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バイト先で金髪悪魔幼女とかを相手している俺ですが、それでも普通な人生を過ごしたい  作者: 天近嘉人
天使と悪魔

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 全国うまいもんグランプリが終了し、広がっていた青空は黒色に染まる。俺はいつも昼飯を食べる公園のベンチに座り、缶コーヒーを片手に空を眺めていた。


 あの後理性の無いゾンビと化した客はうまいもんグランプリ終了の合図と共に我に返り、自分が先程まで何をしていたのか分からず一様に不思議そうな顔をしていた。たま子もキョトンとした顔をしながらまた串焼きを頬張ろうとしていたので奪い取ってから全力でぶん投げてやった。


 結局姉妹対決はマスターに軍配が上がったのだが勿論あんな非人道的行為で勝利したため天使側からは猛講義された。特にあのイケメン長髪天使なんか怒り狂って鬼の形相してたからな。天使なのに。


 しかしただ一人、ミカだけは負けを認め、天使達を宥めた後会場から姿を消したのであった。


 あの時、ミカは何を考えていたのだろうか。どんな思いで負けを認めたのだろうか。思考を巡らせても答えは出ず、コンビにで買った缶コーヒーだけが減っていく。


 「――夜にコーヒーなんか飲んで。眠れなくなりますよ」


 「……誰だ?」


 不意に聞こえる声。公園の中央には街灯が設けられている為、公園内は見渡せるのだが人の影なんかどこにもない。


 「誰ではありません。ミカです」


 「どわっ!」


 首元に何か冷たいものが当たり思わずベンチから飛び起きる。見れば俺が座っていた後ろに水のペットボトルを持ちクスクスと笑っているミカの姿があった。


 「その、そういうイタズラは天使には似合わないんじゃないの? 悪魔がやるんだったら分かるんだけどさぁ」


 「ですが姉さんならもっと酷いことしてしまうんでしょうね」


 確かに、マスターだったらナイフとか悪魔的な何かを首に突き立ててくるんでしょうね。


 そんなことを考え、俺は苦笑した。それに釣られるようにミカも笑った。


 ミカはベンチの背から回り込み、座る。そして着物の袖から少しだけ見えている手で俺を手招きしながら。


 「多田さん。少しだけお話しませんか?」


 


 夜の公園で幼女と二人きり、彼女と出会った当初の俺ならこれ絶対通報もんだろとか焦るんだろうが今の俺にそんな気持ちはなく、それどころか少しだけ心地がいいとさえ感じていた。


 こんな気持ちもたまには悪くはないなと思いながら浸っていると隣のミカは逆のようで居心地悪そうに太ももを擦りあいモジモジしている。ま、お話しましょうって言われて座っているわけだし何の会話も無しだとそりゃあ居心地が悪いよな。


 ここは俺から何か話題を振るべきだな、当たり障りの無い話でもするか。


 「なぁ、ミカ」


 俺が彼女の名前を呼ぶとミカは体をビクつかせた後、オドオドとこちらに顔を向けた。そんな反応されたら話し辛いんだけど。まぁいいか。下らない話を適当に無難にしてから帰ろう。


 特に考えも無く、俺は口を開く。


 「……あの時、なんで負けを認めたんだ? あの時君は何を思ってたんだ?」


 俺の言葉にミカは大きく目を見開いた。それ以上に俺自身も驚く。当たり障りの無い話題を振るつもりだったのになんでこんなことを言ってしまったのだろうと。きっと先程まで考えていたせいだろう。


 「ご、ごめん。今のは無かったことにして」


 慌てて言動を取り消すがミカは何も言わずに首を横に振った。そして何処までも黒い夜空を見上げながら。


 「……今回の勝負は完全に私の負けです。発想のスケールの大きさで私は負けてしまったんです」


 「いや、発想のスケールって言ってもだな。普通客を変なスパイスで操るなんて思いつかないでしょ」


 そんな悪魔の所業思いつかないし、思いついたとしてもやらない。


 「そうです。私は思いつかなかったんです。姉さんの発想に辿り着けなかったんです。だからこの勝負は私の負けでいいんですよ」


 そう言って彼女は笑った。それは自分の無力さを自嘲気味に笑ったのか、はたまた姉であるマスターがまだ自分の手が届かない憧れの人物のままだという安堵感からきた笑みなのかは分からなかった。


 そんな彼女の笑みと不気味な程に清々しい態度をとるミカを見て、俺の胸中にはモヤがかかる。


 そのモヤはどんどん喉へと立ち昇り、そして煙となって今にも口からはみ出そうだ。


 いかんいかん。もう決着はついた。ミカも結果を受け入れ敗北を認めているのだ。これで一連の騒動は終わり。これでいいじゃあないか。終わったことに対して今更とやかく言うつもりもないし、俺の気持ちもどうでもいいことだ。


 感情論や私情なんてのは面倒事を増やす一番の要因で、今回の勝負もマスターとミカ、姉妹の私情に俺が巻き込まれる形になった。


 俺は煙を飲み込むために慌てて缶コーヒーを流し込んだ。そんな仕草が可笑しかったのかミカがクスリと笑った。


 そんなミカを見た瞬間、飲み込んだ筈の煙が勢いを更に増す。渦巻状になった煙は俺の胃から上昇してきて食道を通過し、遂には喉仏辺りまで昇り詰めてきやがった。


 俺は咄嗟に右手で口を押さえて漏らさんとする、しかし煙は俺の鼻の穴、押さえた右手の指と指の間に生じる僅かな隙間からするりと抜けていく。抜けていくだけではない。その勢いは衰え知らずで本体は喉仏から俺の口まで到達した。煙なんてのは単なる表現だった筈なのに自然と頬が内側から膨らんできて息苦しくなってくる。


 落ち着けよ俺。物理的に押さえるのが無理なのなら理性で押さえ込むだけだ。いいか、俺がこのまま何も喋らなきゃこの件は終わるんだ。これから家に帰ってベットに潜り込めば朝になってまた普通の日常が送れるんだ。


 面倒事には関わらない。関わらさせない。関わりたくない。これが俺の平和な日常を送るための三大原則、これを忘れてはいけないんだ。


 無駄なことはするな、余計なことはするな。頼むから自分から面倒事は増やすな。


 唯一自由が効く脳みそを必死で動かし、自分を諭す。


 そんな俺をミカが心配そうな顔で見つめてきて。


 「あの、大丈夫ですか? 先程から様子がおかしいです。顔色も冴えないような……」


 ミカが少しだけ俺との距離を詰めて、顔をこちらに伸ばしてくる。


 ――どうしてミカは俺の心配なんか出来る余裕があるんだ。どうしてミカはこんな風に笑えるんだ。どうして……。


 煙はとうとう俺の頭まで充満してきて脳みそを灰色で覆った。もう右手で押さえることは無意味なので俺は手を外しため息を一つ吐く。そのため息はまるで煙草の煙のように俺の口から漏れた。


 そして煙は体の中で凝固し、一つの言葉になる。


 俺はただ普通に、平凡に生きたいだけなのに。どうしてこうつくづく……。


 酷い後悔に襲われながらも、言葉になってしまえば後は言うしかない。俺は生まれて初めて腹を括り、ミカの顔を見た。ミカはキョトンと小首を傾げる。そんな可愛らしい顔を今から歪めてしまうのだから心が痛むが俺にもう選択肢はなかった。


 今一度覚悟を入れ直し、ゆっくりと口を開いてから、俺は言った。




 「ミカ、なんで君は笑っていられるんだ? 悔しくないの?」

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