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バイト先で金髪悪魔幼女とかを相手している俺ですが、それでも普通な人生を過ごしたい  作者: 天近嘉人
天使と悪魔

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禁断の果実

 俺が謎の白髪幼女ミカと出会ってから数日、いつも通りバイトでバー『DEVIL』にいる。


 ただいつもと違うのが……。


 「ふむぅ……」


 マスターがカウンターに肘をつき、そのモチモチの頬っぺたに手をやる。ふと零れたため息が店内に響いた。


 そう、店内には人っ子、いや、悪魔っ子、いや、クソ悪魔っ子が一人もいない。大宴会場と化し連夜どんちゃん騒ぎが絶えない店内であったが今はこのようにマスターのため息が鮮明に聞こえる程静かなのだ。


 「今日も来ないですね。いやぁ困ったな」


 俺が腰に手をやって呟いてみるとマスターがこちらに顔を向けて。


 「そうだな。困ったものだ。……しかし多田君、困ったと言う割りには君、顔がニヤついているぞ」


 マスター青く透き通った瞳を細めながら俺を見る。俺は顔を手で押さえてマスターから逸らした。

 決してクソ悪魔共が来ないのが嬉しいとか全然思っていないわけで……。ああ、悲しいなぁ。


 しかしあれだけ毎日うるさく、賑わっていたにも関わらず急に客足がなくなるというのは不思議ではある。

 

 しかもだ。


 「アスモデウスさんやアイニィもめっきり来なくなったし、何かあったんですか?」


 そう、他の悪魔もそうだがあの二人も来なくなってしまった。

 滅多なことが無い限りあの二人が来なくなることなんてないと思う、きっとこの一連の状況には深い理由があるに違いないと俺は予想している。


 マスターはもう一度深いため息を一つついてから。


 「あの二人はこの間山菜巡りに行ったらしくてな。謎のきのこを食べて救急車で運ばれたらしい。今は病院で二人仲良くベットで寝ているぞ」


 「へ、へぇー、そうなんですか」


 前言撤回。深い理由なんてなかった。幼稚園児が入るビニールプール並みに浅かった。

 大体山菜取りなんて相応の知識がない出来ないだろう。ガイドもいない中でしかも馬鹿二人組みが行けば食中毒になるってことは簡単に予想がつくもので。


 そもそも悪魔共は基本的に馬鹿で間抜けでアホな集団なわけできっと今回もくだらない理由に過ぎないのだろう。そしてそのうちぽっと帰ってきてまた酔っ払った勢いで騒ぐのだ。要は理由なんて深く考えるだけ無駄ってこと。


 俺は馬鹿二人組みに心底呆れながら誰も居ない店内の掃除でもしようと思ったところでマスターがおもむろにポケットから四つ折の紙を取り出した。


 「多田君。これを見たまえ」


 その紙を俺に差し出してくるマスター。受け取り広げて見てみるとそれはどうやらチラシのようで、綺麗な佇まいをした金髪のバーテンダーがグラスを拭いている写真に『天使が羽を伸ばす場所』と銘打ったキャッチコピーが書いてあった。


 「マスター。これは?」


 俺が尋ねるとマスターは心の底からうんざりした顔をして。


 「最近どうやら天使達もこの街でバーを開いたらしい」


 「へぇ、天使ですか」


 「おや? 反応がいまいちだな。平凡で下らない人生を目標にしている普通人間ならもっと驚くと思ったのだが」


 「いや、そうなんですけど」


 散々悪魔だの地獄だのを見せられれば天使がいても納得するよな。納得する自分がいるのは悔しいけど。


 「ふふっ君も大分変人色に染まってきているようだな」


 マスターは何処が可笑しかったのかは俺には分からないが口角を軽く上げて微笑んだ。


 「……俺が変人になってきているかどうかは取りあえず置いといて、天使がバーを開くのと今回の件はどう関係してるんですか?」


 「ふむ。まずは天使と悪魔の関係性から説明しなくてはいけないのだが……少々長くなる、取りあえずカウンター席に座りたまえ」


 俺はマスターの言うとおりカウンター席へと移動し、座った。すると俺の前にはスッとグラスが差し出される。グラスの中には幾つもの気泡が泡立ち、シュワりと音を立てる黄金色のお酒はどうやらスパークリングワインのようだ。


