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バイト先で金髪悪魔幼女とかを相手している俺ですが、それでも普通な人生を過ごしたい  作者: 天近嘉人
天使と悪魔

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近藤たま子はふらりと現れる

 俺は屋台の裏で膝を折りたたんで体育座りをしていた。公衆の面前で驚くほどスベリ倒し、もう人前に出たくない。というか死にたい。


 そもそもなんで俺は親父ギャグなんかをチョイスしたのだろうか。親父ギャグなんてスベることが前提のギャグだし、そんなんで笑いなんかとれるはずがない。本当に馬鹿か俺は。


因みにマスターは戻ってきた俺には何も言うことはなかった。それが彼女なりの優しさなのかそれとも期待外れだったのかは分からないが。


 それでも俺はやれることはやったのだ。笑いをとることは出来なかったが少なくとも目立つことは出来た筈、これで多少なりとも客は来るだろう。


 顔を上げて屋台の方を見る。しかしそこに広がっている景色は俺が想像していたものとは違い、客は誰一人として来ていなかった。


 俺は誰もいない店先を睨み付けギリっと歯軋りをした。くそっ! あれだけやらせておいて成果なしかよ。


 「マスターどうします? このままじゃあ……」


 俺は立ち上がってマスターの方へ行く。


 「黙っていろ。今考えている」


 彼女が普段見せることはない険しい表情でそう返された後、マスターは親指の爪を噛んだ。マスターの仕草や顔から今の状況の悪さが一目で分かる。そうしている間にもミカの店のマカロンは次々と売られていくのであった。


 俺達の周りに焦燥感が漂う、それは真夏のジメジメした暑さのように体にまとわりつく感じで決して気持ちが良いものではなかった。


 俺はこの勝負、なんやかんやあっても結局マスターが勝つのだと心の何処かで思っていた。しかしこのままだと……。


 そんな空気の中。


 「おーい! たかちゃーん!」


 俺達を取り囲む空気とは正反対のおっとりと、そして伸び伸びとした声が聞こえてくる。俺の幼馴染である近藤 たま子が麦わらハットから見える栗色の髪を(なび)かし、ノースリーブのワンピースからすらりと伸びた腕を振っている。


 たま子が屋台の前まで駆け足で来て目の前まで来ると膝を抱えながら息を切らしている。膝を抱えたことでワンピースの胸元から谷間とか意外に大人っぽいレースのブラジャーとかが見えているけどそんなこと言える空気じゃないので黙っておいた。


 「たかちゃん久しぶりだねぇ。それとお嬢さんも」


 息を整え、たま子が俺とマスターにそれぞれ笑顔で挨拶をしてくる。しかし俺達に笑顔で返す余裕もなく、ただ会釈するだけだった。


 「……お前何しにきたんだよ」


 会話を進めるため俺がたま子に言った。


 「たかちゃんが住んでる街でお祭りがあるって聞いたから着てみたの。でも場所が分かんなくて困ってたんだぁ」


 たま子がエヘヘと笑いながらカールに巻いた髪をくしゃりと握る。これは自分が失敗したときなどによくやる彼女の昔からの癖だ。一見あざといとか可愛いとかそんな感想が浮かぶのだろうが、その癖を俺が大切にしていたロボットのフィギュアをぶっ壊されたときとか夏休みの宿題手伝わされたときとか財布忘れたから昼飯奢らされたときなんかに見せつけられてきた俺には軽い殺意しか湧かない。


 俺が顔を引きつらせていることに気がついていないたま子は話を続ける。


 「それでたかちゃんに電話しようと思ったんだけど間違えてツイッター開いちゃって。そしたら……」


 たま子が携帯を取り出して俺に画面を向けてくる。そこに映っていたのは先ほど俺が一発ギャグをして大スベリし、地面にのたうち回る姿だった。因みに動画とともに書かれていたのは『祭りでキチガイ発見したWWWWW』だった。


