腕相撲
俺に人差し指を向けて高らかに勝負を挑んでくるアイニィ。
行き成り勝負って言われてもなぁ。
「勝負ってなにするんですか?」
「決まってるじゃないっ!えーっと、あの、戦ったりとか?後早食いとかっ!兎に角私と勝負してどっちがこのバーの店員に相応しいか決闘よっ!」
戦いのアイデアが酷く曖昧なんだが。
しかし、俺はこの勝負、端から受ける気はない、争いや勝負というのは俺の人生に置いて最もいらないことだ。
何かを得るために自らを傷つかせるなんてそんな非生産的なこと誰がやるか。
俺が断りをいれようとした時、マスターが不敵な笑みを浮かべ始めて。
「中々面白そうではないか。いいだろう。この勝負私が見届けてやる。勝った方を店で雇うことにしよう」
「ちょっと急に決めないで下さいよっ!」
「いいじゃないか。君も疲れているようだし息抜きだと思え。」
急にそんなこと言われてもなぁ。
いや、待てよ、勝った方が店で雇うだと?
それは言い換えれば負けた方はクビ、つまりは働かなくて済むということだ。
これはバイトを辞められる千載一遇のチャンスじゃないか?ワザと負けてさっさとこんな場所辞めよう。
そうと分かれば。
「……分かりました、受けて立ちますよ」
この勝負、どうやら受けざるを得ないな。
絶対に勝ちたくない戦いがそこにはにある。
「ふっふっふ、遂にやる気になったわね。勝負の内容はこれよっ!」
アイニィが軍服の袖を捲くり白く細い二の腕があらわになる。
「えっと何をするんですか?」
「決まってるじゃないっ!腕相撲よっ!腕相撲っ!」
細い二の腕をぺしぺしと叩きながらそう宣言する。
腕相撲か……もっと過酷なこと言われるのかと思っていたがこれなら比較的平和に出来そうだな。
俺とアイニィは空いているテーブルに対面する形でソファーに座り、肘をついてお互いの手を握る。
「貴方、言っておくけど私が女だからって甘く見ないほうがいいわよ。なにせ私は悪魔、貴方は人間。力の差なんて歴然だわ。……それに私は軍隊に入ってパワーアップしてるの。この勝負、貰ったわね」
得意げにそう語るアイニィ。
確かに悪魔は力が強いイメージだ、どこかのオカマの所為でな。
これはなるべく痛くならないように負けないとな。
「では、始めるぞ。スタートっ!」
マスターが俺達から手を離して開始のゴングが鳴らされる。
「最初から手加減なでいくわよっ!はぁっ!」
言葉通り、アイニィが一気に力を込めて倒しにかかる。
むむっ!こ、これは……っ!?
「ふんがあああああっ!!!」
声をあげて倒しにかかるアイニィ、だが。
よ、弱い、彼女の気合とは反比例で俺の腕はピクリとも動かない。
「ふぎぎぎぎっ!!!」
歯を食いしばり踏ん張るアイニィ、だが腕は動かない。
「ふおおおおおおっ!!!」
顔を真っ赤にして大粒の汗を垂らすが、尚も腕は動かない。
ここで一旦疲れたのか、力を込めるのを止めて、片方の腕で汗を拭う。
「はぁ……はぁ……な、中々やるじゃない」
いや、俺なにもしてないけどね。
「こうなったら奥の手よっ!ダブルアタックっ!!!」
無駄に大声でくそダサい技名を叫ぶと、もう片方の手も参戦させ始める。
「ちょっと反則じゃないですかっ!?」
「ふんっ!なんとでもいいなさいっ!元より私は悪魔。人間の一般常識なんて通用しないわっ!」
これは少々まずいか?いや、俺は負けるつもりでやっていたのだ。
ここは気持ちよく勝ってもらおう。
そう思い腕の力を少し緩めてみるが。
「うおおおおおおおっ!!!」
弱ぇ……弱すぎるよっ!
俺が相手しているのは赤ちゃんかな?そう思わせる程彼女は非力だった。
そう思われているとはつゆ知らず、彼女は全身全霊で力を込める。
しかも椅子から身を乗り出し体重まで使ってくる始末。
これどーすんだよ、負けようがないじゃないか。
手を抜いて負けようともしたがそれ以前に彼女の力が弱すぎて手の抜きようがない。
どうにか上手く負けようと考えている時、一匹の子バエが飛んでくる。
その子バエが俺の鼻先にちょこんと止まり、ゴマすりのように手を擦り込ませているのが見えた。
おい、止めろ、くすぐったいじゃないか。
「へ、ヘックションっ!」
ついつい大きなくしゃみが出てしまう。
その間に身体が力み、腕に力がはいる。
「どわっ!」
攻守交替、俺の腕は一気に押して、彼女の身体が引き寄せられる。
そして彼女の手のひらがテーブルについてしまった。
「決まったな。勝者、多田君」
マスターが俺の左手を持ち上げ終戦の合図をコールした。
え、えぇ……。




