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バイト先で金髪悪魔幼女とかを相手している俺ですが、それでも普通な人生を過ごしたい  作者: 天近嘉人
天使と悪魔

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洗脳

 俺はミカに腕を引かれて、バー『DEVIL』の前まで何事も無くたどり着けた。


 ここで言う何事もなくだが、道行く人々の視線は有刺鉄線並みに俺に食い込んでたし、何なら俺達を見て携帯を取り出す人なんかもいた。俺はそんな周りの目と舌を噛み千切って死のうとしている自分に耐え何とかたどり着いたのだ。これを何事も無くで片付けられる自分の強靭なメンタルを褒めてやりたい。


 「ここがバーDEVIL。姉さんのお店……」


 ミカがポツリと呟き、ギュッとより一層強く俺の腕にしがみついた。


 ミカにとってマスターはただの姉という存在ではないことは先程の話しで想像がついている。マスターはずっと彼女の憧れで、それでいて今は間逆の立場なのだ。

 

 平然と当たり前のように会いに行くと言った彼女だが、小さな体の内では相当な覚悟と葛藤があったに違いない。


 「じゃあ、入るからね」


 そんなミカに俺が出来ることといえば素直に従って言うとおりに動くしかなく、俺は優しい口調でミカに言った。


 ミカはコクリと頷き、目の前の扉を見つめる。


 俺も前を向いた後で、ドアノブに手をかけて扉を開いた。カランコロンと扉の上部に備え付けられたベルが俺達を迎え入れる。


 それ以外に音はなく、当然客も居なかった。ただマスターだけはいつものようにカウンターに一人立ってグラスを拭いている。


 ベルの音に気がついたマスターは俺の方を見てから。


 「多田君。随分と遅かったじゃあないか。天使共に捕まって拷問されているか殺されたのかと思っていたぞ」


 マスターがいつもの調子で不敵な笑みを見せながら言った。


 ……ほぼ的中しているから何とも言えねぇ。


 「まぁ取りあえず座りたまえ。話はそれからにしよう……おや?」


 マスターの視線が俺から離れ、隣のミカに移る。


 「……多田君、店を入る前に服装くらい確認したまえ。袖に子バエが張り付いているぞ」


 「子バエではありません。ミカです」


 ミカは俺から腕を離し、一歩前に出る。


 「姉さん。お久しぶりですね」


 「ほう、誰かと思えば君か。何の用かね? まさかあのクソったれ神の命令で私を殺しにきたのか?」


 マスターは腕を組み、顎を上げながら挑発的に、それでいて見下すように言った。


 「いえ、今日は姉さんとお話がしたくてやってきたんです」


 「ほう、話か……」


 静寂な店の中に重苦しくピリついた空気が流れる。ここで煙草を吸おうとライターに火を点けたら爆発でもしそうな、そんな雰囲気だ。


 帰りたい、非常に帰りたい。


 ミカに対して俺が出来ることはもう十二分にやっただろう。後は二人きりで熱く語り合うなりなんなりして下さい。


 俺は二人にバレないようにゆっくりと扉に向かう。


 するとマスターが。


 「ふむ、いいだろう。今回だけ特別に話を聞くとしよう。なぁ多田君?」


 不意に名前を呼ばれ、扉まで後一歩だった俺の足が止まった。俺を見るマスターの目は正しく獲物を捕らえた大蛇のようで、睨まれた蛙の俺はその場から動くことは出来なかった。


 ――ほんと、俺って不憫な子。



 そのまま俺はカウンター席に座る、よいしょと言う掛け声と共にミカも隣に座った。


 マスターは俺達の前にグラスを二つ置いた。中身は酒ではなく、水だった。


 「さて、早速話をしてもらおうか」


 カウンターに両肘をついて、マスターは両手を組む。


 威圧的な態度のマスターに対して、ミカは顔色一つ変えずにグラスに入った水を一口飲んでから。


 「単刀直入に言います。私は姉さんをもう一度天界に連れ戻したいんです」


 その言葉を聞いて俺は一昔のコントのように椅子から転げ落ちるところだった。


 マスターは関心深く目を見開いて。


 「ほう、それはつまり私をまた魂に変えて牢獄送りにしたいということか?」


 「いえ、違います。もう一度天使として神に仕えて欲しいということです」


 はいズコー。


 今度ばかしは耐え切れなかった俺の身体は倒れこむように椅子から転げ落ちた。


 「多田さん? 大丈夫ですか?」


 ミカが心配そうに倒れた俺の見てくる。いや、お前の所為でこうなってるんだけどね?