 俺は身を伏せ、目線を屋台と水平にする、そして目を左右に動かしそこら辺に群がる大衆を睨み付けた。くそ、誰だ投稿しやがったのは、絶対に許さん。


 そんな俺を尻目にたま子が串焼きになっている化け物に口をアホっぽく開けながら眺めている。


 「ねぇお嬢さん、これって売り物? 食べれるの?」


 たま子が指さしたのは魚の体に手足が生えている奴だ。


 「ああ、そうだ。一本三百五十円だぞ」


 マスターがぶっきらぼうにそう言うとたま子は唇に人差し指を当てうーんと声を上げて考えてから。


 「じゃあ一つ買っちゃおうかなぁ」


 「「あっ?」」


 俺とマスターが同時に声をあげ、お互いの顔を見る。流石のマスターも予想外だったのか驚いている様子だ。


 「おいたま子いいのかよ。こんな気持ち悪いもん買っても」


 俺は露店の外れクジのみを売っていたりカタヌキで完成した物に難癖つけるような悪いおっちゃんではないのでたま子にもう一度考え直すように言った。


 「だって折角のお祭りだし、こんなの初めてみたからきっと思い出になるかなぁって」


 たま子は再度子供っぽく笑ってそう言った。おいおい大丈夫かよこの子。思い出とか記念とかそんな言葉に弱い女の子は総じて頭が弱いかメンヘラ女子なんだけど。


 思いもよらぬ購入者の登場に暫し驚いていたマスターだがたま子の様子を見てからまたいつも通りの不敵な笑みに戻る。そして喉の調子を確かめるように咳払いをした後で。


 「あ、あのね。お姉ちゃん。このお魚と、あとこれもすっごく美味しいんだよ。だからね、私お姉ちゃんに買ってほしいの。ね? お願い?」


 両手を祈るように胸の真ん中で組んで上目使い、ここぞとばかりに幼女アピールをするマスター。俺はマスターの本性を知っているためどうも思わない、寧ろぶん殴りたいまであるがたま子は違ったようで。


 「うん分かった! お姉ちゃんなんでも買ってあげるよ!」


 フンスと鼻息を鳴らしながら任せろと言わんばかりに二の腕を水平にあげて出来ていない力こぶを叩いた。


 「えへへ……ありがと、お姉ちゃん」


 マスターは年相応、というか容姿相応の笑顔でたま子に全種類の串焼きを手渡す。たま子は嬉しそうに受け取ったゲテモノを眺めている中、マスターは演技を止めて腕を組みしたり顔でたま子を見ていた。


 「それじゃあ早速食べてみようかな」


 たま子が受け取った串の中から両手両足魚を逆の手で持ち躊躇することなく一口食べる。


 俺の気持ちとしてはこんなグロテスクな物を食べる幼馴染なんて見たくはなかったのだが、食べてしまったものは仕方が無い。まぁどうせあんなのまずいに決まっているのだから直ぐ吐き出すんだろうけど。


 俺の予想通り彼女は食べた後、直ぐ下を向いて肩を震わす。俺はポケットからハンカチを取り出していつ吐き出されても困らないようにスタンバイしておいた。


 そして。


 「……美味しい、すっごい美味しいよこれっ!」


 「ほら、ハンカチあるからこれ使えって……え?」


 「初めて食べた味だけどなんかこれ魚ってより鳥のササミ? みたいで美味しい! 凄いねこれ!」


 誰も求めていないふわふわした食レポをしながら世話しなく口を動かし串にがっつくたま子。俺はそんな幼馴染にかける言葉に迷ったが取り合えずハンカチはしまっておいた。


 そんな俺の袖を後ろから誰かが引いてくる。それはマスターが引っ張っていたようで。


 「多田君。周りをよく見たまえ。どうやら興味を惹くことが出来たようだぞ」


 言われた通り周りを見てみると周囲の目が俺達の屋台とたま子に向いているのが分かる。女の子が幸せそうな顔で物を食べていればそりゃ目が行ってしまうものだ。それにたま子のような裏表の無さそうな奴がやるから尚更その効果はある。


 人間、誰かがある物を嬉しそうに、幸せそうに使っているのを見ると自分もその物を欲しくなってしまう傾向がある。小さいころのゲームなんかがそうだろ。


 それもあってか誰も来ることのなかったこの屋台に一人、また一人と客が集まってくる。


 これも人間の心理なのだろうが赤信号皆で渡れば怖くないなんて言葉の通り一人で行くのは嫌だけど誰かが行けばそれについていこうなんて考えの人間もいる訳で、そんな輩も集まり気がつけば両手で数えられない列が完成していた。


 俺とマスターは屋台に戻り、接客をする態勢になる。マスターが集まった客の顔を眺めながら。


 「さて多田君。序盤こそ躓いたが勝負はここからだ。あのクソ天使共の小奇麗な顔を醜い嫉妬で歪めてやろうじゃあないか」

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