顔面ぶっかけ
「アイニィ、それに二人とも、何しに来たんですか?」
「だから言ってるでしょ。あんたが困ってるって聞いて加勢しにきてのよ。感謝しなさい。馬鹿多田っ!」
両手を腰に当てて、得意げな顔でそう言うアイニィ。
するとアスモデウスが一歩前に出てきて。
「実はベリルちゃんから連絡があったのよ。崇ちゃんを手伝って欲しいってね。いつも二人にはお世話になってるから今日はあたし達がサービスしてあ・げ・る」
ウィンクをしながら投げキッスを飛ばしてきた。
俺はそのキッスを手で払いながら。
「わざわざすいません。ムウマさんまで手伝って貰いに来てくれて」
「いえいえ、多田さんにはお世話になりましたし、その分私も頑張りますっ!」
意気込みを見せ、両拳を胸で握り締めるムウマ。その反動で彼女のたわわに実った二つの果実が揺れた。
「それじゃあ早速手伝いたいのだけれど、何をすればいいのかしら?」
アスモデウスが青髭の生えた顎を擦りながら尋ねて来る。
「そうですねぇ……」
俺は三人の顔を見ながら配役を考える。
「じゃあムウマさんは接客を。僕とアスモデウスさんでカウンター。アイニィは……皿洗いで」
「分かったわっ!私の華麗な皿洗いを見せてあげる……ってなんで私が皿洗いなのよっ!」
それは自分の胸に手を当ててよく考えて欲しい。
しかし、はっきり言っても馬鹿だから分からないと思うし、ここは納得させる言い方を考えなくてはならないな。
「いいか、アイニィ。皿洗いってのは飲食屋で一番大切な作業なんだ。グラスや皿がなければ料理をお客様に提供出来ないだろ?それにマスターも何時もグラス拭いてるし」
「そ、そう。……ならいいわ。そうよね、そんな大事な仕事私しか出来ないわよねっ!いいわ、やってあげるっ!」
意気揚々とカウンターに向かうアイニィ。
こいつ、本当にチョロいな。絶対悪い男に引っかかる。
そんなアイニィの背中を見つめているとアスモデウスがポンと肩を叩いてきて。
「女の子の扱いが上手くなったわね」
「いや、別にそんなつもりじゃないですよ」
どちらかと言うと馬鹿の扱いが上手くなったんだよ。
俺とアスモデウスはカウンターに入り、オーダーを待つ。
すると接客をしていたムウマがオーダー用紙を持って、胸を揺らしながらこちらへ向かってきた。
「注文で、適当にお勧めを一つだそうです」
お勧めか。こういう注文が一番困るのだが。
「崇ちゃん、ここはあたしに任せてちょうだい」
アスモデウスがシェーカーを持ちながらなんだかやる気が満ちている顔で言ってくる。
「いいですけど、アスモデウスさん、シェーカー使えるんですか?」
「当たり前じゃない、あたしを誰だと思ってるのよ」
そう言うと早速カクテル作りにとりかかった。
以外にも慣れた手つきで、シェーカーにレシピを注いでいく。
そして、ストレーナーとトップを取り付けて、シェイクに入る。シャカシャカと小刻みにシェイクされる音が鳴る。
「上手いですね。アスモデウスさん」
俺の口からは思わずそんな声が漏れた。
実際、シェイクする姿が様になっているし。元々顔がダンディのため、本当にバーのマスターみたいだ。服装は完全に変態だが。
「こういうのは激しく振ればいいってものじゃないの。たまに緩急をつけて、シコシコシコシコ」
なんだか擬音語の表現がおかしいんだけど。そして手つきが段々といやらしくなっているのは気のせいだろうか。
「イケメンのナニに見立てるのよ。ほら、シコシコ。ほほっかっこいい顔が蕩けてきちゃって。そんなにあたしのテクニックが上手いかしら?」
「なんでさっきから卑猥なんですかっ!やめてくださいそういうの」
「おほほっ!ほらイッちゃっていいのよ。好きなだけぶちまけてっ!はぁ……はぁ……っ!」
息を荒げて激しくシェイクするアスモデウス。
おいおい、そんなに激しく振ったら中身零れるだろっ!
流石にまずいと思った俺は止めに入ろうとするが。
「ああっ!イっちゃうっ!!!」
シェーカーのストレーナーが吹き飛んで宙を舞い、中のカクテルが一気に俺に降り注いだ。
頭からそれを被り、顔中がベトベトだ。仄かに香るアルコールの匂いとチェリーの香りが俺の顔を包んだ。
「あらごめんなさい。手が滑ったわ。……でも顔にかけられるのも中々興奮するわよね。イカくさい匂いがツンと鼻を刺激して、ああ、たまんないわ」
頬を紅潮させて、身体をくねらせるアスモデウス。
怒りを通り越して最早呆れでしかない。俺の口からは自然とため息が漏れた。
……こいつ、次ぎやったら絶対追い出そう。
そう思いながら持参しているハンカチを取り出して顔を拭く。
アルコールとカクテルの甘い香りはまだ取れていない。




