水着が降ってくる
「ただぁ……暗かったよぉ。怖かったよぉ……」
俺の足にしがみつき泣きじゃくるアイニィ。
顔には砂が付いていてそこに涙を流しているから砂が涙に濡れて顔中泥パックのようで汚い。
「分かった。分かったから。とりあえず顔洗ってからアスモデウスさんとこ行こうな」
「う、うん……」
泣き喚く子供を諭すように優しい声音でそう言ってからアイニィに手を差し伸べる。
彼女は涙と砂で汚れた顔を腕で拭ってから俺の手を掴んだ。
アイニィの手も勿論砂で汚れていて手を掴んだ時にジャリという嫌な感触が俺の手に伝わる。それだけじゃなく、彼女の手は冷たく震えていた。
砂に生き埋めにされてよっぽど怖かったんだなぁ。
俺達は手を繋いだまま群がる群衆を抜ける。
と、その途中で。
「お、お姉ちゃん達……」
アイニィを罠に嵌めた男の子二人が俺達の前に立つ。
「あ、あのごめんなさい!僕達酷いことしちゃった……」
目には涙を浮かばせて、必死に頭を下げる男の子。
まぁ、この子達も皆が使うビーチに罠なんかしかけたのも悪いのだが、それにまんまと引っかかるこいつも悪いっちゃ悪いんだけどな。
チラリとアイニィの方を見てみると低くうなり声を上げてもの凄い形相で睨みつけていた。
「お、おい。そんな顔で睨まなくてもいいだろ」
俺はアイニィの耳元で呟く。
「だ、だってあの子達のせいで私は死んじゃうところだったのよ。世の中の厳しさを学ばせるためにここはガツンと言っとかないと」
「でも引っかかるお前も悪いんだし、それこそ大人の対応ってもんがあるでしょ」
俺がそうなだめるとアイニィは悔しそうに歯軋りしてからため息を一つついた。
そして男の子達に顔を向けると。
「まぁ、その人様の迷惑になることは今度からしたら駄目だからね。分かった?」
「う、うん分かったよ」
「そう、ならいいわ。…………それと、あんた達の選んだ貝殻。中々良いセンスしてたわよ」
そう言うとアイニィは俺が握っている手を二、三回引いた。どうやらもう言いたいことは全て言ったようだ。
俺も特に言うことはないので、アイニィとこの場を後にする。
群集の群れから少し離れた所で。
「お前も良いこと言うじゃん。でもまぁ人様に迷惑かけるなってのはお前もだけどな」
「うっさいわね。私が何時誰に迷惑をかけたっていうのよ」
もう既に俺に迷惑をかけてんだよなぁ。
そのままアイニィの手を握りトイレまで連れて行く。
しっかし、こうして手を握ってトイレまで引率するというのは幼稚園児や小学生みたいだな。まぁ大してこいつと精神年齢は変わらなさそうだが。
「じゃあ俺はここで待ってるから顔洗ってこいよ」
俺は彼女から手を離し、そう言う。
「本当?ここに居てくれるの?置いてけぼりにしたり砂に埋めたりしない?」
身体を震わせ、唇を青くしてそんなことを言うアイニィ。
こいつ、相当トラウマになってるんだな。
「大丈夫だって。さっさと洗ってこいよ。俺だって仕事戻らないといけないんだからな」
「…………分かったわ。直ぐ洗うから待ってなさいよね。絶対そこから離れたら駄目なんだからね!」
「はいはい、分かったからさっさと洗ってこい」
目を涙でうるうるとさせながらも彼女はトイレに入っていった。
「あぁ、疲れた」
俺の口から自然とそんな言葉が漏れる。
寝不足に仕事、それにオカマと馬鹿の相手と、地獄二日目は文字通り地獄のように忙しい。
ビーチからは楽しそうなはしゃぎ声と波がさざめく音が聞こえてくる。羨ましい。俺がこんなにも苦労している中で遊んでいるのだと考えるとなんだか腹立たしくも感じるが、その考えも馬鹿らしく俺は鼻で笑った。
「ぎゃああああああ!!!」
行き成りトイレからアイニィの絶叫と水が勢いよく噴射されている音が聞こえてくる。恐らく蛇口を捻りすぎたとかそんなくだらないことだろう。
「おーい、大丈夫か?」
一応声をかけてみるが。
「ふぎゃああああ!!死ぬ!!溺れ死ぬ!!!助けてっ!!」
はぁ、全く仕方のない奴だ。
気乗りにしないがトイレに入ってみる。中では消防隊の鎮火に使うかな大量な水が蛇口から噴水しており、それを顔いや、身体中に浴びているアイニィ。
どうしたらこんな状況になるんだとか蛇口捻りすぎだろ馬鹿だとか蛇口から出る水の量じゃないだろとか色々ツッコミどころがあるが取りあえず水を止めるべく俺は蛇口に向かう。
噴水の勢いは凄まじく、アイニィや天井に反射した飛沫が俺にかかる。先程アイニィに濡らされた服が更に濡れる。こりゃ帰ったら着替えなきゃならないな。
飛沫を浴びながらも俺は蛇口へと進み、遂にハンドルに手が届いた。
俺はハンドルを握り左回転させるが捻っても捻っても水の勢いは収まらない。こいつ、どんだけ回したんだよ。
そのままハンドルを回し続けるとようやく水も収まり始め、段々と勢いも弱くなっていく。
ふぅ、全く世話のやける奴だ。それにしても凄い勢いだったな。天井は無事だろうか。
もし、壊れていたら大変なことになる。そう思って上を見上げてみると。
ファサっ。
俺の顔に何かが被さる。なんだろうこれは。
丁度視界が隠れる程の面積をしている布、そして顔に垂れているのは紐だろうか?
手にとってみる。それは何処かで見覚えのある迷彩柄の…………。
これってもしや……。
俺はその物体を手に持ち、アイニィを見てみると。
「な、ななななな…………っ!」
アイニィが顔を真っ赤にして胸を手で隠している。
そう、この物体はつまりは……。
「なにしてんのよこの馬鹿多田ぁっ!!!」
アイニィの怒声が狭いトイレに木霊する。
ここで俺が言えることと言えば一言だけ。
このことも水に流して下さい。




