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バイト先で金髪悪魔幼女とかを相手している俺ですが、それでも普通な人生を過ごしたい  作者: 天近嘉人
天使と悪魔

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 俺の放った言葉にミカの顔が曇った。その表情は驚きや困惑している様子ではなく図星を突かれた顔だ。

 

 直接聞いた訳ではないがミカがマスターに憧れを抱いているのは知っている。そもそもの話、自分達以外の種族を見下している天使が天界ではなく人間界に店を開く、それも数ある飲食店の中からバーを選んだ辺りから少なからずマスターを意識しているんだろうなと察しがつくだろう。


 そんなミカがマスターに勝負を挑み、負けた。その結果を普通素直に受け止めることが出来るか?


 いいや、出来ない。出来る筈がない。少なくともマスターの過去の話をしているとき自分の無力さから肩を震わせた彼女が、また一緒になりたいがために勝負を挑んだ彼女が、憧れであるマスターに追いつきそうになったとき、戸惑いと葛藤から悲痛な叫びを上げた彼女が悔しくない筈がないのだ。


 ミカは何も言わず、ただ顔を下に向ける。演劇や舞台の独白シーンのように一本だけポツリと立っている街頭が彼女の白髪を照らした。


 俺はスポットライトの当たらない舞台袖で彼女の返事を黙って待つことにした。


 世の中正解なんてものは星の数ほどある。今回のミカのように素直に負けを認めて最後は笑って終わる。これも一つの正解なんだと思う。


 普通に生きる上で妥協することも必要である。自分の能力以上のことなんか出来ない。自分の身の丈に合った服を着るのが一番心地よくて見栄えがいい。高望みすればするほど自分を苦しめるだけだし、虚勢と虚栄の素材で作った衣服はブカブカで着れたものではない。もし着ていても他人から見れば不恰好でかっこ悪いだけだしそんなズボンを履いていればいつかきっと裾に足がつっかかり転んで転倒する。大怪我を負ってしまえばもう立ち上がることさえも出来なくなるかもしれない。


 人間諦めが肝心であるという言葉は大して努力をせず、汗と涙の味を知らない人間の言い訳に使う言葉ではなく、努力しても結果が出ず悩んでいる人間を諭す言葉である。


 ミカは頑張っている。生まれついての才能に奢ることなくきっといつもの様に平然とした顔で、それでいて熱い気持ちを小さな体の中に秘めて。


 しかし努力は報われない時がある。頑張って頑張っても芽が出ない時がある。諦めや妥協はそんな報われない人を労う為にあるのだ。


 それでもある一定の人は何時か咲くであろう大輪の花を信じて頑張り続ける人もいるのだ。俺はミカもその内の一人だと思っていた。


 だから彼女の笑みを見たとき、俺の胸にモヤがかかったのだ。俺はこんな結果で妥協して諦めた彼女を見たくはなかった。こんなところで咲いた笑顔の花なんて見たくはなかったのだ。


 これは俺の単なるエゴでミカに辛い思いをさせているだけなのは重々承知である。しかしそれでも俺はこれまで色々あったであろうミカの気持ちと生き方を否定するような終わり方が正解だとは思えなかった。


 「――悔しいですよ。とても」


 観客のいない壇上で、ミカの静かな声が俺の耳に響く。


 「勝負の内容とかその中での手段、方法はこの際どうでもいいんです。結果で負けてしまったことが本当に悔しい……ですがそれ以上に私は学ぶことが出来たんです」


 「学んだ? 何を?」


 意外な単語が出てきたので俺は聞き返す。彼女は俯いていた顔を上げてこちらを見てから。


 「私達天使は神こそが絶対で神の命令通り忠実に行動することが正しいと思い生きています。神は世の中の正義で崇めるべき存在で……ですがこの考え自体変えるべきなのかもしれません」


 「……それってミカも悪魔になるとか?」


 俺がそう言うとミカは「いえいえ違います」と両手を振った。


 「神の言うとおりに動く傀儡(かいらい)ではなく個人として意見を持ち、考えると言うことです。姉さんを追い越すために、姉さんが作った道を歩むのではなく自分で道を拓く。そう決めたんです」


