地獄へレッツゴーっ!
俺はマスターの後を追って外に出る。
出てみると朝日がビルの谷間にあるこの辺りに差し込んできて思わず顔をしかめた。
マスターは店のドアに鍵をかけてから。
「では早速いこうか」
「だからマスター。行くっていったって。どうするんですか?」
「いいから黙って着いてきたまえ」
マスターは詳細など何も話さずに何処かへ歩いていく。俺も納得は行かないがそれについていく。
何かこう、嫌な予感を胸のうちに秘めながら、黒いワンピースのスカートが揺れるマスターの後に続いた。
そのまま幾分。以前アイニィと決闘をした路地につく。
アスファルトにはなにやら紫色のチョークのようなもので落書きとはいえない丁寧な円とその周りにギザギザだとかの装飾がされている。
「マスター。これは?」
恐る恐る聞いてみると。
「ああ。これは地獄へと繋がる『ゲート』を開く為の陣だ。今からゲートを開いて地獄に行くぞ」
「えっと地獄?あの、俺達は海に行くんじゃあ……」
「そうだ。私たちは海に行くんだ。地獄のな。まさか人間界の海のようなちっぽけな所にでも行くと思っていたのか」
そりゃそうだよ。海と聞かれれば誰だってそう思うだろ。
「……地獄って本当にあるんですね」
俺が素直な感想をポツリと呟く。それをマスターは鼻で笑って。
「君は何を寝ぼけたこと言ってるんだ?悪魔がいるなら地獄もあるだろ」
「確かにそうなんですけどね。……地獄ってそんな良いイメージないじゃないですか」
「ふむ、そうだな。だが安心したまえ。人間界で伝承されている地獄とは全く違うからな。あそこは楽しいところだぞ」
マスターが顎に手をやりながら、不敵な笑みをみせる。
こういう時のマスターの言葉は正直信用ならないのだが。
「でも地獄って普通の人間が行っていいような場所なんですか?」
ふと疑問に思ったので聞いてみる。
世間一般的な地獄というのは罪を犯した人間が罰則されるところで俺は何も悪い事してないし、そもそも死んでない。そんな俺が行っていい場所なのだろうか。
「そうだな。悪魔だとバレなければ問題ない。もしバレると厄介な事になるが……」
「その厄介なことについての詳細を詳しくお願いします」
「聞かない方がいい。想像を遥かに超える悲劇が起こるからな。まぁ対策もちゃんと考えてあるのでそこは気にするな」
なんだが凄いハブらかされた気がするんだが。なんだよ想像を遥かに超える悲劇って、怖いんだけど。
「さて、それでは地獄へと参ろうか。まぁ旅行気分で楽しんでくれればいいからな」
「……片道旅行にならないように頑張ります」
俺の皮肉をマスターはスルーしてアスファルトに描かれた円の中心に立つ。
そしてそこに両手をつき、何かをボソボソと呟いている様子。ここからでは良く聞こえないので分からないが。
すると突然円から紫色の光が放たれ、それが円柱状になって空高くまで伸びる。
「多田君。円の中心まで来たまえ。光で目立つと困るからな」
「は、はい。分かりましたよ」
俺はキャリーバックの取っ手を強く握り円の中心へと足を運ぶ。入る際に光に触れたが特別痛いとか痒いとかそんな現象は起こらなかった。
俺はマスターの後ろに立ち、辺りを見回す。紫色のカーテンの内側にいる気分がしてなんだか落ち着かなかい。
「さて。楽しい地獄旅を始めるとするか」
マスターが右手でパチンと指を鳴らす。すると光が段々と俺達の身体を包んでいく。
「ええなにこれっ!凄い怖いんですけどっ!」
初めての体験でビビる俺。そんな俺に対してマスターが。
「怖がるんじゃない。なぁに、一瞬で終わる」
マスターがそう言ってくれたはいるが、肝心のマスターの姿がもう見えなくなっている。
そして手足の感覚、平行感覚が失われていき、まるで無重力体験でもしている気分になってくる。
もし俺が死んで、幽霊や魂なんかがあるのであればこの様な感じなのだろうと、柄にもないことを思ってしまった。
そして、ゆっくり。ゆっくりと意識が遠のいてきて……………。
「……田………田君………」
光に包まれてからどれくらいが経過したのだろうか。薄っすらだが意識が覚醒してきて、どこからか声が聞こえてくる。
「多田君。起きろ。着いたぞ」
どうやら声の主はマスターのようで。俺は重い瞼をゆっくりと開いて見る。
すると。
「なんじゃこりゃあ……。」
地獄に着いた第一声がこれだった。
俺の視界に入って着たのは俺を見下ろすマスター。そしてどこまでも広がる大きな空だ。
それもただの空ではない。夕焼けより赤く、それでいて不気味な赤色の空。
そこには黒い雲と太古の昔に滅びた恐竜であるプテラノドンのような形状をしている生き物?が飛んでいる。
「ほら起きて見てみろ。地獄の海は絶景だぞ」
マスターが俺に手を差し出し、俺はその小さな手を握り上半身だけ立つ。
そこに映し出された景色とは。
「うお、すげぇ……」
そこには赤ワインでも零れたかのような赤紫色の海が水平線の彼方まで広がり、禍々しい形をした太陽がひょっこりと顔をだしていた。




