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魂の契約

 「どうした多田君? モブ顔は水が滴っても良い男にはならないぞ?」


 「いや、そんなのはどうでもいいんですよ。なんなんですか此処の客たちは?」


 俺は持参してきた今日アイロンをしたばかりのハンカチで顔を拭いながらナチュラルに人を馬鹿にしてくるクソ金髪マスターことベリルに聞いてみる。


 俺にビールをぶっかけて訳の分からないギャグとブヒブヒ、ブルヒヒーン等の馬鹿笑いを上げているのは豚面、馬顔だなんて蔑称ではなく本当に豚と馬の顔を持つ奴らだ。


 その他にも舌が一メートル以上ある奴が舌先でチロチロと酒を舐めていたり蛙がソファーに二足で立ち上がって盆踊りをしていたりしている。正直言って意味が分からない、こんな生物が存在していたのも驚きだがそんな生物が平然と酒を呑んでいるこの状況が理解できない。


 「マスターこの化け物達は一体なんなんですか?」


 「ここにいる奴らは全員名の通り、悪魔。人間の魂を地獄に送る仕事をしているクソったれ共さ。ここはそんな馬鹿共の休息の場所。店頭にも書いてあっただろ? 『BAR DEVIL』って」


 「俺はそんなの一言もきいていないんですけど……」


 「そうだったか?変わり者がいるとは言ったが君には少し難しかったようだな。テヘっ」


 そういってワザとらしく舌をだして小さな拳を頭につきつけ、ウィンクをする。なんだよそれ、いや、時と場合によっては可愛く見えるのだろうがこの場合はすげぇムカつく。


 「とにかく、今日からはこのクソったれ悪魔共を相手してもらうからな、しっかり働きたまえ」


 「本当に悪魔が……ってそんな簡単に納得出来るかっ!どうせ仮装とかそんなオチなんだろ? 俺は信じませんからねっ!」


 「おい兄ちゃん、オーダーをとってくれよっ!」


 「信じるも信じないも君次第だが……今はしっかり働いてもらうからな。ほら伝票だ。早くオーダーを聞いてきてくれ」


 マスターは俺に紙とペンを渡してから何食わぬ顔でグラスを持ち、小さな手でそれを磨いている。


 ったく冗談じゃない。なんで俺がこんな変わった輩を相手にしなきゃならないんだ。こんな展開になるのだったらコンビニバイトの方を選べばよかった。


 俺は不服だが渋々オーダーを聞きにいく。聞きに行った客は全体がドロドロしている生き物なのか個体物なのか区別のしようが無い緑色の化け物だと言っておこう。


 「兄ちゃん、見たことねぇ顔だな? 新入りかぁ?」


 「は、はぁ……」


 「しかも見たところ人間みたいな面してるじゃねぇか。珍しい悪魔もいたもんだな」


 何が可笑しかったのか口が何処か分からない生物が、ガハハと大きな声で笑った。ちくしょう、何が珍しい悪魔だ。お前こそドブのヘドロみたいな身体つきの癖に。


 「取りあえず、白桃サワーを一杯頼む」


 「わ、わかりました」


 何が白桃サワーだ、そんな見た目して可愛いもん飲んでんじゃねぇぞ……とは口に出さず、俺は渡された紙にオーダーを書き、マスターの方へ向かう。緑の何かで消化とかされたくないし。


 「マスター、白桃サワー、一つ」


 「分かった」


 そう言うと手際よくグラスに事前に摩り下ろしていたのだろう桃を入れる。


 そして小さな手で器用に炭酸水と『堕天』と書かれた恐らく焼酎を注ぎ、バースプーンでかき混ぜて完成のようだ。


 「ほら、出来たぞ。持っていけ」


 グラスをカウンターテーブルに滑らせて、俺の方までそれを投げるマスター。その手際の良さに思わず見惚れていた。


 「なにボサっとしてるんだ。早く持っていけ」


 「あ、はい」


 我に帰りグラスを持って再び、緑色の化け物に届ける。


 「お待たせしました、白桃サワーです」


 開店前に教わった通りにグラスを差し出す。


 「おー、あんがとよ」


 一言お礼をいった緑色の化け物は身体を屈め、覆いかぶさるようにグラスを身体の中に沈める。


 「ぷはぁ……っ! やっぱ美味めぇなっ! ここの酒は一番だぜっ!」


 そう言うと身体から空になったグラスがズブズブと不気味な音をだして飛び出してくる。


 「ごちそうさん! 美味かったぜぇ! これもう一杯頼むわ!」


 酔いが回ってきたのか緑色の体はピンク色に変化し曖昧な呂律でドリンクの追加を頼まれた。


 俺は無言で頷いてからグラスを指で摘む、うへぇ……ぬるぬるしていて気持ちが悪い……。


 それでいて少しくせぇ……。



 店が開店して数時間、客入りがピークに達し、店内はどんちゃん騒ぎになっている。やれ、今日は働いただの、やれ、昨日魂を捌いた人間の女が可愛かっただの。しまいには踊りすぎて気持ちが悪くなったのかゲロを吐き出す輩まで現れた。


 違う、こんなバイト生活は断じて俺が望んでいた物とは違う。


 もっと心とお金に余裕がある大人達を相手にする筈だったのだ。こんな馬鹿騒ぎするしか脳のない悪魔なんかを相手に出来るか。


 逃げよう、この場から。


 そう思い、俺はゲロまみれになったモップを置き、マスターには見えないように身体を低くしてこっそりカウンターを通り抜け出口を目指す。


 「おい、何しているんだ」


 が、そう簡単には逃げられる筈もなく、直ぐマスターに見つかってしまった。


 「今ピーク時で忙しいんだ。勝手な行動は許さんぞ」


 「なにが、勝手な行動だ! 化け物相手に接客なんかやってられるかっ!辞めてやるよこんな所っ!」


 「ほう、大した威勢だな。だがそれは出来ない。もう契約を済ませたんだからな」


 「契約? なんのことですか?」


 確かにバイトをする上での契約は済ませた、それも契約書をつきつけられた途端俺の意思とは関係なく腕が動き出し名前を書かされたのだが。


 「そんなもん無効だ無効っ! とにかく俺は帰りますからねっ!」


 「ふむ、契約を破るつもりか……仮にも悪魔と交わした契約を」


 「それがどうしたんですか、関係ないでしょっ!」


 「まぁ契約を破棄するのは君の自由だが、破棄するとならば君には同等の対価を払ってもらわなくてはならない」


 同等の対価……? なにいってんだこのチビは?


 「お金なら払いますよっ! だから帰して下さいっ!」


 「金など要らないさ。……悪魔と契約に必要な物と言えば昔から一つだろ?」


 そう言うマスターの顔にはそこら辺で馬鹿騒ぎをしているどの悪魔よりも悪魔らしい不敵で不気味な笑みを浮かべる。そしてパチン! と指をすり合わせ音を鳴らした。


 ――ドクンッ


 その瞬間、まるで心臓を鷲づかみにされたような鈍い胸の痛みが生じ短い悲鳴が俺の口から漏れる。


 ぐっ! なんだ一体……っ!


 「魂だよ。魂。辞めるのは君の勝手だがその代わり魂は頂くからな」


 マスターは右手を広げるとそこに何かを持っているようなジェスチャーを俺に見せてから思い切りそれを握り潰した。


 「くそっ!この悪魔っ!」


 「なんとでも言いたまえ、私は元より悪魔だ」


 マスターが顔が歪むほどに口角を上げ、そのブルーな瞳が怪しく光る。


 ――どうやら俺はとんでもないところのバイトになったらしい。

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