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可愛いの定義

――盛れる位置にカメラを調整して、撮影ボタンを押してね!




 大金持ちの便所並みのスペースしかない一室の中、テレビやラジオでは一度も聴いた事のないキラキラ系な曲と共にそんな声が聞こえてくる。最後の勝負の場となるプリクラ機の撮影ブースなる場所で、ソワソワと落ち着かない様子で前髪を整えているアイニィを尻目に俺はただボーっと目の前にある大きなカメラレンズを見ていた。


 「……で、プリクラでどんな勝負するんだよ」


 前髪よりそのピコピコしてるアホ毛何とかしろよとは敢えて言わず、肝心の勝負内容について訊ねてみる。


 「え? どんな勝負って……? えっと…………。あっ! 写真勝負! どっちが可愛く盛れるかの勝負よ!」


 小説のラストに桜を散らせて感動を狙うような、考え無しの取って付けた安直な勝負内容を提示してくるアイニィ。考え無しの安直行動アホ助なのは元々だとしてもだな、ほら、他に何かもっと色々あるでしょ。例えは特に思いつかないけど。


 つかそもそも。


 「じゃあ俺に勝ち目ないじゃん。俺、男だし。元が可愛くないし」


 俺は男性アイドルの様な端正な顔立ちでも無ければ、童顔で中性的な見た目でもない。何処にでもいる凡人大学生フェイスを幾ら加工しようがたかが知れている。そして今のご時世こんなことは中々言いづらいかもしれないが、男と女、どちらの見た目が可愛いか問われれば俺は後者だと答えるだろう。


 元々圧倒的不利な条件に加え、ここは女の子が初めに憧れる小さな夢の舞台プリクラ。完全アウェーの俺に最早勝ち目など一つもないのだ。


 そんなことを思いながらアイニィの返答を待っていると、先程のソワソワがモジモジへと変化して何か俺に言いたげな表情をしている。皆はなんだと思う? 俺はトイレ行きたくなったに一票で。


 「……それってどーいう意味? 私のこと可愛いって思ってるってこと?」


 そんな下らない予想とは裏腹に、小さくて可愛いで有名な漫画キャラの様な口調でアイニィが呟いた。


 こいつが色々勘違いしているということは分かっている。大方、『俺は可愛くないから勝てない』を『多田()よりアイニィ()の方が可愛い』と解釈し『私より可愛くないから多田は勝てないと言った=多田は私を可愛いと思っている』と彼女のポンコツ脳内コンピュータが処理したのであろう。


 俺はアイニィが発した言葉を頭の中で復唱しながら、じっと此方を見て返答を待っている彼女を見る。


 例えばマスター。普段から『私可愛いアピール』をしてくる彼女の容姿を振り返ってみることにする。優美なブロンドヘアー、サファイアのような青い瞳、まだ幼いながらも気品のある顔立ち。俺以外の第三者が彼女の容姿を評価するのであれば、可愛い、美しい、そんな感想を抱くと思う。


 しかし、性格や言動を足してみるとどうなるだろう? 自分の背丈の何百倍も高い自尊心、自分が面白ければ俺がどれだけ恥をかこうが、死にかけようがどうとでも良いというマインド。幼女がそんなの言ったら駄目だろと思う程の罵詈雑言を平気で言ってしまう口の悪さ。


 これらのことを総合的に踏まえてマスターは可愛いと言えるのだろうか? 本人の前では口が裂けても、壁に貼り付けられて身体中に痣が出来る程ボコボコにされても言えないのだが、俺は可愛くないと思うのだ…………。ちなみに今思っていることは絶対に内緒にしてくれよ? 俺の人生終わるから、マジで。


 このように『可愛い』というのは何も容姿だけではなく、中身と容姿を合わせた総合的な評価から成り立つものである。この考えを基準にすると、アイニィは可愛いと言えるのだろうか。


 「…………まぁ、悪くはないんじゃねーの。普通に」


 考えに考えた末、何とも曖昧な回答をアイニィに言った。


 「はぁ!? 何よソレ! 私のこと可愛いって思ってるんでしょ!? ちゃんと認めなさいよ!」


 「いや、だから悪くないって言ってるだろ? そういうことだから。これが答えだから」


 これ以上の追求を避けるために俺は半ば無理やり話を終わらせる。当然納得がいかないアイニィは見知らぬ大型犬と遭遇した時のチワワよろしく、ぐぬぬと悔しそうに唸っていた。


