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ビールの美味しい注ぎ方

 俺はたま子を駅まで送った後、その足でバイト先まで行く。時刻は午後六時、傾いた太陽がオレンジ色に街を染めビルの窓に反射する。


 そんな中、まだ準備中の飲み屋街から漂うご飯の良い匂いを感じながらバーが設置されているビルへと入った。


 「今日もやんなきゃいけないのか……」


 正直、初日の段階で完全にやる気はないのだがそれでも頑張らなくてはならない。今月生活費が無くて死にそう等とほざきながらタバコを吸ったり酒を飲んでいるくそ野郎とは違い俺は本当に死ぬかもしれないのだ。


 俺は店前でふぅーっと深く息を吐き、意を決してドアを開ける。カランコロンとドアに設置されていたベルが安い音を立て俺を招き入れた。


 「おや、今日は少し早いな。やる気があって感心だ」


 マスターであるロリータ悪魔、ベリルがカウンターでグラスを洗っている。


 「まぁ、近くまで来ていたんでね……て、さっき会ったばかりじゃないですか」


 「そういえばそうだったな。……女の子と駅前を歩いているなんて、随分と学生らしいことをするもんだな」


 「あのねマスター、あいつは幼馴染で別に付き合ってる訳じゃないんですよ」


 「ほう、てっきり付き合っているものだと思っていたがね……ほらカップルなんて今時の学生は『普通』なんだろ?」


 普通か、確かに大学に通っていれば彼氏彼女くらい普通だろう。


 しかし、それは違う、やはり悪魔だからか分かっていない。


 「いいですか、俺に彼女なんてものはいらない。寧ろ邪魔なだけです」


 「ほう、普通らしく生きるなんてくだらないことを信条としている君には珍しい意見だ」


 「女なんて存在がストレスの原因なんですよ、例えばメールだって一分おきくらいに来るでしょ? すぐ返さないと機嫌悪くなるし夜遅くに電話の相手もしなくちゃならない。そんなんじゃ自分の時間なんてあったもんじゃない。しかもデートする時だって食事代、さらには機嫌取りのプレゼントもしなくちゃならない、金がいくつあっても足りません。女なんて作るだけで精神と金が磨り減るもの俺の目指す平穏な生活に要らないんです」


 「……君の平穏な生活に対する執念だけは認めるよ」


 「そりゃどうも、全然嬉しくないですけど」


 俺が珍しく力説をしたにも関わらず心底つまらなそうな顔をしているマスター。なので俺は皮肉っぽく適当に返事をしてやった。


 そして。


 「さ、開店の準備にとりかかってくれ。今日は少しばかり忙しくなるぞ」


 俺の力説を無かったかのようにマスターはグラスを拭きながらそんなことを言ってくる……昨日よりも忙しくなるなんて考えたくもないんだが。


 「忙しくなるって、何か特別なことがあるんですか?」


 「まぁな……それは後からのお楽しみというやつだ」



 開店準備を初めて小一時間、日常を優しく照らしていた夕日はすっかり消えうせ夜の時間がやってくる。外は暗転に包まれる中、ビルの一室にあるBARには薄暗い灯りが燈され悪魔達の宴の始まりを伝えた。


 今日もあのクソ悪魔達が馬鹿面下げてわいわいやってくるかと思うと頭痛の種でしかないが、それでもやるしかない。


 頑張れ、俺。


 俺は自分の頬を叩き気合を入れ直す、それをみていたマスターが。


 「なんだ今日は随分と気合が入っているじゃないか……これは今日も楽しくなりそうだな」


 楽しくなる、と言う言葉が何故かしら意味深に聞こえるがこの際無視だ。


 さて、今日もやってやるよちくしょう。


 開店してから幾分が経ち、今日も訳のわからない姿をした客たちが入る。悪い意味で賑やかになってきたな。


 「ぶはーっ! 今日も疲れたなぁっ!」


 「おい兄ちゃん早く注文とってくれよっ!」


 「それ踊れ踊れっ! 今日は宴だっ!」


 くそ、好き放題しやがって。


 俺は握りこぶしを強く握りながらも顔は接客スマイルで。


 「ご注文はいかがなされますか?」


 「何時ものだ、早く持ってこいっ!」


 「何時ものと言われましても……」


 「ビールだよビールっ! ったく使えねぇ店員だぜ」


 先日も着ていた馬面というか顔が馬の客が大きく鼻を鳴らし、ケッと息を漏らした。この野郎……っ! 馬は馬らしく干草でも食ってろ。


 とは言えず、俺はオーダー用紙が破れるのではないかというくらいに注文を書き殴り、カウンターへ戻る。


 「えっとビール一つお願いします」


 「わかった……そこに適当なジョッキとサーバーがあるからついでおいてくれ」


 さ、サーバー?


 俺が辺りを見渡すとそこにはレバーが生えている機械にビールのロゴが描かれていた。普通の友達付き合いをすべく呑みに行ったりもするが何時も注文するのはサワーやカクテル系と言った比較的酔わなくて飲みやすい酒しか選ばない俺はビール等自分で注いだ経験がなかった。


 カラオケや食べ放題の店で見かけるサーバーの要領でビールを注いでいく。が、よく見るような白い泡立ちが立たない。


 これで合ってんのか?


 俺が慣れない手つきでジョッキに注いでいるとマスターが俺の隣まで来て、やれやれといわんばかりの表情を浮かべている。


 「全然駄目だな、注ぎ方がなっていない。いいか、ビールというのは泡立たせることで本来の味を引き立たすことが出来るんだ」


 「へぇ……そうなんですか」


 正直ビールに味なんてないと思ったが、だってあんなのただ苦いだけだろ、よくおっさん達は好き好んで呑むよな。


 「逆に泡立ってないビールなど麦ジュースと同じだ。……本当の注ぎ方を教えてやろう」


 そういうとマスターは新しいグラスを用意して背伸びをしながらサーバーのレバーを下げる。

 

 ちょろちょろとノズルからビールが出てきたかと思うとマスターはそこでレバーから手を離した。


 「えっ? なんで注ぐの止めたんですか?」


 「出始めのビールはノズルで溜まっていてぬるくなっているからな、これは捨てる」


 そういって排水溝にビールを捨てた。

 

 「次に注ぐ角度だが、サーバーに対して左に45度、前に45度だ。こうすることでビールがジョッキのフチを伝って注がれることになる」


 マスターが今度も背伸びをしてレバーを引く。


 すると金色のビールは右回転をしながら螺旋状に注がれていき、しゅわしゅわと炭酸の音を立てながらもくもくと泡も立っていく。


 泡が零れないギリギリの所でレバーを上げて、ジョッキを離す、泡とビールの比率が美しく、普段ビールを好まない俺でも美味そうだと身体が反応し、生唾を飲んだ。


 「どうだ? 美味そうだろ?」


 「す、凄いですね。よくそんな芸当が……」


 「何事も経験と努力次第で何とかなるもんさ」


 「経験っていったってマスターまだ子供じゃあ……」


 見た目幼女で俺より年下だろうし、経験も努力もないと思うのだが。


 「レディーに年を聞くとは失礼だな。少なくとも君よりは人生経験が豊富ということだ」


 「は、はぁ……」


 どうやらマスターはただの幼女じゃなくてロリババアらしい

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