 「頂いてもいいんですか?」


 「ああ、構わん。振るう客も居ないしな」


 俺はか細い取っ手を持つ。ジュースやカクテル等には無い特有のワインの香りがシュワシュワと音を立てて抜ける炭酸と共に俺の鼻に香る。

 正直ワインは苦手なのだが、まぁ一口だけ飲んでみるか。


 グラスに口を当て、飲む。渋みと炭酸の勢いが口の中で広がりをみせ、そしてじっくりと消えて行った。

 甘さだけの炭酸ジュースを飲んだ感覚ではない。正しく大人の飲み物だ。味についてもう少し語りたかったが数千年の歴史を持つワインを語れるほど俺に知識も経験もなかった。


 俺はグラスを置いて、マスターの方を見る。それを合図だと分かったマスターは腕を組みながらゆっくりと話し始めた。


 「まず、天使なのだが、容姿は君達人間が考えるもので違いはない。白い羽が生えていて服装も大体白いな。彼らが何をやっているのかと言うと下界の視察。そして魂を天国へと運ぶことこの二つが主な仕事内容だ」


 「でもマスター。それって悪魔と似てません?」


 そう、前にチラリと聞いたが悪魔は地獄へと魂を運ぶのが仕事らしいので場所は違えど天使と業務内容が被るのだ。


 「そうだ。だから悪魔共は今困っているのだよ」


 「あの、どういうことですか?」


 「まず言っておくと天国も地獄も大した差はないんだ。しかし人間のイメージはそうじゃない。地獄は悪人、業人が行って拷問される場所。天国は善人が行く極楽浄土だとな。だから人間は皆天国に行きたがって魂になった後天使に回収されてしまうんだ。」


 なるほど。つまり天使と悪魔は商売敵というわけだ。しかも天使の方が超有利。


 まぁ天使と言えば綺麗で正しいとか正義だとかそんなイメージだし、オタクも自分の好きなキャラに対して『○○ちゃんまじ天使』と形容するしな。

 代わって悪魔なんて字面的にも印象が悪い。前の話になるが自分の子供にあくまと名づけようとした親が騒ぎになったこともあるし。

 しかも俺は実際に悪魔を知っているわけで。あいつらのような存在よりよっぽど天使の方が良いに決まっている。つかあいつらより悪い存在なんていたら困る。


 「多田君。私はこれだけは断言出来るが天使なんて悪魔以上のクソったれな奴らなんだ。彼らは顔立ちこそ綺麗だが中身は屑野郎で自分達天使以外の存在なんかドブ以下だと思っている連中だ。そして一番性質が悪いのが神に仕えているということ。そのせいで自分達は正しい、正義な存在だと思い込んでいる」


 「でも実際そうなんじゃないんですか?」


 俺の質問にマスターは首を振った。


 「それは神が人間を創ってからずっと植え続けた価値観というやつだ。さぞ神が偉大だと、天使が正義の象徴だと思い込まされていたに過ぎん。言わば洗脳だよ」


 「いやいや、洗脳って流石に……」


 大袈裟なんじゃないですか、と言おうとしたが俺は言葉を飲んだ。マスターの顔から嘘だとか茶化しているだとかそんな雰囲気は微塵も感じ取れなかったからだ。


 「いいか多田君。神は君達人間が思っているような偉大な存在ではない。あいつは正真正銘の最低クソ野郎で決して崇められるような奴じゃあないんだ」


 いつもの余裕のある表情ではなく、顔を強張らせながら話すマスターに俺は驚きとある種の疑問を胸に秘めていた。


 何故マスターはここまで酷く神や天使のことを言うのだろうか。直感的にだがこれは彼女が語らない過去に何か原因があるのではないかと思った。

 しかし、簡単に聞くことなんて出来そうにない。いや、絶対に無理だ。これはきっと禁断の果実というもので、決して触れることは出来ないのだ。そして触れてしまえば、その味を知ってしまえば、恐らく後に戻ることは出来ない。


 俺は気を紛らわせるためにワインを飲む。もう炭酸は抜けてしまったようでワイン独特の苦味が口の中に残る。やはり俺にはまだワインは早いようだ。


 「さあて多田君。ここからが本題なわけだが」


 不意にマスターが小さな両手を叩き音を鳴らした。


 マスターを見てみると先程の真剣な表情から一転、なにやら企んでいるような悪い笑みを浮かべている。


 「このまま天使に好き勝手やられては悪魔共もこの店にとっても楽しくはない状況だ。そこでだな……」


 マスターがカウンターに両手を置いて身を乗り出し、俺に顔を近づけた。


 ちょっちょっと顔が近いってっ! マスターの綺麗な顔がこんな近くで見たら、俺、心臓破裂しちゃうっ!


 など、漫画のような展開なんかにはならない。だってマスターが実に悪魔的な笑みを浮かべているのだから。まぁドキドキはするわなある意味で。


 マスターはその笑みを絶やさず、ゆっくりと口を開いて俺に告げた。


 「なので君には今から潜入工作をしてもらう」

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