シトラスの貴賓
後書きにイラストありますっ!
なんだかあっさりと勝負が決まってしまった。
いや、だってあんなに腕相撲弱い奴生まれてこの方初めて出会ったわ。
最早日常生活に支障をきたすレベルだろあれ、ちゃんとお茶碗と箸持てるのか?
そんなことを考えながらソファーに倒れこんでいるアイニィを見下ろしていると。
「ふっふっふ、貴方、人間の癖にやるじゃない。だけどね、今のはウォーミングアップ、勝負はここからよっ!」
立ち上がるやいなや大物気取りの笑い声をあげながら再戦を申し込んでくる。
「でもさっき僕が勝ったじゃないですか」
「うっさいわねっ!いいっ?私が挑んだ勝負なんだから私がルールなのっ!馬鹿多田ぁっ!」
誰が馬鹿だ、このくそ悪魔。
しかし、いくら挑まれても負ける気がしない。俺としては負けたいんだけど。
どうしたものかと考えているとマスターが俺の服の袖を引っ張って。
「今は客が少ないし、あいつの気が済むまで相手してやれ」
「は、はぁ……」
マスターがそう言うなら相手してもいいが。
しかし、マスターはさっきからなんで勝負させたがるのだろう。
真意は掴めないが俺は再びアイニィと腕相撲対決に入る。
が、結果は見えていて。
「ふぎぎぎぎぎぎっ!!!」
何度もやっても。
「ふおおおおおおっ!!!」
どんなに叫び声を変えても。
「ふぐぐぐぐぐっ!!!」
彼女は到底俺には敵わない。
「よいしょっと」
俺が軽く力を込めると呆気なく彼女の腕は振り切られ、テーブルにつく。
「……もうやめましょう。アイニィさんに勝ち目はないですって」
「うっさいっ!うっさいっ!うっさーいっ!今に見てなさいっ!あんたなんか木っ端微塵にしてやるんだからっ!」
目に涙を浮かべながらもまだ負けを認めないアイニィ。しかし腕相撲で木っ端微塵ってどうする気だろう。
「どうしてそんなに勝ちたいんですか?何か理由でも?」
「馬鹿多田には関係ないわよ。……ただ私は……私は……」
歯切れ悪く、ここでアイニィの話は途切れる。
だからさっきからなんだよ馬鹿多田って気に入ってんの?そのフレーズ?
何か彼女なりに譲れない理由があるということを察した。俺としては是非とも勝ってもらいたいのだが。
「あの、何か違う勝負にしませんか?」
なので俺から別の勝負にすることを提案する。
「そうねぇ。癪に障るけどいいわ。その提案に乗ってあげる。なにがいいかしら。……やっぱり早食い?」
「……早食いは頭から離して下さい。もっといい勝負があるでしょ」
とは言っても俺も思いつかないのだが。
平和的に、それでいて上手く負けることが出来るような勝負はないだろうか。
そう考えているとマスターが。
「では、こういうのはどうだろうか。オリジナルカクテルで勝負するというのは。ここで働く上で美味い酒を提供するのは当たり前になるからな」
「流っ石お師匠っ!ナイスアイデアですっ!分かったわね多田っカクテルで勝負よっ!」
「俺は構いませんが、俺カクテルなんて作ったことないんですけど」
この店でバイト始めてから注文とグラス磨きとゲロ処理しかしたことがない。
「大丈夫だ。ちゃんと一から教えてやる」
そう言うとマスターはバーのドラマや映画などで見たことのある銀色の筒のような道具を持ってくる。
「これがシェーカーと言ってカクテルを作る道具だ。名称は上のキャップが『トップ』、真ん中が『ストレーナー』一番下の大きな筒が『ボディー』だ」
マスターがそれぞれの部品を分解しカウンターテーブルにボディーを置く。
「まずはボディーに氷を入れる。氷を入れる量は溢れる手前くらいだ。そしてそこにレシピを投入する」
氷の入ったボディーの中に果実酒、そしてワンカットにされたオレンジを搾る。
「次にストレーナーとトップを取り付けて後は振るだけだ。振るときに重要なのは手全体で持つと温めてしまうためこうやって右手の親指でトップ、薬指と小指でボディーを挟むように持つ。」
「こ、こうかしら?」
アイニィが隣でシェーカーを想定して指の真似をする。
……お前それきつねさんのポーズだろ。それか某有名レスラーのポーズ。
「左手は親指でストレーナーの肩を持ち中指でボディーの底を持つ。そして振る」
小さな手で器用に持ちながらシェーカーを斜め上下に振る。
シャカシャカと小刻みにシェイクされる音が耳に入り、ジャズドラムの演奏を聴いているようで心地がいい。
「振る角度は45度でお客様の反対方向を向いてだ。もし飛び散ったりしたら店の看板まで汚れるからな」
そのまま一分弱振り続けた後で、トップを開けて持ち手の長いカクテルグラスに注いでいく。
オレンジ色のお酒が注がれ、柑橘系の爽やかな香りが鼻腔をくすぐった。
「ほら、完成だ。タイトルはそうだな。『シトラスの貴賓』なんてどうだ?ふふっ」
俺は取っ手を持ってそのシトラスの貴賓を口に含んでみた。
口いっぱいに広がるオレンジの味はまるで果実がそのままお酒になったような濃厚な味と香り。
正に絶品だ、貴賓とはよく言ったもので上品で高貴な味、いままで居酒屋などで飲んできたカシスオレンジだとかそんなのがどれも安っぽく感じる程美味しかった。
「ちょっと多田、私にも飲ませて頂戴っ!」
アイニィが半ば無理やり俺からグラスを奪い取ると一気に飲み干してしまった。ああ、もったいない。
「ぷはーっ!なにこれ激美味なんですけどっ!やっぱりお師匠は凄いっ!」
「褒めてもなにも出ないぞ。……さて、一通りカクテル作りはレクチャーしたからここから勝負に移るぞ。ルールは簡単、どっちがより私を満足させるカクテルを作れるかだ」
俺とアイニィの前にシェーカーが置かれる。どうやらもう勝負は始まっているようだ。
始めは負けようと思っていたがマスターのカクテルを飲んでから気が変わった。俺もこんな美味しい酒を作ってみたくなった。
それにこんなアホの娘には負けらんねぇ……。