 俺がなんとか立ち上がり座り直すとマスターが咳払いを一つした。

 

 「君は分かっているのかね? 私は仮にも神を殺そうとした大罪人だぞ。そんな話は無理に決まっているだろう」


 こればかりはマスターの言う通りである。もう一度天使になるなんて不可能な話だ。


 普通の犯罪者なら刑期を終えれば社会復帰出来るチャンスが訪れるがマスターは違う。その小さな身体に背負った罪はあまりにも大きすぎるのだ。


 ミカもそれは分かりきっている筈だ。何故彼女はそんな馬鹿げた話を持ち込んできたのだろうか?


 俺達の注目が集まる中、ミカは平然と涼しい顔をしながら。


 「ええ、そんなことは重々承知で言っています。その上で私は姉さんに天使として戻ってきて欲しいんです」


 「ふむ、君の熱意は伝わったが具体的にどうするのかね? 仮に私が天界に戻ったとして神は許すと思うか?」


 「簡単には許してもらえないでしょう。しかし神か寛大なお方です。罪を償えばきっと……」


 微弱ながら言葉に熱が篭もるミカに対して、マスターは鼻で笑った。


 ミカは決して頭が悪い訳ではない。いや、俺よりもずっと頭が良いだろう。


 そんな彼女なら分かる筈だ。神がマスターのことを許す訳がないことくらい。謀反を起こした後、魂にされ幽閉されていたのが何よりの根拠だ。


 何故彼女は分からないのか、それは神がそうさせているのだと思った。


 天使は皆神のことを崇め、尊敬し、その絶対的正義を疑わない。ミカだってその一人だ。だから神が許してくれるなんて馬鹿げたことを言い切れるのだ。


 マスターが言った洗脳という言葉が再び俺の脳裏によぎり、ゾクリと背筋に悪寒が走った。


 もし、神が自分の好き勝手が出来るように、もっと言えば玩具や昆虫観察感覚で世界を創り、天使を創ったとしたら。


 それにマスターが気がついたのだとしたら……。



 「そんなクソみたいな話、私が首を縦に振ると思うか?」


 俺の考えを遮るようにマスターがミカに告げる。


 それに対してミカは特段驚きもせず、平素な顔で。


 「そう言うと思いました。ですからどうでしょうか? 私と一つ勝負しませんか?」


 突然ミカの口から出た勝負という言葉にマスターは目を細める。


 「ほう、勝負か。生まれてきてからずっと、そして今でも人間界にバーなど開いて、私の真似事しか出来ない君に勝ち目があるとは思えんがな」


 「勝つ自信があるから言ってるんです。……それとも姉さん、妹の私に負けるのが怖いんですか?」


 「ふふっどうやら口だけは一丁前になったようだな」


 両者向かい合い、お互いを射抜き殺すような視線をぶつけ合う。


 これはまずい展開になってきた。マスターは何でもこなせる超人であり。かなりの自信家だ。故に自身のプライドを貶した奴は誰であろうと徹底的に叩き潰す。


 マスター! こんな安い挑発に乗らないでくれ! これ以上面倒くさいことを起こさないでくれ!


 しかし、俺の心の中の悲痛な叫びは届くことなく。


 「いいだろう。その勝負受けてたとうじゃあないか。君が私に勝つことが万が一出来たとしたら天使にでも何でもなってやるし、君が望む物を何でもやろう」


 マスターは口角を上げ、高々とそう宣言してしまった。はぁ……もう勘弁してくれ。


 「何でも? 何でもいいんでしょうか?」


 「ああ、私が叶えられる範疇(はんちゅう)なら何でもいいぞ。勿論勝つことが出来ればの話だが」


 「何でもですか……」


 顎に手をやり、考え込むミカ。そして何故か俺の方をチラリと向いて軽く頬を赤らめた。


 おい、なんだ今のは。なんで赤くなってんの? どういうこと?


 ミカの行動に俺の中で嫌な予感が芽生える。ミカちゃん、違うよね? 俺信じてるからね?


 「それでは私が勝ったら約束通り姉さんには天界に帰ってもらいます……それと」


 ミカはもう一度俺を見る。そして恥ずかしそうに着物の太もも部分をギュッと掴んでから。


 


 

 「多田さんの所有権を私に下さい」

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