日焼けの跡
マスターが黙々と肉や野菜を焼く。焼かれた食材たちの良い香りが俺の鼻腔をくすぐり、視線を彼らから離さない。
そういえば今日は何も食べてなかったのを思い出した。朝はあれだったし、昼も身体を休めるので精一杯だったからな。
隣に座るアイニィはなんだかたどたどしく居心地が悪そうにしている。
どうやらトイレでの一件を気にしているらしい。
「なぁ。アイニィ。さっきのことなんだけど……」
「な、なによ。今更謝ったって許さないんだから!」
「そうか……」
謝ろうとしたが許されないのなら止めておこう。無駄に謝っても仕方がないからな。
無駄なんてものはないほうがいいんだ。無駄な物、無駄なスペース、無駄な脂肪、無駄な希望。全部ない方がいいだろ?
だから絶対謝ってやんない。これは別に意地を張っているわけではない。
「諸君。肉が焼けたぞ。さぁ思う存分味わえ」
そんなことを考えているうちに肉が焼けたようで、コンロの上では美味しそうに焼きあがった肉たちが並んでいる。
早速手前にある肉に箸を伸ばし食べてみる。脂が載っていてジューシーな肉の味わいとタレが上手く絡み合っており美味い。
「マスター。これ美味いですね」
なんとなく感想をマスターに言ってみる。
「そうだろ?地獄の肉も人間界のも変わらん美味さだ」
人間界の肉、か。確かに味は普段食べているような肉だけど。
「マスター。この肉ってなんの動物の肉なんですか?」
気になってので質問してみる。地獄産なら豚や牛ではないだろう。
「ああ。これは『地獄タイラントワーム』といってな。全長十メートルにもなる巨大なミミズだ。地獄ではメジャーな家畜だよ」
「へ、へぇ……」
これミミズの肉なのかよ。一気に食べる気が失せた。なんなら今すぐゲロ吐きたいまである。
「タイラントワームは虫食でな。沢山虫を食べさせてどっぷり太らせるんだ。内臓以外は全部食べられるから内蔵を抉り出して大きな身体をこうしてカットして食材として売りにだされる。頭も絶品でな。珍味として親しまれているぞ」
「……なんで余計に食欲が失せる説明したんですか?」
「うふふっワームって大きさで名前が変わるのよ。小さい方から順番にワーム、デスワーム、タイラントワームってね。崇ちゃんのワームはどれかしらねぇ」
横からアスモデウスがいらないことを言ってくる。なんでこいつは食事中に下ネタぶっこんでくるんだよ。
俺はテーブルに紙皿を置き、ため息を漏らす。こんなの食べていられるか。
「なに?あんたもう食べないの?」
隣のアイニィが頬っぺたにタレを付けながらモリモリと肉を食べている。こんなのよく食えるよなお前。
「俺はもういいよ。食く気失せた」
「そうなの?こんなに美味しいのに勿体ないわね」
口いっぱいに肉を詰め込んでハムスターみたいになっているアイニィから言われれば納得がいくが。
俺はもう一度コンロに置かれている肉を見る。
肉は美味そうにキラキラと脂で身体が光りながらこちらを見ているような感じがした。
俺は紙皿と箸をもう一度手にとって恐る恐る肉へと手を伸ばし、掴んだ。
大丈夫。これは普通の肉。普通の肉。
心の中で復唱しながら意を決してパクリ。
うん。美味い。美味いんだけどなぁ。
あらかた食べ終わり、バーベキューももう終わり。辺りはすっかり暗くなって砂粒のような星が輝いている。
「では、私達はもう帰るとするか」
マスターが来るときも仕様した魔法陣を地面に描いて準備を進める。
この二日間もろくでもないことだらけだったな。
マスターの水着から始まって、一睡も出来ない夜にうざい客達。更にはアイニィとアスモデウスにも絡まれるしアイニィは砂に埋まっているし。
それに一番脳裏に焼きついているのが彼女のおっぱいだとは。全く、人生ってのは想像を遥かに超えることだらけだ。
こうして振り返っても大変な記憶しかないが、それでも心地よい疲労感と空腹感が気持ちがよかった。
「多田君。準備が出来たぞ」
魔法陣は既に描き終わったようで、後はこの上にいれば意識が飛んで気がつけば人間界に帰ることが出来る。
「ベリルちゃん。崇ちゃん。またね。今度バーに遊びに来るわねぇ」
アスモデウスが手を振りながら一言。
「お師匠!私こっちで頑張るんでまた地獄に遊びに来てください!」
アイニィもマスターの両手を握りながらそんなことを言う。
そして俺の方を向いてから。
「……多田も遊びにきていいわよ。特別に相手してあげてもいいんだから」
「はいはい。分かったよ」
どうやら肉をお腹一杯食べたからか機嫌も戻ったみたいだ。
俺は二人に手を振ってから魔方陣の中に入る。
マスターが隣で行くときと同じように指をパチンと弾く。そして紫色の光が俺達を包み段々と意識が遠のいていく。
俺は最後に地獄の海を眺めた。赤い海と水平線が何処までも何処までも広がっている。
そうして段々、意識が薄れていって…………。
次に目を覚ました時はバーがあるビルとビルの間。俺達が地獄へと行った場所だ。
既にマスターは目を覚ましており、俺を見つめている。
「多田君。どうだった地獄は?」
マスターがそう尋ねてきて、俺はまだぼんやりとしている頭を働かせながら考える。
「そうですね……。ろくでもない所だったけど。まぁ楽しかったです」
そう言うとマスターはフッと笑みを零して。
「そうか。それは良かった。……さて、ここで解散とするか。明日もバーがあるから遅れないように」
俺達はここで解散し、帰路につく。
地獄に行ったとは思えないほど人間界は変わっておらず、なんだか二日間が夢だったようだ。
「痛ってぇ」
突然顔がヒリヒリしてきて俺は顔をしかめる。
二日間でした日焼けが現実であった証拠として俺の顔に焼け跡を残していた。
地獄ビーチ回も終わりです!次章は新キャラ新展開を予定しております!お楽しみに!




