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バイト先で金髪悪魔幼女とかを相手している俺ですが、それでも普通な人生を過ごしたい  作者: 天近嘉人
マスターがいない日

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心音

 マスターに店を任せれて二日目。俺は何事もなく仕事をこなした。


 ここで大事なのが『俺は』何事もなくってところだ。


 アスモデウスは酒に酔った悪魔共が吐いた罵倒にぶちぎれ、そいつら一体残らず締め上げた。俺はその悪魔とアスモデウスを追い出して出禁にした。


 ムウマは二日目も俺の制服で仕事をしていたが俺の服が限界に達していたようで彼女が働いて二時間辺りで破れ、ボタンとその他装飾品が四方八方に飛び散った。お陰で二万弱の制服を俺が弁償する羽目になった。


 アイニィはと言うと。


 「うわああああんっ!!!どうしていっつも私がこんな目に合うのよっ!」


 カウンターの中、俺の隣で泣き崩れるアイニィ。


 ムウマが働けなくなったので代わりに注文をとってくる仕事を振ってみたが意気揚々とグラスを五個同時に持っていこうとして転び、酒をグラスを駄目にした。


 そうと決まれば追い出したアスモデウスがやっていたカウンターの仕事を任せてみた。彼女にカクテルを作る腕はないことを俺は知っているので、俺があらかじめカクテルのレシピとなる材料を渡したのだが。


 「むっふーっ!出来たわっ!今世紀最高の一杯その名も『コキュートスの涙』っ!見て多田っ!完璧なカクテルでしょ?」


 「……お前はなんでちゃんとした飲み物からヘドロを創りだせるんだよ。」


 グラスに注がれていたのは誰がどう見ても飲み物とは思えない品物で、アニメや漫画が好きな奴が『混沌(カオス)』とか『暗黒物質(ダークマター)』だとか例えそう。


 「酷いっ!確かに見た目はちょっとアレだけど問題は味でしょっ!大丈夫よ。だって隠し味にちゃんと蜂蜜とか薬草とか入れたし」


 お前は回復薬でも作る気なの?というかまた出たよ。料理音痴がよくやる『味も知らないのに隠し味をいれて通ぶる』奴。


 こんなのお客さんにだせるわけないだろ。捨てるのも排水溝に詰まりそうだし。


 ならば。


 「……アイニィ。よく分からない物をお客様に提供するのは失礼だからまずは自分で味を確かめないと」


 「……ううん、それもそうね。じゃあ私がこの至極の一杯を堪能することにするわ」


 そう言って片方の手を腰に当てる『銭湯後の牛乳飲みスタイル』でヘドロ、違うオリジナルカクテルを自信満々な顔で一気に飲んだ。


 果たして結果は……。


 「んげーっ!!!!まっずぅうううううううっ!!!」


 盛大にゲロ、もといヘドロ、もとい、いやもうヘドロでいいか。それを噴出し真っ青な顔をしてヨロヨロと倒れこんだ。


 注文もとれない、カクテルも作れないとなれば残るのは皿洗いくらいなのだが、それすらも出来ないことは既に把握しているのでこうして俺の隣で待機するように命じたのだ。


 だが命じてもすぐ勝手に動くのが彼女。どうやら酒瓶が並べられてある棚を拭こうとしたようで、そして案の定瓶を床に落とし『地獄岳』と書かれたいかにも高級そうな酒を駄目にしやがった。


