行く先は地獄
副会長のおっさんがぶっ壊れるというなんとも派手なオープニングセレモニーがあり、いよいよ始まった全国うまいもんグランプリ。会場のお客さん達は困惑しながらも移動を開始し各々屋台に足を運ぶ。
だがしかし。
「誰もこない……」
そう、俺達の屋台には誰も来ず、皆足並みを揃えるようにミカの屋台に並んでいるのだ。
普通百人の人が集まったとして、どちらか二つを選べとなればその比率は五分五分、少なくても七対三くらいにはなるはずだが。
原因があるとすればこちらの売り物が化けものの串焼きなのに対して向こうは一時期急激に大流行し今尚専門店が開かれているマカロンということだ。
赤、緑、オレンジと色とりどりで小粒なマカロンはいかにも女の子が好みそうなお菓子で「これめっちゃかわいい~」と言いながらSNSでマカロンより何十倍も大きい自分の顔を加工アプリで精一杯小さくしながらアップするのだ。自分の小顔アピールしたいなら対象をもっと大きいものにしないと駄目だろ。ハンバーガーとかラーメンの器とかさ、いや、それだとただのデブ女に見えるのか。
結局自撮り大好き女というのはマカロンや可愛い小物と一緒に撮ることで可愛いものが似合う私可愛いアピールをしたいだけなのかもしれないな。俺には到底理解しがたいが。そんなことするよりもマスターのように堂々と自分可愛い公言をしている方がまだましと言うか。
さて、話をミカのマカロンに戻す、ミカのマカロンは決して暗喩とかではないからな。
遠目で見ただけだが彼女達が売っているマカロンは六個入りで二百円とイベントの売り物としては良心価格だ。もっと言えばそれ元取れるのかと疑問を抱いてしまう。
それに対してこちらは串一本三百五十円とそれなりのお値段だ。客の心理としては高くて訳の分からないものより、安くて知名度のあるものを買うに決まっている。
「マスター、どうするんですか? 開始早々完敗してますけど」
俺は隣に立っているマスターに言う。
「ふむ、そうだな。そろそろこちらも何か手を打たんとな」
腕を組みながら真っ直ぐ伸びた睫毛を垂らし考え込むマスター。
そして。
「多田君。こういう商売は客に興味を持たれなくてはいけない。こんな可愛い店員と品の見た目は十分興味を持たれてもおかしくない筈だろう」
「そりゃあそうですけど……」
マスターが可愛いかどうかの問題はもう面倒くさいので掘り下げないが串焼きの見た目は確かに興味こそ惹かれるかもしれないが惹かれるだけで食べたいとは思わないだろう。
「興味を持ってもらうためにはまず客の目をこちらに向かせなくてはいけない。向かせるためには何か目立つことをしなくてはいけない。分かるか?」
「まぁ、なんとなくは……」
マスターが一つ一つ丁寧に説明していく中で俺の嫌な予感はどんどん肥大していく。普通な人生を目標にしている俺は自分に不幸なことや嫌なことが起こりそうになると『嫌な予感レーダー』が反応する体になっている。そして今、そのレーダーがビンビンに反応しているのだ。
心の中で外れるように祈っていると。
「そこでだ、多田君には今から皆の前で一発ギャグを披露してもらう」
「嫌です」
嫌な予感レーダーが見事に的中した俺は「は?」とか「マスターの一言に俺の脳みそは一瞬機能を停止した」とかではなく反射的に断りを入れる。
「何故断る? なんの面白みのない君が急に一発ギャグをするなんて目立つに決まっているだろう」
マスターは断る理由が分からないのか小首を傾げながらそんなことを聞いてくる。
それに対しての俺の答えは簡単だ。
「そんなの社会的に死ぬからに決まってるでしょ」
今の世の中ネットが普及し世界中の誰とでも繋がることができる時代。それは良いことばかりではない。
例えば先程上げたSNS、誰でも気軽に発言や動画を投稿出来るあまり、頭の弱い奴らが殺人、放火、爆破予告なんかして警察沙汰になったり電車の車内、仕事で疲れきりうたた寝してしまったおっさんのズボンのチャックが偶然盛り上がっているところを盗撮され「目の前のおっさん超勃起してるんだけど笑」とろくに働いたことのない女に馬鹿にされるのだ。
そしてSNSの恐ろしさは拡散性にある。おっさんの話に戻るがその写真を見た同じく頭の弱い連中により拡散される。更にその拡散したユーザーのフォロワーによりまた拡散とまるでねずみ講のように広まっていくのだ。つまり何千何万の顔も名前もしらない奴らにおっさんは馬鹿にされたり気持ち悪がられるわけだ。
俺が何が言いたいかと言うともしかしたら俺もおっさんのようになる可能性があるということだ。
スマートフォンもしくは携帯電話なんて皆当たり前のように所持している。俺が一発ギャグなんかしているところを隠し撮りされて見ろ。もしかしたらその様子をSNSにアップされて日本中の笑い者になる可能性だってあるのだ。そんなことをされたら俺の人生は終わりを告げるだろう。
少し過剰かもしれないが何事も無い人生を送る上では少しの不安要素でも取り除く必要がある。だから絶対にやらない。
「俺は絶対にやりませんからね」
強い意志を持ってマスターの両目にしっかりと視線を合わせながら言った。面接指導でも相手の目を見て話せって言ってたし。
するとマスターはいつもより口角を上げた笑みを浮かべて。
「多田君。君は社会的に死ぬとほざいているがもし万が一この勝負に負けた場合も同じことなんじゃあないのか?」
「ぐっ確かにそうですけど……」
この勝負に負けたとき俺はミカの所有物になるわけだ。つまり幼女に飼われるということでそれは社会的に死んでると同じことを指すだろう。
だけども、それでも俺はやりたくない。やってしまえば俺がこれまで築き上げてきた大切な何かが失われるからだ。
俺が中々渋っているとマスターの笑みが段々と薄れていき、口角も下に下がる。そして。
「社会的に終わる等と言っているがそんなことで断るのなら私が今ここで生命的に終わらせてもいいんだぞ」
マスターの青い瞳が薄暗く光る。
マスターの顔は本気のようで、最早俺に退路はない。進むべき方向は二択だがその行く先はどちらも地獄だ。
俺は片手を腰に当て、もう一方の手で額を覆い考える。どちらの地獄に行けばいいのか。どちらの地獄の方がより普通の人生を送れるのか。
「……分かりました。ギャグやります」
考えに考えた末、俺は社会的に死ぬ方を選んだ。生命的に死ねばそれで終わり。しかし社会的に死んだとしてもまたやり直せるチャンスはあるはずだ。あるよな?
俺の答えにマスターは満足したのか再び笑みに戻って。
「そうだ。君は私の言うことに素直に従っていればな」
そう言って俺にマイクと安いギターセットについてくる五ワットのアンプを手渡してくる。
決断した後の俺に残る感情、それは最近は思わなかったことだがバイト当初常日頃から思っていたこと。
――このくそガキ、ぶん殴ってやりたい。




