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バイト先で金髪悪魔幼女とかを相手している俺ですが、それでも普通な人生を過ごしたい  作者: 天近嘉人
マスターがいない日

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ギブ&テイク

 アイニィの口から意外な言葉を言われて思わず固まってしまう。


 俺が、優しい。生まれて20年になるがそんなことを言われたのは初めてだ。


 人間、自分から優しいだとかいう奴はいないし優しいと言われるのは他人からの評価があってからこそだと思う。


 しかし、これだけは絶対に言えることだが俺は世間一般的に言われる優しい人間ではない。


 普通な人生、平凡で平穏な日常を求めて生きてきた。そんな俺に他人の事などどうでもよく、常に自分の為、求める物の為に生きてきた。


 そんな俺が優しいなんて評価を受けるのは違うと思う。


 そもそも人間が他人の為に行動するなんて稀有なことで自分にメリットがなければそんな面倒くさい行動は起こさない。世の中ギブ&テイクの世界なのだ。


 誰かに優しくしてそのお礼や感謝の言葉で悦に浸ったり報酬や褒美を貰うためにやるんだろ?


 それを中二病をこじらせた輩やネットの世界でしか居場所がない奴らが『偽善』だと言うがそうじゃない。元々優しいとか助けるとかはそんな心理からなる行動なんだ。


 だから、俺はアイニィに言った。


 「俺は全然優しくなんてないよ」


 「でも、私の傷の手当もしてくれたし、さっきだってムウマの事助けてたじゃん。……それに前だって」


 「それは……」


 俺は言いかけた言葉を飲み込んで口を紡んだ。


 全部、俺の為だったんだ。なんて言ってしまえばきっと彼女は悲しむから。


 アイニィは馬鹿でアホで素直で純粋でピュア。


 だから今でも努力が出来るし、きっとその先には必ず努力の結晶が残ると、成功の花が咲くと思っている。


 そんな彼女に言えないよな。


 「じゃあ俺もう先行くからな」


 これ以上何も言う事はない。俺は立ち上がりカウンターへと足を伸ばす。


 「ちょ、ちょっと待ちなさいよ」


 すると、アイニィに呼びかけられ足を止める。彼女の方を振り向くと顔を俯かせ軍服のズボンの裾を掴んで身体をもじもじとくねらせて。


 「その。ありがと……手当てしてくれて」


 彼女らしくない、小さな声でそう呟かれた。俺とは顔を合わせなかったがちらりと見えた頬は赤く染まっていた。


 俺はなんと返事を返せばいいのだろうか。


 お礼を言われることなど決してしていないのに。


 普通の人間ならここは素直に『どういたしまして』と言えるのだろう。俺もそう言いたい。


 けど、しかし果たしてそれでいいのだろうか。俺にそんな言葉を吐く資格などあるのだろうか。


 だから、俺は考えて、これに似合う言葉を探して、そうして。



 「……俺も、ありがとうな」


 「へっ?なんで私がお礼を言われるわけ?」


 俺の言葉の真意が分からず、こちらに顔を向けて変な顔をするアイニィ。


 まぁ普通は分からないよな。俺が一方的に言いたかっただけだから。


 こんな俺を『優しい』と言ってくれて。こんな俺に『ありがとう』と言ってくれて。


 それがなんだか嬉しかった。だから俺もお礼を言うのだ。


 優しさはギブ&テイクだと言うのなら、俺もアイニィにテイクしてあげたかった。ただそれだけだ。


 「さ、俺はもういい加減戻るから。……お前が割った皿の片付けとかしないといけないし」


 「わ、悪かったわね。私も手伝う」


 「いや、いいよ。更に面倒なことになりそうだし。……皿だけに」


 「なによそれっ!全然上手くないからねっ!ああもうっ!柄にもなくお礼なんかいって損したっ!」