 俺に厳重注意を受け、こうして今に至るのだ。


 時刻はもう午前の三時半を回っただろうか。客はもういなくなり、店には俺とアイニィ二人だけになる。


 俺はカウンターを拭き掃除しながら隣でうずくまっているアイニィに視線を向けた。彼女は泣き止んでいるようだが顔を両腕に埋めて落ち込んでいる。


 ったく。本当に仕方のない奴だな。


 「アイニィ。ちょっとカウンター席に座って待ってて。」


 「ふぇ?なんで?」


 「いいから黙って座っといてよ」


 アイニィは頭にクエスチョンマークを浮かべながらもカウンターの方へ回り席に座った。


 さて、俺もやるか。


 俺は棚からウォッカを冷蔵庫からペットボトルのお茶をとりだす。


 前よりは多少慣れた手つきでボディに氷を入れてから注ぎそしてシェイクする。


 マスター程ではないがしっかりシェイクされている音が聞こえてきて、シェイクし終わった後それを丁寧にグラスへと注いだ。


 「ほら、これ俺の奢りな」


 カウンターにグラスを滑らせアイニィにグラスを差し出す。俺のオリジナルカクテル『普通の休日』だ。


 「いいの、私なんも出来てないのに……」


 アイニィにしては珍しい気弱な発言に俺は少し驚いたがそれが面白くて少し口角が上がる。


 「でも二日間頑張ってくれたからな。俺の気持ちだよ」


 「そ、そう?……なら仕方ないわね。頂こうじゃない」


 アイニィが取っ手の細いグラスを不恰好に持つ。


 「あ、ちょっと待って。これを忘れてた」


 ある物を添えるのを忘れたので一旦アイニィをストップさせて冷蔵庫からそれを取り出す。


 冷蔵庫から戻ってくるとアイニィは言われたとおり不恰好に持ったまま俺の事を待っていた。


 グラスくらい置けばいいのに。ほんとこいつは馬鹿だな。


 「はい。トッピング」


 俺はパッケージから一粒のチェリーを取り出し、それを加える。


 『普通の休日』にアクセントを加えた『少しだけ特別な休日』の完成。題名は彼女には伝えない。


 彼女は俺が置いたチェリーを不思議そうに眺めた後、唇をグラスにつけて飲んだ。


 そして。


 「うん、中々美味しいじゃない。……馬鹿多田の癖に」


 「馬鹿は余計だ。……美味かったなら俺も満足だよ」


 俺の顔には自然と笑みが零れる。お得意の作り笑いではない。本当の笑顔が。


 俺の笑顔が珍しかったのかアイニィが呆けた顔で俺を見つめたと思うと目が合った瞬間、慌てふためきながらチェリーの茎を持って舌で果実を転がすように加えた。


 「でもこれで勝ったつもりじゃ困るからねっ!いつか私がもっと美味しいお酒を作ってここの店員に舞い戻る……んぐぅっ!!!」


 どうやら果実か種が喉に詰まったようでむせ始める。


 「おい、大丈夫か?」


 俺はカウンターに身を乗り出し彼女の様子を伺う。


 悶えるアイニィ。心配になる俺。


 お互いにアタフタを繰り返す。


 そして。


 「「あっ」」


 お互いの視線がぶつかり合いそこで一瞬時が止まったように俺達の動きは止まった。


 アイニィとの距離が僅か二十センチ程、もう少しで鼻先がくっつきそうだ。


 俺の瞳にはアイニィの綺麗な金髪、翡翠色の瞳、透き通った白肌。そして潤んだ唇が大画面で映し出される。


 段々と血液を全身に送る心臓のテンポが加速していき無音の店内に響き渡り、身体の内側からじんわりと熱が出てきて、俺の顔を赤く染めているのが分かる。


 それはアイニィも同じだったらしく白肌が紅潮してきてあわあわと口を動かしながら。


 「なに見つめてんのよ馬鹿多田っ!早く離れてっ!」


 「あ、ああ。すまんっ!」


 慌てて乗り出したカウンターに戻りアイニィから顔を逸らす。と同時に彼女も顔を逸らした。


 それからお互いに話すことはなく、無音の店内に俺の鼓動だけが耳に届く。


 耳がやけに熱い。やけどでもしたかのようだ。


 落ち着け俺。相手はアイニィだぞ。


 鼓動を落ち着かせるため深く息を吸って横目でアイニィを見る。


 彼女は顔を真っ赤にしてその火照った顔を両手でパタパタと扇いでいた。

 