 俺を見ているミカの表情は先程までの薄っぺらい笑顔でもなく悲しみに満ちた顔でもなく、いつも通り平然としていた。しかしその赤い瞳の奥はしっかりと自分の道を捉えていた。


 「そうか……それは何と言うかその、いいんじゃないかな?」


 誰かの敷いたレールを歩くのは非常に簡単だ。もう道は完成しているので後は走らすだけなのだから。しかし彼女は言った。自分で道を拓くと。


 それは今までミカが居た世界より過酷で今の努力では足りないだろう。だから俺は曖昧な返事をしてしまった。


 その返事が可笑しかったのかミカはクスリと笑ってから。


 「私はそのことを多田さんから学んだのですが」


 「え? 俺? こんな普通人間からなんでそんな大層なことが学べるんだよ」


 「多田さん。普通の人は自分のことを『普通』なんて言わないんですよ。それに普通の人が姉さんにあそこまで気に入られることはありません」


 痛いところを突かれて俺は低い声を出す。確かにミカの言うことには一理ある。これからは普通って名乗るの止めておこう。


 ただ一つだけ反論が出来るとすれば。


 「俺はマスターに好かれてるわけじゃあない。巻き込まれてるんだよ。今日だってそうだしあんなクソバイトやらされてるのも全部そうだ」


 そう、俺はマスターに気に入られてなどいない。面接初日だってつまらない男だと小馬鹿にされた。第一気に入られているのなら毎度毎度酷い目に遭うわけないじゃないか。


 「まぁこの件に関しては姉さんも自覚していないようなのでこれ以上言及はしませんが姉さんが多田さんを気に入る気持ちも分かります。多田さんは良い人なんですよ。それこそ『普通』に…………。そんな多田さんに私はきっと――」


 彼女の言葉を遮るように、遠くの方で暗闇を昇る一本の閃光が走った。


 それは大きな花を夜空に咲かせた後、それを主張するような爆音を轟かせている。


 「……花火、ですか」


 ミカは話の続きを言わずに、その花を見て呟く。


 すっかり忘れていたが今日は祭りで、全国うまいもんグランプリはそのイベントの内の一つだった。


 きっとこの花火は街中の人が眺めていることだろう。祭りに行った人も、家の中で見ている人も。皆それぞれ何かを感じながら。


 たま子も恐らく見ている。多分口を開けて間抜けな顔をしながら。マスターも祝杯の肴として見ているのだろうか。


 そして隣で座っているミカも見ている。何も言わず、ただずっと見ている。


 俺もボーっと花火を眺めていると一旦打ちあがるのが止まった。どうやら最後のフィナーレに向けて準備をしているようだ。


 そんなとき俺の服の袖が引かれた。


 「多田さん。私はこれから自分の道を拓くと決意しました。ですが、今は。今だけは少しだけ甘えてもよろしいでしょうか?」


 俺は言葉を発することなく、首を縦に振る。ミカは俺との距離を詰めてから掴んだ袖を手繰り寄せ俺の腕に顔を埋める。


 彼女の体温、体の振るえ、じっとりとシャツを濡らす何か。それだけで彼女の気持ちは十二分に伝わった。そんなミカに対して俺が出来ることは腕を貸す位だった


 「……何が駄目なんでしょうね。私は姉さんと比べて何処が足りないんでしょうか」


 ミカの呟きに俺は暫し考える。ミカとマスター。この二人に違いがあるとすれば。


 「……正直俺には分からないよ。ただ――」



 「酒はマスターの方が美味かった。それだけのことだよ」


 俺の言葉と同時に特大の花火が撃ち上がる。それを皮ぎりに金色の花がヒュルヒュルと音を立てながら次々と咲いていった。


 ミカが腕の中で何かを言ったが花火の音でそれは聞こえない。なので俺は花火をただ眺めることにした。

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