 まぁ、アイニィの立場になって考えれば彼女のリアクションは至極当然、普通の反応だと思う。相手が自分のことを好意的に思っているかだなんて中々勇気のいる質問をした結果、回答が分からず適当にあしらわれたような結果になったからだ。


 しかし、俺の彼女に対する『可愛い』の評価は口にした通り、悪くないである。


 まず、彼女の容姿。元気印のアホ毛に翡翠色の瞳、マスターとは別の意味で幼さの残る顔立ち。世間一般的には可愛い部類に入るとは思う。


 そして肝心の中身だが……。彼女には究極的にアホで残念という致命的な短所がある。しかし、面接や履歴書指導で習ったように短所とは裏を返せば長所にもなるのだ。


 至って普通な常識しか持ち合わせていない俺にとって、究極的アホのやらかす彼女の言動や行動というのは新鮮というか、飽きがこないというか……。具がない焼きそばに紅ショウガを加えるような、平凡な日常にちょっとしたアクセントを加えてくれているのは確かだ。まぁ散々クソ迷惑をかけられているのも事実なのだが。


 そして究極的アホだからか、自分の感情に愚直なのも評価ポイントの一つだろう。腹が立てば怒るし、泣きたければ泣く。お礼を言いたければ『ありがとう』と素直に言える。たまに正直になれない時もあるようだが、彼女がその事柄に本気で不器用だから少々こじれてしまうのだろう。


 まるで日本の美しい四季折々のように様々な感情を隣で咲かせてくれる。それも彼女の可愛い所である。


 以上のことを踏まえると、結果としてアイニィは可愛いという結論が出るのだが……。それでは何故俺は悪くないと彼女に言ってしまったのだろうか。


 俺はもう一度アイニィの方を向き、様子を見てみる。彼女は依然として納得がいっていないようでアホ毛アンテナをピンとこちらに向けて、頬を膨らませながら俺を見ていた。


 例えば、同じお題で問われた相手がミカだった場合。恐らく俺は可愛いと言う。俺はミカにだけ激アマな男だからとかではなく、心の底の本心からそう思っているからだ。


 アイニィのことも俺の『可愛いの定義』に当て嵌めれば可愛いのだ。その証明は出来ている。では何故可愛いの基準に達している両者の間で、俺が発する言葉が違ってしまうのだろうか。


 ミカが天使でアイニィが悪魔だからか。ミカが良い子でアイニィがアホだからか。ミカが『仲間』でアイニィは…………。



 果たしてアイニィは俺にとってどんな存在なのだろうか――。





 「ふんっ! こうなったらプリクラ勝負に勝って、意地でも可愛いって言わせてやるんだから!! 覚悟しなさいよ馬鹿多田ッ!!!」


 俺の態度が相当お気に召さなかったのか、彼女の壁側にある撮影開始ボタンを思い切り叩くアイニィ。先程までブース内で流れていた軽快な音楽が、またしても一度も聴いた事のない軽快な音楽に変わり、遂に俺達の最後の勝負が始まる。


 俺にとってアイニィがどんな存在なのか、その問いには即座に答えることが出来ないが、可愛いか悪くないかはこの勝負で決まりそうだ。一緒にプリクラを撮るのは大分恥ずかしいが、まぁ、あれだな。取り敢えず全部ピースとかして乗り切るか。


 そんな事を考えながら中央に設置してある画面を見つめていると、読者モデルの端くれだか何だか分からない俺より年下であろう女の子二人の写真が現れる。恐らくこれから撮るプリクラのポーズ指定の写真なのだろうが、俺はこのポーズを見た時、頭の中に大きなクエスチョンマークが浮かんでしまった。


 プリクラは基本女の子同士で撮る物だというのは重々承知である。しかしなんかこう……距離が近いというか、密着しすぎというか…………。




 『イチャイチャカップルモードへようこそ! まずはお互いの腰に腕を回して、もう片方の手でハートマークを作っちゃおう!』

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