 「な、なぁ。もう客もいないようだしそろそろ店を閉めようと思うんだけど」


 上手く回らない口を必死で動かして提案。


 「そ、そうね。じゃあ私もこの辺で帰るとするわ」


 顔を明後日の方向に向けながら彼女は席を立ち、ドアへと向かう。


 俺は見送る為カウンターを出て、彼女の背中を追った。


 「ま、また来るからね。その時はあんたがお客で私が店員になってる頃でしょうけど」


 どことなくぎこちないがそれでも普段の彼女らしい台詞が飛び出る。


 「分かったよ。……そうなったらこの店の終わりだろうけど」


 「なんですってっ!?きーっ!!!」


 この他愛のないやり取りだが、それがどこか可笑しくて俺達は笑った。自然に。普通に。


 彼女はそのまま何も言う事なく、手を小さく振って帰った。


 俺も手を振って去っていく彼女の背中を見つめる。


 心臓の音はまだ鳴り響いてうるさいが、今はそれが心地よかった。





 次の日、何時ものように店に行くと二日ぶりにマスターが居て変わらずグラスを磨いている。


 「こんちはー」


 俺もいつも通りマスターに挨拶した。


 「多田君。久しぶりだな。二日間店を頼んで悪かったな。……どうやらまだ潰れていなかったようで安心した」


 「そ、そうですね……」


 何度も潰れかけたのは言わないでおこう。


 「そんな多田君に少しばかりだがお礼をと思ってだな。お土産を買ってきたんだ。ほら」


 マスターがポケットから取り出したのは全身が真っ黒で赤いボタンの目に赤い縫い針で口を作られたこれまた怖い熊のマスコットキーホルダーだ。


 「あの、これは?」


 「たまたま旅館のお土産屋で見つけてな。中々可愛いだろう?」


 マスターの可愛い基準がよく分からないが取りあえず何かにつけるのは止めよう。呪われそうだし。


 怖い熊のキーホルダーをポケットにしまう。するとマスターが俺の顔をなにやら不思議そうに見つめてくる。


 「ふむ、この二日間で顔立ちが少し変わったか?どこどなく凛々しくなった気がするな」


 「……それはただやつれているだけですよ」


 「ふふっそうか。……で、どうだったこの二日間は。少しはバーの店員として成長したんじゃないのか?」


 俺はそうマスターに問われてこの二日間を振り返ってみる。


 脳内に浮かぶのはどれもハチャメチャなことばかり。悪魔のゲロだったりアスモデウスが謎のポージングを取っていたりムウマのおっぱいだったり。


 それでも最後に映し出されたのは。


 

 「……まぁ。特別な経験はさせていただきましたよ。ちょっとだけ」


 俺が言うとマスターは驚いた様子で目を見開いた後、いつも通り意味深な笑みを見せてから。


 「そうか。君が『特別な経験』か。……それは良かったな」


 この台詞に対して何か言い返してやろうと思ったが、敢えて俺は口に出さなかった。


 「さて。そろそろ開店準備をしてもらおうか。君にはこれからも馬車馬のように働いてもらわなくてはいけないからな。今日もしっかり頼むぞ」


 「はいはい、分かりましたよ」


 こうして俺には普段通りの日常が戻ってきた。


 クソったれ悪魔共相手に夜な夜な働くのが俺の日常だと思うと頭が痛くなるが今は、少し、ほんの少しだけ楽しく感じている自分も確かにいる。


 誰しもが不安を抱え、ストレスを抱え生きている。


 それを少しでも癒す場所がここバー『DEVIL』。


 日は落ち、月が出れば開店の合図。


 今日も休息所は静かに店を開く。










 「ところで、グラスが妙に少なくなっているのと私のショーツケースが荒らされた痕跡があるのだが何か心辺りはないか?」


 「あ、そ、それは……その…………」


 普通を求める俺の安息はこれから先まだまだ時間がかかりそうだ。


 帰ったら夜逃げする準備をしておこう。

四章もこれで終わりですっ!少し何時もとテイストが違いましたね。次回から平常運転に戻るのでお楽しみにっ!

次章のヒントは『海』ですっ!

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