 ベットから立ち上がりぷりぷり頬を膨らませて怒りをあらわにしながらも俺の後ろについてくるアイニィ。


 それがおかしくて少し、ほんの少しだけ頬が緩んだ。



 マスターの部屋を出て店を見渡すと何処か様子がおかしい。普段は騒がしい悪魔共が妙に大人しく酒を飲んでいるのだ。


 そしてなんだか申し訳なさそうな表情を浮かべているムウマと勝ち誇った顔をしているアスモデウス。


 これだけで凄く嫌な予感がするんだが。


 「あの、アスモデウスさん。俺がいない間一体なにが?」


 恐る恐る聞いてみると。


 「ん?いやね。ムウマちゃんのむっちりボディをやたら舐め回すみたいに見てる客がいて、そいつが注文言う振りしてお尻触ってたのよ。だから一発入れてやってついでに視姦(しかん)するならあたしにしなさいって肉体をさらけ出しただけよ」


 「……なにやってんすか。ここはそんなヤラシイ店じゃないんですからねっ!つかあんたの裸なんか需要ないでしょっ!」


 「あらぁ?でも皆あたしの裸で悩殺されたみたいよ。ほらあんなに騒がしかったのに黙り込んでるし」


 汚物を肴に酒が飲める奴なんていないだろう。とは言えず。


 まぁ騒ぎを起こさないで黙って酒を飲んでくれれば俺としては楽だし助かるから結果オーライというやつかな。うん。


 「崇ちゃんも黙ってどうしたのかしら?ま・さ・かあたしの魅惑的なボディーが気になるのかしら?それじゃあたしともベリルちゃんのお部屋にでも行く?それとも仕事が終わってからホテルにでも……」


 彼の丸太のように太い腕が俺に絡まりがっちりとホールドされる。


 ゴツゴツとした筋肉の感触がこれまたなんとも気持ちが悪い。


 「ちょっとあんた達真面目に働きなさいよっ!」


 不意に後頭部をド突かれたと思えばアイニィが少し機嫌が悪そうにしていた。


 「そこのオカマさんも多田にちょっかいかけないでっ!」


 そう言ってアスモデウスの厚い胸板を軽く叩いた。


 その行動に俺は驚いた。アスモデウスも同じだったようで目をぱちくりさせた後、紫色の唇をにやりと斜めに上げてから。


 「ごめんなさいね。別に奪うつもりはなかったんだけど」


 「はぁっ!?何言ってんの?べ、別に私の物とかじゃないし。ただ、ちゃんと仕事して欲しいだけだし!」


 「あらあらそうねぇ。じゃあオカマは真面目に働くとしますかね。おほほっ」


 意味深に笑いながらアスモデウスはこの場から去った。


 残された俺とアイニィ。なんとなく話しづらい空気が漂うで。


 「……お前が真面目に働けとかよく言えたな」


 「うっさいわねっ!助けてあげただけでも感謝しなさいっ!さぁ。まだ営業時間中だし私たちも働くわよ」


 お前が働いてもヘマしかしないのだが。


 まぁそれは置いといて確かに俺も働かなくてはいけないな。溜まっている食器洗いからやるか。


 でもその前に。


 「ありがとな。助けてくれて」


 俺はアイニィに再びお礼を言った。


 大した事ではなかったが助かったのは事実だし、ちゃんと言わなきゃな。


 アイニィはと言うと軍服の袖を掴んでなにやらもじもじしている。


 そして。


 「……別に、お礼なんて言われなくてもいいけど。その、えっと……」


 「ん?どうした?」


 ごにょごにょ喋られて最後の方が聞き取れなかったんだけど。


 「うっさいっ!うっさいっ!やっぱなんでもないからっ!さぁとっととお師匠の為に働きなさいっ!馬鹿多田っ!」


 ぷりぷり怒ってアイニィは布巾を持ってテーブルを拭きに行った。



 なにがなんだかよく分からないが取りあえず俺は散らかった破片を箒とちりとりで纏める。


 粉々になった破片はもう元には戻らないがそれでも一塊になってちりとりへと吸い込まれていった。

ちょっとシリアスでしたが次話からは多分平常運転で行きます。多分

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