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バイト先で金髪悪魔幼女とかを相手している俺ですが、それでも普通な人生を過ごしたい  作者: 天近嘉人
天使と悪魔

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祭りと勝負

 世の中、勝負事というのは様々ある。


 スポーツの試合や、宮本武蔵と佐々木小次郎のような命を賭けた戦い、ギャンブルもそうだしもっと身近なところだと好きな人に告白や給食の余ったプリンジャンケンなんかもそうだ。


 人間、いや、地球上で生きている生物にとっては勝負事というのは避けられないものなのだ。


 それを承知の上であえて言おう。そんなもんはクソ喰らえだと。


 大体何故人は勝負などしたいのか、他人より優れていたいから? 勝った時の優越感に浸りたいから? 何か得たい物があるから?


 そんな物の為に有限である人生の時間を無駄に体力づくりに励んだり、徹夜をして戦略を練ったりするのか?


 その時間があれば学生なら勉強をして良い大学に入って良い企業に就職すればいいだろう。ほら、他人より優れてる自慢したいんだろ? これなら学歴も年収もアピールし放題だぞ。


 まぁスポーツならその競技が好きだからという理由もあるし、一緒に戦った仲間と喜びを分かち合いたいだとか所謂スポーツ美学なんかも絡んでくるのだろうが。


 しかし、負けたときの悔しさというのは頑張った分だけ悔しいし一生のトラウマになるかもしれない。そして勝った者は一時の勝利の余韻と名声を得るが勝ち続けなくてはいけないプレッシャーとその玉座と王冠を狙う輩、そして負けた輩の恨み妬み等を背負って戦い続けるのだ。


 そんな人生なんか俺は絶対に送りたくない。平和で何事も無い無難というのが一番心と体を充実させるために必要なのだ。


 つまり、俺が何を言いたいかというと勝負なんか止めてさっさと家に帰らせて下さい。


 マスターとミカ、立場が変わった姉妹の対決。マスターが勝てばミカが経営しているバー『HEAVEN』の完全撤退。ミカが勝てばマスターを天界に連れて帰り、もう一度天使として神に仕えること。そして俺の所有権、つまりは俺を好き放題していい権利を貰うとのこと。


 全く、どうしてこうなった。何で俺が姉妹喧嘩に巻き込まれなくてはいけないのだ。俺は一昔前の悲劇のヒロインかよ。「やめて! 私のために争わないで!」みたいな。俺からすれば「俺を巻き込むのはやめて! 巻き込まないんだったら好きにやって!」って感じ。まぁマスターは俺なんかどうでもいいと思ってるんだろうけど。


 そして肝心の勝負の内容なんだが。


 「……ほう、中々立派な屋台が出来たな」


 買い出しから戻ってきたマスターが俺が朝早くから組み立てていた屋台を目にして言った。


 勝負の内容はこの街の祭りで行われるイベント『全国うまいもんグランプリ』でどちらが多く売り上げを伸ばすか競うことになった。


 勝負なのでもっと殴り合いだとか能力バトルだとかそういう事かと思いきや意外と平和な内容で少し拍子抜けだ。まぁ俺としてはその方が戦力になれるし関わりやすいのでいいが。

 

 しかし、この全国うまいもんグランプリ。俺はこの存在を始めて知ったのだがネットで検索すると意外とコアなファンが多いらしい。店舗の数こそ小規模ながらも宮崎の地鶏を始め全国津々浦々(つつうらうら)の名産が集う。中でも仙台の牛タン串が毎年覇権を握っているんだとか。


 しかしだ。


 「あの、マスター。他の店が全然ないんですけど」


 俺は朝早くから会場に来ているが演台と一件屋台があるだけで他は何もなかった。遠方からの参加もあるので前日から準備がされていてもおかしくないだろう。と言うより今になっても人が来ないのがおかしい。


 「今回は私とあいつの一騎打ちだからな。余計なものは予め排除しておいた」


 「なんですか排除って。言葉が怖すぎるんですけど」


 「まぁそんなことは気にするな。それよりどうだ? 今日の私の格好は」


 そう言ってマスターがその場で一回転する。ひらりと浴衣の袖が舞った。


 今日のマスターコーデは祭りということもあって浴衣である。黒い浴衣に赤の帯が巻かれ、大きく花開いた牡丹があしらわれていた。いつもヘアゴムで結ってある金髪も牡丹の花かんざしでまとめられていた。


 いつもは洋風の服装を好むマスターというのもあり中々新鮮だ。


 「まぁその、似合ってるんじゃないですか?」


 素直に褒めるのもどこか悔しいので素っ気なく言う。


 「ふふっそうだろう。浴衣まで可愛く着こなせるなんて全く私の可愛さは原罪級だな」


 いや、実際に原罪級の罪を犯しただろっと言うツッコミはマスターの機嫌を損ねるので止めておいた。


 ただ今日のマスターが一味違うことも確かだ。服装にこだわりがあるのは知っているがいつもより何処か気合が入っているように見える。そのことをマスターに言ってみると。


 「ああ。今日は勝負だし相手が相手だからな。全てにおいてあいつを圧倒してやるつもりだ」


 「あいつではありません。ミカです」


 不意にそんな声が聞こえて驚いて見てみれば俺の隣に平然と佇んでいるミカ。お前いつからそこにいたんだよ。


 「姉さん。今日は逃げずに来てくれたんですね。まず私はそこが嬉しいです」


 そう言ってミカはマスターに頭を下げる。その、ナチュラルに相手を挑発するのやっぱこいつら姉妹だな。


 それに対してマスターは動じることなく、いつものように余裕な笑みを浮かべ鼻を鳴らしてから。


 「当たり前だ。今日は完膚無く叩きのめしてやるから覚悟しろ」


 「私も店の存続があるため負ける訳にはいきません。それに私が勝った場合の条件、きっちり守ってもらいますからね」


 「分かっている。君がもし万が一私に勝ったのならもう一度天使でもなんでもやってやるし多田君の一人や二人好きにしていいぞ」


 「そうですか……」


 ミカはチラリと俺の方を向いた。目が合うとハッと驚いたような表情をしてから開いた口を小さい手で押さえ目を逸らした。


 「で、では私も準備があるのでこれで失礼します」


 何故か慌しく頭を下げ早足で去っていくミカ。人がいない会場に彼女の下駄の音が響く。


 「さて多田君。私達もそろそろ仕込みに入ろうか」


 ミカの背中を見送った後でマスターがクーラーボックスを肩にかける。箱には太字のフォントで『地獄漁場』と書いてある。


 「あの、知りたくはないんですけどその袋の中身は……」


 「ああ、今朝地獄で買ってきたばかりの新鮮で活きのいい食材だよ」


 マスターがそう言うと箱がガタガタと揺れ動き、甲高い悲鳴とも言える奇声が聞こえてくる。確かに活きはよさそうだけどさぁ……。


 箱の中の生き物、早く帰りたい俺、マスターの思惑にミカの気持ち。


 それぞれが蠢きだし、こうして祭りは始まるのであった。

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