抱き枕とぶっかけ
地獄に来てから二日目の朝になった。
またあの禍々しいギラついた太陽が昇り始め、辺りを日差しで染めていく。全く地獄というのにとんだ爽やかな朝だ。
「ん……ふぁ………」
俺の隣で寝ていたマスターがどうやら起きたようで、普段しっかりしているマスターから想像がつかない可愛らしい欠伸を一つして背伸びをしている。
「おはよう多田君。昨晩はぐっすり眠れたか?……って多田君?」
「360851……360853……36063……」
俺は結局一睡もすることなくこうしてただ素数を数えるマシーンと化していた。多田だけに。
「多田君。なにをしている。もう朝だぞ。開店準備を始めなくては」
「360869……あ?ああ。マスターおはようございます。……で、なんでしたっけ?」
「……開店準備を始めると言ったんだ。早く布団から出てくれ。それとも何か?まだ私の温もりが残るこの布団から出たくないとでも言うのか?」
「そうですね。まだ出たくないです」
マスターの言葉は全然耳には入ってこなかったが布団とか出るとか出ないとか聞こえたので自分の気持ちに正直になって答えた。
するとマスターは何故か困惑した表情になる。なんだ俺は変なことでも言ったか?
マスターが顎に手を添えてから。
「冗談で言ったつもりがまさか本気に捕らえられるとは。……で、では私は先に準備しているから後はご自由にどうぞ。思う存分堪能してくれたまえ」
そういい残すとマスターは神妙な顔をして布団を後にした。
俺はマスターの真意は分からないがいつもより優しい彼女に違和感を覚えながらもお言葉に甘えて少しだけ寝ることにした。
「多田君。起きろ」
寝てからどれくらいの時間が経過したのだろうか。頬を叩かれる感覚と共に俺は目覚める。
重たい瞼を開いてみるとマスターが俺の顔を覗きながら俺の両頬を小さい手で押さえていた。
目覚めるとそこに居る金髪の可愛い女の子。言葉の響きだけはいいな。
「さぁ起きてくれ。いい加減店のことをしてもらわないと困る。……それにもう私の温もりも十分堪能しただろう」
「ああ、そうですね。はい」
寝起きの為頭が働かず、マスターが何を言っているかよく分からないのだがまぁ要約すると早く起きて働けということだな。
そうと決まれば起きなきゃな。今日も一日頑張って働きますか。
俺は布団をどかし、その場に立って大きく背伸びをした。
ポキポキと身体の何処かから軽快な音がして気持ちが良い。
「さてと、布団を片付けてっと」
布団を畳もうと掛け布団を剥いだ。
すると。
「ん?なにこれ?」
俺が寝ていた隣にはマスターが着ていた熊さんパジャマを着ている枕が置かれていた。
「マスター。これなんですか?」
枕を拾い上げマスターに問う。
「それは私の代わりにと思ってな。どうだ?寂しくなかっただろ?」
「いや。良く分かりませんが……」
つかこの枕の意味も分からないのだが。ただこれ以上のことは聞く意味がないと思ったので止めておいた。
俺は済みにそっと枕を置いて、まだ暖かい布団を片付けた。
海の家二日目の営業が始まり、昨日と同様に悪魔共で繁盛する。
そんな中俺はイマイチやる気がなかった。いや、やる気がないのは普段通りだが。
身体もだるいし頭も冴えない。おまけに眠たい。そんなコンディションの中、海効果でハイテンションになっている客を相手にするのは面倒くさい。
「おい!俺の焼きそばまだこねぇんだけど!」
サングラスをかけた髪がウェーブがかっている悪魔の怒声が飛ぶ。
「すいません。今作っておりますので」
俺はお得意の愛想笑いでその場をどうにかしようとするが。
「ったく。焼きそばもまともに出ないのかよ。まじありえねぇんですけど。つーか。まじ萎えるわぁ」
「うるせぇな。焼きそばならお前の頭に乗ってるだろ。このくそ悪魔が」
とは流石に言えないよなぁ。
「あ?お前今なんつった?」
「え?僕なにか言いましたっけ?」
「言っただろ!焼きそばがどうとかっ!!」
やっべぇ。頭が回らなさすぎてつい心の声が漏れてしまった。
「いやいやお客様。僕が言いたかったのはカッコいい髪型だなってことですよ。決して焼きそばみたいだなとか思ってませんから」
「あ?そうなの。なら良かったわ。そうだろ。俺の髪型超かっけぇだろ?」
「はい。とってもお似合いです」
ふぅ良かった。ただの馬鹿で。
そのまま気だるい身体に鞭を振るい仕事をして約三時間。ようやく昼休憩になった。
俺は疲れた身体を癒す為に朝自分が設置したパラソルの下に置いてあるベンチに腰をかけた。
「あーあ。疲れた」
思わず口からそんな言葉が漏れる。
いかんな。今日は口が滑りやすい。気をつけねば。
しっかし。こんな良い天気の中ベンチでくつろいでいるとなんだか眠くなるな。
少し。ほんのちょっとだけ身体を休めるという意味合いで仮眠でもとるか。
俺は身体の力を抜き、瞼を閉じる。段々と意識が薄れていき気持ちよく眠ることが出来そうだ。
そんな矢先に。
「喰らいなさい馬鹿多田っ!!!」
何処からか聴き慣れた馬鹿っぽい声が聞こえたかと思うと俺の顔に水が勢い良くかかる。
「ぶわっ!冷たっ!!!」
急な水にびっくりし思わず立ち上がった。なんだ?なにが起こったんだ?
慌てて辺りをキョロキョロ見渡すとそこには……。
「ふっふっふ。奇襲大成功っ!この私の前で無防備な身体を晒すからこうなるのよっ!」
「ナイスぶっかけよ。アイニィちゃん。このままどんどんびしょ濡れにしてしまいなさい」
馬鹿の代名詞であるアイニィとクソオカマが楽しそうにハイタッチしている姿が目に映った。
あいつら絶対に許さない。




