ俺の金勝手に使って課金したよな? ふざけんな金返せ」


 「……でも限定浴衣まゆにゃん可愛いでしょ?」


 「話を逸らすな。俺がどれだけ苦労して稼いだ金だと思ってんだこのクソオタ幽霊が! ……まぁ、まゆにゃんが可愛いのは認めるが……」


 俺は咄嗟に口を押さえる。何変なこと口走ってんだ俺は。こんな明らかにオタクに媚びたキャラを可愛いとか思うわけないだろ。


 俺の反応を見た幽霊が薄っすら見えている精気のない唇を上げる。


 「……君も段々分かってきたじゃないか。限定まゆにゃん、良き」


 そう言い残しソファーに溶け込むように消える幽霊。俺は漁って散らかったゴミを整理してからソファーに座り息をつく。


 今までは放っておいたが本格的にまずいかもしれない。お祓いとかいくべきか。


 何かと対策案を考えたが妙案は思いつくことが出来ず、休憩がてらスタミナ消費をしようと思い俺はにゃんにゃん戦記クロニクルを起動した。



 クソオタク幽霊に取り憑かれて十日目、今日も馬車馬のように働かされたが俺の足取りは軽い。


 何故ならバイト前日に引いたガチャで遂に俺の推しキャラ『結にゃん』を手に入れることが出来たからだ。


 二日前から始まった結にゃんピックアップガチャ、通常のプラチナレアの結にゃんに加えて過去のイベントガチャでもう入手不可能だった限定結にゃんもゲット出来るのだ。


 添い寝パジャマ結にゃん、バレンタイン結にゃん。欲しい結にゃんは沢山あったが俺は普通のプレミアレア結にゃんが欲しかった。


 しかしプレミアレアが出る可能性は僅か三パーセント、しかも他のキャラのプレミアレアも含まれているので結にゃんを引く確率はアイニィが九九の段を噛まずに全て言えるようになる位可能性は低い。因みにあいつは三の段で絶対噛む。


 それほど可能性が低い中俺は引き当てたのだ。これはもう運命としか形容が出来ない。俺と結にゃんは運命の赤い糸に結ばれているのだ。


 スキップをしながら家に帰ってソファーに座りゲームを起動する。


 「もう、ご主人様ったらこんなに結のこと無視しちゃうなんて。怒っちゃうよプンプンっ」


 画面にいる俺の嫁が頬を膨らましながら怒っている。にゃんにゃん戦記クロニクルがゲーム内の時間がリアルとリンクしており、こうして数時間ゲームを起動していないとキャラが怒ったり拗ねたりしてしまうのだ。


 「ごねんね、今日もバイトが忙しくてさ」


 俺はスマホを一旦置いて、ソファーの上で土下座して結にゃんに謝る。


 すると俺の謝罪が通じたのか彼女はチラッと俺の方を向いてから。


 「……謝ってくれるなら許してあげる。今日だけ特別だよ。その変わり会えなかったぶんいーっぱいにゃんにゃんしてよねっ」


 「ありがとうございますっ! いっぱいにゃんにゃんしますっ!」


 俺は感謝の意を示すべく結にゃんに頭を下げまくる。やっぱ俺の嫁は最高だなっ! 金髪で小柄ってところが誰かさんと被るが結にゃんは長髪で清楚な感じでしっかり者のイメージだけどおっちょこちょいで実は甘えたがりなところとかマジで最高。ほんと、どっかの誰かさんとは大違いだっ!


 「……ねぇ、まゆにゃんはどうしたの?」


 ひとしきり頭を下げ終わり結にゃんのレベルを上げようと思ったところで幽霊が現れ、拗ねた口調で俺に言った。


 「うるさいなぁ。俺は嫁を愛でるのに忙しいの。後で貸してやるから黙ってろよ」


 「……分かった。暫く黙ってるけどさぁ。絶対貸してね? 約束だよ?」


 「はいはい、分かってるよ」


 うっとおしいんだよこの幽霊。結にゃんボイスを楽しめないだろうが。


 「……でもさ、まさか君がここまでハマるとは思ってなかったよ。課金も沢山してくれたし嬉しいな」


 俺の隣に座ってゲーム画面を見ながら幽霊が呟いた。その髪視界にちらついて邪魔なんですけど。


 けどまぁ……。


 「……俺が結にゃんに出会えたのもお前のお陰だしな。そこは感謝してるよ。ありがとう」


 敵を両手の爪で必死に引っ掻き攻撃をしている結にゃんを見守りながら俺はぶっきらぼうにそう言った。


 「……こっちこそ、こんな素敵な同志に出会えたことに感謝してるよ。でも一番はまゆにゃんだからね」


 「馬鹿、何言ってんだよ。結にゃんが最高だろうが」


 右肘で幽霊を小突き、俺は笑った。突っ込まれた幽霊も何処か恥ずかしそうに笑った。


 ――世界一可愛い嫁に出会えて。推しこそ違えどこんな馬鹿な同志と出会えて。


 ――ああ、やっぱりにゃんにゃん戦記クロニクルって良き……。




 「……って、ちがーうっ!!!」


 我に返った俺は立ち上がりスマホを思い切りソファーに叩きつけた。


 「同志崇……急にどうしたの?」


 幽霊が態度が豹変した俺に怖がりながらも尋ねてくる。


 「違うだろっ! なんで俺がドハマりしてんだよっ! つか下の名前で呼んでんじゃねーよっ!」


 「……なんで怒ってるのか分からないけど落ち着いて。ね? 取り合えず結にゃん見て落ち着こう。ね?」


 オドオドしながら幽霊は俺にスマホを差し出してくる。


 「そうだな。ごめん。取り合えず結にゃんで落ち着こう……ってだから違うってっ!」


 俺は再度スマホを叩きつけ勢いよく玄関から飛び出した。


 くそっ! くそっ! 完全に呪われてるっ! あの幽霊とゲームに呪われてるっ!


 逃げ回るように外を走る俺。朝刊を配っていたおっさんがびっくりしていたがそんなことどうでもよかった。


 早くこの呪縛から抜け出さないと俺は廃人になってしまうっ!


 必死に走り回る俺。それにビビッた小鳥達が一斉に離散していき、清々しい朝の空の一部となった。

結にゃん……投稿日が八月十五日の前日……うっ! 頭が……っ!

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